第弐拾参話 集合

 



「サイ様がなさろうとした事って、あれだったんですね」


「うむ。初めは友好的な者達から話をつけようと思っていたのだが、今の状況は一刻の猶予もなさそうだと判断し、手っ取り早くあのような手を打った」



 リズの話に頷き、俺の考えを伝える。

 考えてみれば、広大な大地を歩き回っている時間も労力も勿体ない。


 文句があるならあちらから来てもらった方が手間が省ける。その為の目印に、土遁の術で聳え立つ塔を近くに作っておいたしな。


 だがまぁ、これは悪手でもある。

 魔王の代理を務めるというのに、現住民に喧嘩を売るような真似をしてしまったからな。俺の印象は友好とは真逆になってしまっただろう。

 しかし、殺戮や侵略を一刻も早く止めるにはこの手しかなかった。



「サイ殿の判断は間違ってないぞ。確かに元々ここに居た奴等にとっては不満かもしれんが、それは敵にも言える。小夜殿も一緒にいたから抑止力のインパクトも十分だったしな」


「あなた、気が利くこと言うじゃないですか」


「へへ、そりゃどうも」



 俺に気を遣ったことを言ってくれたボルゾイ殿を褒める小夜。


 お前はいい加減俺を離してくれ。ジャガーノートに変身した褒美が欲しいというから好きにさせておいたら、俺を抱っこして髪をすぅ~はぁ~と嗅いだり頬ですりすりしてきたりと気持ち悪いぞ。


 リズに怒られても知らんからな。見てみろ、あの顔。

 顔は笑顔なのに身体中から怒りの圧力オーラが迸っているぞ。ボルゾイ殿やゴッブ、それに魚人達も脅えきっているじゃないか。



「はぁ……茶番はそれくらいにして、そろそろ行くか」


「行くって、どこにですか?」


「早速効果が出たみたいだ。多くの足音が塔に向かって接近してきている。俺から来いと言っておいて、本人がいなかったら申し訳ないだろ?」




 ◇◆◇



「おい、ジャガーノートに乗っていた者は貴様か」


「うむ。まだ名乗っていなかったな、サイだ」



 魚人達には大河で待ってもらい、その他で塔に行き来客を待っていると、続々と魔物や魔族に亜人が集まってきた。

 それらの中から代表して、亜人のような連中が前に出てきて俺に問いかけてくる。



「まだ小さいな……亜人の子供か」


「俺は人間だ」


「人間だと!? 人間が魔王様の代わりなどとふざけた事を抜かしているのか!?」


「うむ、さっきそう言ったぞ」


「我等は断じて認めない! ここから出ていけ!」



 ふむ、やはりこうなったか。

 俺に対する彼等の印象は最悪だな。こうなってしまっては武力をもって分かってもらうしかないだろう。

 一戦交える前に一先ず鑑定眼で調べてみるか。



『ステータス

 名前・修羅しゅら(魔王リョウマが名付けた)

 種族・魔族(大鬼オーガ)(群れのボス)

 レベル・111

 スキル・【雷操作】【カリスマ】』


大鬼オーガとは、ホブゴブリンが進化した種族。姿が亜人寄りで、怪力である』

『【雷操作】スキルとは、魔力を雷属性に変換し操る能力』


『ステータス

 名前・枯葉クレハ(魔王リョウマが名付けた)

 種族・魔族(オーガ)

 レベル・90

 スキル・【金剛力】』


『【金剛力】スキルとは、常時身体が鋼のように頑丈である能力』


『ステータス

 名前・水月スイゲツ(魔王リョウマが名付けた)

 種族・魔族(オーガ)

 レベル・105

 スキル・【明鏡止水】』


『【明鏡止水】スキルとは、感情を常に落ち着かせ、無の境地に至ると時が止まるような感覚になる能力』


『ステータス

 名前・ミコト(魔王リョウマが名付けた)

 種族・魔族(オーガ)

 レベル・47

 スキル・【巫女いたこ】』


『【巫女】スキルとは、霊を呼び寄せて憑依する、もしくは召喚する能力』



 う~む、凄まじい量の情報が出てきたぞ。

 頭が痛くなってくるな。


 まずは代表して俺に物申してきた修羅とかいう魔族。


 驚いたぞ、名付けたのは魔王リョウマなのだな。しかもこの者だけではなく、他の三人もそうだ。

 見た目はそうだな……金色の髪に、角が二本生えている若い男といったところか。

 オーガはホブゴブリンの進化なのだが、ゴブリンキングとはまた別の進化先らしい。


 そしてレベルが111。百越えの魔族と会ったのは初めてだな。

 強力そうなスキルも持っているし、こいつが群れのボスなのは納得だ。


 修羅の隣にいる大女が枯葉。

 薄い赤色の短髪に、角が二本で、身体が大きい。


 枯葉の隣にいる老人が水月。

 白髪で背が低く、角は一本。こいつもレベル百越えだ。


 最後の一人は白色の長髪の女で、名は命。

 目元が前髪で隠れていて顔が分からん。

 彼女だけレベルが低いが、スキルは妖術に近く使いようによっては強力そうだ。


 一通り鑑定眼で調べ、こいつ等中々強いなと関心していると、ゴップが彼等に声をかけた。



「シュラさん! サイ様は悪いニンゲンじゃないです! オレや仲間を余所者から助けてくれたんです!」


「ふむ、ゴップは彼等と知り合いなのか?」


「はい……オレがサイ様に紹介しようとしたのがシュラさん達なんです。シュラさん達オーガは魔王様の代わりにここを取り仕切ってくれて、いつも助けられてるんです」


「むっ? 確か魔王には直属の配下がいないと聞いているが?」


「魔王様は部下とか子分とか嫌いなんだよ。アタイらが勝手にやってるだけさ」



 ゴップの説明を聞いて首を傾げていると、オーガの枯葉クレハが横から挟んでくる。

 ボルゾイ殿やゴッブの補足によると、どうやらオーガ達は放任主義の魔王に代わって魔族や亜人などの揉め事を収めたり、領土に侵入してくる魔物を退治していたようだ。


 ふむ、つまり彼等はこの領土において魔王の次に地位が高いのか。

 得た情報を整理した俺は、オーガのボスである修羅に問いかける。



「そこまで取り仕切っているのなら、お主が魔王になればよいではないか? 魔族や亜人達からの信頼も厚いだろう」


「我程度の力で魔王になるなど烏滸がましい。我等は魔王様が戻られるまでこの地を守るのみ! 貴様も敵だぞ人間の子よ。邪悪な怪物を連れてさっさと立ち去れ!」


「頑張っている者に言いにくいのだが、お主等は守れているのか? ここにいるドワーフの住処を……襲ったのは小夜だが、ゴップの群れは余所者のゴブリンキングに襲われ、魚人達は人間のハンターに狙われた。到底守っていると思えんのだがな」


「黙れ! それぐらい我等も承知の上だ! 我等もこの地を守る為に多くの同胞を失った。それでも魔王様が戻られるまで守らねばならんのだ!」



 ふむ……四人共外見がぼろぼろなのはそういう事だったのか。


 魔王が消えた日がいつかは知らんが、今日までこの土地を必死に守り続けてきたのだろう。多くの仲間を犠牲にして。

 素晴らしい忠義に感服するが、彼等の考えで一つ解せんことがある。



「魔王は戻ってくるのか? そもそも生きているのか? 何故戻ってくると言い切れる」


「それはっ……魔王様が死ぬはずがない、必ず戻ってくださる!」


「信じるのは勝手だが、魔王を待つ猶予はないぞ。だから俺が代理をすると言っているんだ。もし魔王が戻ってきたら喜んで退こう。俺は魔王なぞになるつもりも興味も全くないからな」


「ならば消えろ! 余所者に魔王様の代わりはさせん!」


「くどいぞ、俺は“する”と言ったんだ。不平不満を口にするなら力を示してみろ。俺がいなくともこの地を守れると証明してみせればいい」


「いいじゃん、やってやろーじゃねぇか!」


「「サイ様!」」


「手出し無用、これは俺と彼等の問題だ」



 文句があるならかかってこいと告げたら、枯葉がずんっと飛び跳ね上方から襲い掛かってくる。心配するリズにゴッブやボルゾイに、手を出すなと伝える。小夜は今にも怒りかかっているが、終わるまで堪えてくれ。


 振り下される拳打を下がって回避すると、枯葉が勝気な笑みを浮かべて口を開いた。



「ガキだからって容赦しねぇぞ。死んでもしらねぇからな」


「後で文句を言われても面倒だ。全力でこい」


「言うじゃねぇか! ならお望み通り殺してやんよ!」



 大きく振りかぶった枯葉が、風を切るような拳打を放ってくる。

 軌道を見極めて回避すると、顎目掛けて右拳を振り上げた。顎を打ち抜かれた枯葉は回転しながら吹っ飛んでいく。


「がはっ……」


「馬鹿な……子供の力で枯葉を殴り飛ばしただと!?」


「きゃー! サイ様かっこいいー!」


「ぺっ……やるじゃねぇかクソガキ」


(立ち上がるだと?)



 血を吐きながら立ち上がる枯葉に驚きを隠せない。

 顎に衝撃を与えて脳を揺らしたはずだ。何故立ち上がれる……オーガは脳も頑丈なのか?



「舐めてたぜ! こっからは本気だぜクソガキ、【金剛力】!」


「むっ」


「はっはー! そんな攻撃全然効かねぇんだよ!」


(みたいだな……鑑定眼っ!)


『サイ=ゾウエンベルクの膂力を上回る防御力』



 スキルを使ったのか、枯葉の全能力が上がった。

 攻撃や移動などのあらゆる速度が増し、筋力も増え、防御力も上がっている。何度も攻撃を与えているが、筋肉が鋼のように強固で全く手応えがない。


 鑑定眼で詳しく調べてみると、俺の膂力を上回っているようだ。それにしたって頑丈過ぎないかとも思うが。



(外が効かぬなら、“中”ならどうだ?)



 普通の打撃が効かないならば、中から衝撃を与えるしかない。俺は浅く息をすると、枯葉の腹部に掌打を繰り出す。



「“徹し”」


「はっ、だから効かねぇって言って――ガハッ!?」



 余裕そうな枯葉が突如血を吐き、白目を剥いて倒れる。

 ふむ、流石にこれは効いたようだな。



「ありえん……クレハが打撃でやられるだと? あの子供、いったい何をした」


「恐らく、内部に衝撃を与える打撃だと思いますぞ、シュラ殿」



 正解だ、オーガの老人よ。

 俺がした攻撃は徹しといって、骨法と呼ばれる徒手空拳だ。どれだけ筋肉が硬かろうが、内部を鍛えることはできん。

 徹しは外部を通して直接内部に衝撃を与える武術だからな。


 忍びは基本的に武器を扱って敵を殺す暗殺術を行うが、武器が無くなった時の為にあらゆる武術を学んでいるそうだ。

 俺もそう言われて師匠の半兵衛に鍛えられた。



「さて、次は誰だ」

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