第弐拾肆話 仲間として認める

 



「では儂がお相手願いましょう」


「ふむ、剣か……」



 自ら申し出てきたのは老人のオーガだった。

 名は水月といったか……腰に差している鞘から抜いた剣を構える姿から、相当な手練れであるとお見受けする。


 相手が剣であるならば俺も剣で相手しようと、背中の鞘から刀を抜いた。直後、俺の刀を見て目を開いた水月が尋ねてくる。



「その剣……どこで手に入れたのでしょうか」


「ボルゾイ殿に作ってもらった。剣というより、刀だがな」


「カタナ……ですか。いやはや、運命とは面白いものですな」


「何が言いたい」


「いえ、ただの老人の戯言たわごとです。いざ、尋常に勝負致しましょう」



 そう言って、水月が大きく踏み込んでくる。

 上段からの振り下ろしを防ぎ、今度は俺が反撃するも防がれてしまう。そこから高速の剣戟を繰り広げるも、互いに有効打を与えられない。


 この老人、やはり手強いな。

 レベル100越えの魔族と戦うのは初めてだが、これほど出来るのか。磨き上げられた剣技はアルフレッドにも劣らない。


 いや、剣技だけならアルフレッド以上か? あの老執事は剣技一筋ではなく他も万能だからな。


 なんにせよ、剣客と剣を交わせるのは心が躍る。

 もっと楽しませてもらおうか……と思ったのだが、水月は突然後方に下がると剣を鞘に仕舞ってしまった。



「何をしている」


「おみそれしました、儂の剣ではあなた様に勝てませぬ。という事でシュラ殿、申し訳ございません」


「スイゲツ……」



 うぬぅ……ここから面白くなると期待していたのに、拍子抜けもいいところだぞ。まぁ、それだけ引き際を弁えているということか。

 残りは二人。名前の無い女の方が出てくると思ったが、眼前に出てきたのはボスの修羅だった。



「我が相手だ。貴様が強いことは理解した、全力でいかせてもらうぞ」


「うむ、悔いを残さぬよう思い切りやってくれ」


「言われなくても! 雷撃らいげき!」



 修羅が手を翳すと、強い発光と共に電撃が飛来してくる。俺は変わり身の術を使って木片と位置を入れ替えた。


 ふむ、挙動が早いな。魔法とは違い詠唱が無いから予備動作が極端に短い。無詠唱魔法と同じ速度だ。リズと無詠唱対策をしていなかったら一撃喰らっていたかもしれん。



「消えただと!? どこに行った!?」


「後ろだ」


「――っがは!?」



 俺を見失っている間に背後から背中を蹴り飛ばす。

 修羅はすぐさま立ち上がり電撃を飛ばしてくるが、俺も反撃の準備を整えていた。



「土遁・土壁」


「あんな薄い壁に我の雷撃が防がれただと!?」


「驚くことはないだろう。雷属性は土属性に有効ではないのだからな」



 魔法には属性ごとに相性があるのだとリズに教えられた。

 水は火に強く、火は土に強く、土は水に強いといった風にな。そして土は雷にも強い。この考え方は前世でいうところの五行説によく似ているので、勉強が苦手な俺でもすんなりと覚えられた。


 あらゆる魔法に対応できるように、リズとどれだけ対魔法実戦訓練をしたか。


 幸い、というより珍しくリズは全属性の魔法を操れるようで、初級から上級までの全属性魔法攻撃を試してもらっている。

 魔法ではないが、俺も全属性の忍術を扱える。リズと相性の良し悪しを研究、鍛錬し、いかなる敵にも対応できるようにしてきたのだ。


 そして属性の相性は、スキルとて変わらない。

 そもそも俺の忍術もユニークスキルなのだがな。



「優位属性とはいえ、それを上回る強力な電撃を放てば壊せるぞ」


「言われなくとも! 雷虎ライコッ!」


「やるな」



 修羅から放たれた電撃が虎の形になりながら飛来し、土の壁を喰らうかのように破壊する。そのまま俺を追跡してくる攻撃に対し、印を結んで大きく息を吸った。



「火遁・火吹かすいの術」



 ごお! と吹いた火炎が電撃と衝突し、相殺される。新たな忍術を発動するべく続けて印を結んだ。



「陣・闘・在・列、雷遁・飛電ひでん


「ぐぁぁああああああああああ!!」



 人差し指を修羅に向け、一筋の雷光を放つ。

 ぱちっと静電気のようなか細い音が鳴った刹那、凄まじい電撃が修羅の身体を襲った。


 異国での雷魔法は派手で強力だが、対象への到達速度が自然の雷よりも遅すぎる。恐らく魔力で雷を生み出せる速度の限界がそこまでなのだろう。まぁ人間如きが大いなる自然の力に敵うはずもないのだがな。


 しかし、努力と工夫によりできるだけ近づけることは可能だ。

 雷の強みは速さ。何よりも速さを追求するなら、派手な演出はいらない。その場合威力は下がってしまうが、何よりも当てることが重要だ。



「が……ぁ……お前も、雷を操れるのか」


「そうだ。さて、勝敗は見えたがまだやるか?」


「当たり前だ! 我はまだ負けてない!」


「その意気や良し。ならば俺も次の一撃で終わらそう」


「終わらすのは我だ! 雷撃ぃぃいいい!」


「雷遁・建御雷神たけみかづち



 膨大な魔力を注ぎ込み、俺を覆うように雷の武将を作りだす。


 修羅が放った電撃など、武将に触れた直後にばちんと霧散した。お返しとばかりに建御雷神を操って雷撃を放ち、鳩が豆鉄砲を食ったような顔を浮かべている修羅に喰らわせる。



「が……ぁ……」



 強力な雷撃を浴びた修羅は口から煙を吐き、意識を失って倒れた。手加減はしたので死んではいないだろう。雷の耐性もあるだろうしな。


 建御雷神は俺が作った新しい忍術だ。

 というか、こんな強力な忍術前世では誰一人として扱えないだろう。有り余るほどの魔力を有している今だからこそ扱える強力な忍術だった。


 派手な演出はいらないと言ったが、威力も速度も兼ね備えているなら別にあってもいい。

 俺はリズの魔法を見て考え方が変わったのだ。派手だとかっこよくて気分が良いとな。



「さて、残るはお主だがやるか?」



 最後のみことに問いかけると、女は青ざめた顔で激しく首を横に振った。

 ならばと、俺はオーガとの戦いを影で見守っていた魔族や亜人達に聞こえるように大きな声で尋ねる。



「不服がある者は他にいるか! いるなら出てこい!」


「「……」」


「いないようだな。では、改めて俺が魔王代理を務めさせてもらうぞ」



 うむ、一先ず一件落着といったところか。



 ◇◆◇



「うっ……」


「気が付いたか」


「お前は……! ぐっ!」



 隣で眠っていた修羅が目を覚ます。

 彼は俺を見た瞬間起き上がろうとしたが、痛みに喘いだ。



「安静にしておけ。リズに治癒してもらったが、内側の傷は治っていないだろう。特に雷は内側に響くからな」


「我は……負けたのか」


「そうだな。まだ納得できていないようなら相手になるが、どうする?」


「いや……あれだけの実力差を見せつけられたのだ。生かしてもらった上に再戦を求めるほど恥知らずではない」



 それは重畳。

 己の弱さを認められない馬鹿は群れの頭に据えられないからな。物分かりが良い方で助かる。

 勝負に負けて落ち込んでいる修羅に俺の考えを伝える。



「先ほども言ったが、俺は一時的な代理に過ぎん。元々は交流のあるドワーフ達を余所者から守るためだったしな。だがそれには、現在進行中で荒れているこの領土の問題を根本から解決するしかなかった。お主が認めたくない気持ちも分かるが、今は飲み込んでくれ。他の魔族や亜人にも了承は得られた。まだ全部ではないがな」


「ああ、認めるさ。貴様――いやあなたを魔王様の代理と認める」


「感謝する。話は変わるが、やはりお主に新たな魔王になってもらいたいと俺は思っている。この領土を守ってきた実績もあるし、他の者も納得できるだろう」


「はっ……あなたに大敗した我が魔王になんて可笑しな話だ」


「今ではなく、近い将来の話だ。生物は鍛えれば強くなれるし、進化だって可能だ。その道理ならお主も強くなれる。力と技を会得すればな」



 俺もそうだが、日々剣術・武術・忍術の修行や研究を欠かさないことでレベルは上がっていった。


 筋力を増やしたり強力な技を覚えるだけが成長とは限らない。あらゆる技術を体得したり、戦法を学ぶだけでも大幅に強くなれる。


 特に魔族や亜人は恵まれた肉体に胡坐をかいている者がほとんどだ。技術と知識を身につければ格段に成長できる



「我はもっと強くなれるのか?」


「なれる。というより強くなってもらわねば俺が困る。俺にも次期当主としてやることが沢山あるからな」


「そ、そうなのか? だがどうやったら強くなれるんだ」


「俺が鍛える。無論お主だけではなく、多くの者を同時に鍛えるぞ。先ほど確認したら皆が志願してくれた、ゴップとか張り切っていたぞ。そして軍を作る」


「軍……だと?」


「うむ。そもそも防衛の抑止力をたった一人の魔王に任せていたのがあり得んのだ。魔王が消えたら誰がここを守る? お主等オーガ達が自主的に守っていたようだが、どう考えても数が足りん。実際守り切れておらず、同胞も失ったのだろ?」


「ああ……そうだっ」



 沈痛な面持ちで俯きながら拳を強く握り締める修羅に、俺は強い声音で告げた。



「自分達の居場所は自分達で守る、その為の軍だ。そして修羅、お主には皆を纏めてもらいたい。この困難を乗り越えるために協力してくれるか?」


「ああ……ああ! やらせてくれ! 魔王様の居場所を守れるなら、我は何だってする!」


「うむ、その言葉を待っていた」

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