第弐拾弐話 魔王シノビ

 



「いや~、大漁とはまさにこの事だな!」


「本当だな! なんせ人魚のガキを二匹も簡単に捕まえられたんだぜ!」


「コレクターに売れば一生遊んで暮らせる」


「魔王リョウマが消えたって噂は本当だったんだな。お蔭でここは穴場だ、また稼ぎに来させてもらおうか」


「やめとけやめとけ。スタンピードかってぐらいここに魔物が押し寄せてるって情報もあるらしいぜ。あんな魚人程度を相手にして済んだのは今だけだ」


「確かにそこら中に魔物の気配を感じるぜ。さっさとドラゴニス王国を経由してずらかるぞ。ったく、『竜魔結界』さまさまだな」



 魔王リョウマが支配する大地で、六人の熟練ハンターが闊歩していた。

 彼等は最近リョウマと、リョウマが飼っていたとされる【破壊の権化】ジャガーノートが姿を消したという情報を入手した。


 何故彼等がその情報を入手できたかといえば、ハンターの仕事場が大魔境だからだ。大魔境に入れば、そこかしこで亜人や魔族が話題にしているのを聞ける。勿論盗み聞きだ。


 その情報はハンター協会でも広がり、ハンター達は一攫千金を掴もうとする。魔物も少なく平穏で比較的狙い易い土地でも今まで足を踏み入れなかったのは、魔王リョウマがいたからだ。


 あの魔王は非道な真似をする者を許さず、見つからないように注意しても必ず見つかって処刑されてきた。だからハンター達は手出しできかったのだ。


 が、リョウマが消えたなら話は別。

 魔王以外に強い魔族や亜人がいないあそこは、一番の狙い目。低いリスクで獲物を獲り放題。


 それでも大魔境は命がいくつあっても足りない場所なので、『竜魔結界』が施されているドラゴニス王国を経由して大魔境に侵入した。


 大河で魚人族を発見し、好機が訪れるまでじっと待ち、岩場で遊んでいる人魚の子供を二匹捕まえた。もう一匹いたが、そちらは逃がしてしまう。


 子供を取り返しにきた大人の魚人と戦ったが、陸地では力を発揮できないようで容易に倒せた。

 後はドラゴニス王国に戻って密輸し、コレクターに売るだけ。


 生きている人魚の二匹の子供となれば、白金貨三十枚になるだろう。六人で割っても五枚、一生遊んで暮らせる額だ。



「ん?」


「誰だお前等!?」



 夢を膨らませながら足早に歩く熟練ハンター達の目の前に、突如二人の怪しい人間が現れた。一人は見慣れない服を纏った綺麗な女で、もう一人は小さな子供。


 怪しいのは子供の方だ。装飾が施された黒ずくめの上下に、黒い外套を纏っている。さらに背中には細い剣を背負っていて、顔には白く不気味な仮面を被っていた。


 どう見ても怪しい二人に警戒していると、黒髪の子供が指を差しながら告げてきた。



「お前が背負っている、人魚の子供が入っている籠を置いて今すぐ立ち去れ。言っておくがこれは頼んでいるのではなく警告だ」


「何言ってんだクソガキ、そんな事する訳ねーだろ」


「俺達の獲物を横取りしようってのか? そうはさせねーぞ、テメエ等こそ消えねぇと殺しちまうぞ!」


「警告はした。命令に従わないのなら排除する」


「上等だ! ガキが舐めてんじゃ――ぎゃあああああああ!?」



 話している最中に突如悲鳴を上げるハンターに、他のハンターが何事だと注目する。するとハンターの片腕がばっさり斬り落とされていて、背後には剣を抜いている子供がいる。



「殺せ! このガキを殺せぇえええ!!」



 子供が脅威だと判断したハンター達は、慌てて行動に移す。剣を抜いて飛びかかったり、魔法を発動しようと詠唱を開始した。

 が、子供にとってその全てが遅かった。



「速ぇ!?」


「ぎゃああああ!!」


「腕がぁぁあああああ!!」



 非合法なハンターといえど、彼等は大魔境に出入りできるぐらいの強さがある。普通に冒険者をしていれば、銀等級と肩を張るレベルだろう。


 そんなハンター達が手に負えないほど子供は強く、瞬く間に全員が細剣によって片腕を斬り落とされてしまった。



「嫌だぁああ!! 死にたくない!!」


「逃がさん。前・在・陣・前、忍法・影縄の術」


「う……動かない!?」



 ハンターの一人が恐怖に脅えて逃げ出そうとすると、子供が素早く手を動かす。直後、子供の影が生き物のように動いて逃げるハンターの身体を縛り上げた。

 もう勝ち目がないと悟ったハンターの一人が、子供に向かって頭を下げながら命乞いをする。



「降参だ! 言う通りにする! 獲物は置いていく、だから助けてくれ!」


「……いいだろう。逃がしてやる」


「ほ、本当か!?」


「ただし、お前達にはやってもらいたいことがある。この土地に二度と入らないこと。そして、俺が魔王リョウマに代わって新しい魔王……の代理になったことを、生きて戻れたら各地に情報を流せ。この地は危ないから近寄るなと拡散するんだ」


「ま、魔王の代理……お前が?」



 突然訳がわからないことを言い出す子供に、ハンターは困惑してしまう。こんな子供が新しい魔王だなんてふざけているとしか思えない。


 中々信じがたいことは子供もわかっているのか、ずっと黙って見ていた女へ告げる。



「小夜、ジャガーノートになって一人殺せ」


「え~もう仕方ないですねぇ」


「はぇ? じゃ、ジャガ……?」



 ジャガーノートという台詞が子供の口から出てきて動揺する。【破壊の権化】と呼ばれている恐ろしい怪物を実際に見たことはないが、その存在自体は冒険者やハンターの中でも語り継がれていた。


 魔王級……討伐ランクSSSトリプルエスの怪物が、こんな人間の女の筈などある訳がない。


 そんなハンター達の考えとは裏腹に、女は姿を変えながらみるみるうちに肥大化していくと、目にするだけで気絶してしまうような禍々しい怪物に変貌した。



「ひ、ひぃぃいいいいいいいいいい!!」


「助けてくれ! 死にたくない!」


『えい』


「「ぎゃぁあああああ――……」」



 ペッとジャガーノートの口から吐き出された液体が二人のハンターに被ると、一瞬でドロドロになって溶けてしまう。

 跡形も残らず死んでいった仲間を見ていたハンター達は、あんな死に方はしたくないと奥歯をガタガタ震わした。



「一人だけと言ったのだが、まぁ些細なことか。どうだ、ジャガーノートだと信じたか?」


「信じた! 信じました!」


「なら結構。加えると、俺はこのジャガーノートを使い魔にしている」


「つ、使い魔……? ジャガーノートを?」


「ああ。そうだな、小夜」


『は~い、小夜はご主人様の使い魔で~す』


「は……ははっ(【破壊の権化】が、討伐ランクSSSのジャガーノートがガキの使い魔だって? 冗談じゃねぇよ)」



 乾いた笑みを浮かべながら、内心で毒を吐く。

 どこの世に怪物を使い魔にできる奴がいる。そんな馬鹿げたこと、魔王リョウマ以外にできる奴なんていないだろう。いや、いてたまるか。


 夢なら醒めてくれと必死に懇願するハンターに、子供が問いかける。



「どうだ? これでもまだ俺が魔王代理だと信じられないか?」


「はい! 信じました! 疑っていません!」


「ならばさっさと立ち去れ。二度と立ち入らないことと、情報を拡散するのを忘れるな。言っておくが、お前等が言う通りにするまで見張っているからな。死にたくなければ馬鹿な真似はよせ」


「はい! 言う通りにします! おいお前等、さっさと行くぞ!」



 ハンターは呆然としている仲間達を蹴っ飛ばし、慌ててここから立ち去ろうとする。だがふと思い出したように足を止め、振り返って子供に尋ねた。



「あ、あの……貴方様はなんて呼べばよろしいんでしょうか。名称があった方が、拡散しやすいかと思いますが……」


「ふむ……そうだな(人間に姿を明かせないとなれば、名前も隠していた方がいいか)……なら俺のことは“しのび”と呼んでくれ」


「シノビ……わかりました。その名前、拡散させてもらいます」



 子供は少し考えた後、自らをシノビと名乗った。

 体験した恐怖と子供の名前を記憶に焼き付けたハンター達は、逃げるように子供の前から立ち去ったのだった。



 ◇◆◇



「生かしておいて良かったのですか、ご主人様」


「ああ。あいつ等には魔王の代理が現れたと大魔境の外に言い触らしてもらわねばならぬからな」



 魔王の代理であることを信じてもらう為に小夜に変身してもらったし、全員の片腕を斬り飛ばして俺の力も十分思い知らせた。


 奴等に俺の命令を従わせる為に、小夜に二人殺してもらい恐怖も煽った。ハンター共が恐ろしい目に遭ったと情報を流してくれれば、他のハンター達がこの土地に訪れるのを防ぐことができるだろう。



「ご主人様はご自分のことシノビって仰ってましたけど、その言葉って前世のものですよね?」


「そういえば小夜は俺の記憶を覗けるのだったな。ああそうだ、急に名前を聞かれたので忍びしか思い浮かばなかった」



 前世の名である才蔵にしようかとも考えたのだが、サイとほぼ同じだし隠していることにならなくてやめた。そこで、前世の職務だった忍びにしたのだ。


 それにしても、ハンター共は大したことがなかったな。

 全員レベル50前後だったが、取るに足らぬ相手だった。あの程度の実力でよく大魔境に入ったなと思うぞ。


 さて、人魚の子供を確保するか。怖がらせてしまうので、仮面も脱いでおこう。

 俺はハンター共が置いていった大きな籠に近寄り、蓋を開ける。籠の中には水と人魚の子供が入っていた。



「おお……また面妖だな」



 人魚を初めて見て驚いてしまった。

 腰から上の上半身は完全な人間な子供なのだが、腰から下は魚のヒレになっている。なんと儚げで可愛らしい生き物だろうか。


 鑑定眼で調べたところ、人魚は魚人族の中でも人に近しい種なのだそうだ。



「タスケテ……」


「ウエエン……」


「もう大丈夫だ。仲間のもとに帰ろう」



 うるうると泣いている子供たちに敵ではないと声をかけた。

 俺の身体では大きな籠を背負うと引きずってしまうので、小夜に背負ってもらい魚人族のもとへ戻る。

 リズに治癒してもらって元気そうな魚人に、子供たちを返してやった。



「「トト~!!」」


「ああ、よかった! 無事でよかった!」


「流石サイ殿! よかったな、ペペ」


「オレも一緒に戦いたかったです」


「サイ様、お怪我はありませんか?」


「ああ、問題ない」



 魚人達が感動の再会をしている間に、ゴッブやリズにあったことを説明する。

 自分も役に立ちたかったと落ち込むゴップに、また今度と期待する言葉を送る。やる気は買うが、今のゴップじゃハンター達に手も足も出なかっただろう。


 大袈裟に心配してくるリズに、何度も大丈夫だと告げる。

 いや、お前の場合はどさくさに紛れて俺の身体を触りたいだけか。一々抱き締める必要はないだろ、けしからん奴め。



「ニンゲン、子供たちを助けてくれてありがとう。それと、俺と仲間も助けてくれた。レイがしたい。何でもいってくれ」


「気にしなくていい。俺が勝手にしたことだからな」


「それはデキない。ワレワレは受けた恩を忘れない」


「そうか……なら魚を少しくれないか。食べたくなった」



 魚人族を束ねるペペがどうしても礼がしたいと引き下がらないので、仕方なく魚を要求した。ボルゾイ殿と話した時、武器と魚を交換していると言っていたからな。



「それでいいのか?」


「十分だ」


「分かった。住処にきてくれ、すぐ獲ってくる」



 俺達は皆で大河に戻った。

 魚人達が川に入っていく中、俺達は川の近くで待っている。リズに火属性魔法を使ってもらい焚火を作って待っていると、ペペが仲間を連れて大漁の魚を持ってきてくれた。



「これで足りるか?」


「十分だ、感謝する。さて、作るか」



 ペペに獲ってきてもらった魚を尖った木の枝で串刺しにしていき、焚火で焼いていく。ふと、俺が魚を調理するのを見て魚人は心を痛まないのかと思ったが、魚と魚人は違うので平気だと言われた。


 そこは問題ないのか……。まぁ魚人も魚を食べているみたいだしな。



「美味い!」



 丁度良い焼き加減になったところで刺さっている串を取り、腹からがぶりと食らいつく。久方ぶりに食べた焼き魚に、大声を上げてしまった。


 ああ……懐かしい味だ。

 前世の日本では飯のおかずに必ず出ていた焼き魚。生まれ変わった異国、というよりゾウエンベルク領では魚が獲れないし、そもそも魚を食べる習慣がなかった。


 なので久方ぶりに焼き魚を食べたのだが、味が懐かしくてたまらない。



「ああサイ様、そんなに笑顔で足もパタパタさせて……なんて可愛いんでしょうか(んぎゃああああああ抱き締めたいいいいいい!!)」


「えへ、えへ、ご主人様の笑顔最高ですぅ!」


「はっはっは! サイ殿はそんなに魚が好きか!」


「ああ、好物だ。お主等も食べてくれ」


「はい!」


「いえ、私は遠慮します。魚なんて食べられません」



 他の皆は美味そうに食べてくれるのだが、リズは頑なに食べようとしない。そういえば父上や母上も、魚は駄目だと言っていたな。


 ボルゾイ殿やゴッブは普通に食べているので、南蛮人の舌に合わないのだろう。こんなに美味しいのに……。

 皆で焼き魚を平らげると、ゴップが俺に聞いてくる。



「サイ様、次はオレのツテを紹介します」


「悪いがゴップ、それはもうよくなった」


「えっ、そうなのですか?」



 魚人達には、俺が魔王代理になることをボルゾイ殿から説得してもらった。人魚の子供を助けたこともありボスのペペが快く了承してくれたので、次はゴップが友好にしている者達を紹介してもらう予定だったが、考えを改める。


 今回のハンター達の一件で、俺が思っていた以上に事態が悪いのだと気付いた。一つずつ穏便に話を纏めようとしたのだが、それでは手遅れになってしまう。


 まどろっこしいやり方はやめて、手っ取り早く済ませることにした。



「小夜、ジャガーノートに変身し、俺を乗せて空に飛んでくれ」


「え~またですか~」


「サイ様、何をなさるつもりなのですか?」


「見ていればわかる」



 ぐずる小夜にジャガーノートになってもらい、一緒に空に舞い上がる。さらに身体の大きさを、俺と戦った時のように最大にまでしてくれと頼んだ。

 これほど巨大な体躯ならば、遠くの者も見つけられるだろう。



「臨・列、風遁・声飛ばしの術」



 忍術を使い、俺の声を風に乗せて遠くまで聞こえるようにする。


 これで準備は整った。

 巨大になった小夜の額の上に乗る俺は、遠くに向かって話し出す。



『先代魔王リョウマが支配していた土地に暮らす、全ての亜人と魔族に告げる』


『魔王リョウマに代わって、俺が魔王の代理を務めることにした。先代魔王の意志を引き継ぎ、平穏な暮らしを皆に求める。従って、領土内での殺戮や侵略を即刻中止せよ』


『従わない場合、一度だけ警告する。それでも駄目なら排除する。俺が魔王代理になることが気に食わなければ、直接会いにきてくれ。場所が分かるように目印として高い塔を立てておこう』


『だが見ての通り、俺は魔王が飼い慣らしていたジャガーノートを使い魔にしている。それをしかと心に留めておいて欲しい。もう一度だけ繰り返す』


『先代魔王に代わって、俺が魔王の代理を務める』



 ◇◆◇



「本当なんだって! ジャガーノートを使い魔にしているガキがいるんだって!」


「おいおい、そんな馬鹿な話誰が信じるんだよ」


「お前等、腕失ったショックで頭やられちゃったんじゃね~か?」


「信じてくれよ! 魔王の代理が現れたことを流さないと俺達殺されるんだ!」



 サイに命令されて生き残った四人のハンター達は、なんとか大魔境を抜けてハンター協会に帰還した。


 そこで多くのハンター達に、魔王リョウマの代理が現れたのだと吹聴する。他のハンター達は疑っているが、帰ってきた四人が片腕を失っていることと、恐怖に脅え必死になっていることから、ただ事ではないと真剣に耳を貸す。


 ハンター曰く、魔王リョウマが消えてカモだと思っていた土地に、魔王の代理が君臨したのだと。


 その魔王は黒ずくめの格好をした仮面の子供で、ジャガーノートを使い魔にしているそうだ。


 信憑性は薄いが、死にたくはないのでリョウマが支配していた土地に向かうのは一旦ストップして静観することにした。


 そして魔王代理という情報は、噂が広がっていく中で“新たな魔王が誕生した”という情報にすげ替わり、日に日に大陸全土へ広まっていく。



 新たな魔王の名はシノビ。



 魔王シノビが魔界に君臨した。

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