第弐拾壱話 代理
「「魔王代理!?」」
「ああ」
俺はリズと小夜を連れて魔界を訪れた。
ドワーフのボルゾイ殿にホブゴブリンのゴッブと仲間を集めてもらったところで、父上に相談して思いついた考えを皆に伝える。
「やはり俺は魔王にはなれん。しかし、ボルゾイ殿達とは今後も良き関係を続けていきたいと思っている。が、それは目下面倒な問題が起きているせいで難しい。魔王不在の影響で、この地は戦場になり余所者も侵略してきている問題を解決するにはどうしたらよいかと考えた」
「その考えってのが、サイ殿が魔王の代理をするってことか?」
「そうだ。一時的に俺が先代魔王の土地を治め、事態を収拾する。現住民にはそれぞれに話をつけ協力してもらい、敵対する者には土地から離れてもらうか排除する。それは外から来る者に対しても同じだ」
やり方は放任主義の先代魔王に習う形だ。
平穏に過ごしてくれていればそれで構わない。だが無暗に争ったり、外から侵略してくる者には容赦しない。
「よくわからないが、サイ様は魔王になってくれるならそれでいい」
「違うぞゴップ、サイ殿は魔王じゃなくて魔王の代理だ。しかしサイ殿はそれでいいのか? 代理といえど引き受けてくれるのは嬉しいが、気が進まないんじゃないのか?」
「仕方あるまい。俺がずっと魔界に居て守ってやることはできないのだからな。なら根本的な問題を解決するしかないだろう。その為の魔王代理だ」
「小夜は賛成です!」
「サイ様は代理と仰りますけど、いつまで続ける気なんですか?」
「そう長くはしない。できるだけ早い内に誰かに新しい魔王になってもらう。その対象は先代魔王の意志を継ぎ、誰もが認めるほどの強さを有しているのが望ましいがな」
「そんな亜人や魔族いますかねぇ……」
目標を掲げると、リズは深いため息を吐いた。
いないなら育てればいいし、余所から呼んでくればいい。
やり方は前世の組織編成と変わらん。先代魔王がどれほどの強さだったのかは分からないが、最低でも小夜と互角に戦える強さを持つ者でないとな。
「事態を収拾する為に真っ先にすることは、この土地に魔王代理が現れたことを内外に知らしめなければならん。まずは内だ。ボルゾイ殿にゴップ、主等が友好のある者達を紹介してくれないか」
「なら魚人族に話をつけに行こう。あいつ等なら儂から説明できるしな」
「ゴップもついて来てくれ、なるべく早く終わらせたい」
「力の限りサイ様の役に立ちます」
「リズと小夜も、悪いがついてきてもらうぞ」
「勿論です! 小夜はどこまでもご主人様と一緒ですから!」
「魚人族というと川ですか……服が汚れそうですね」
「気が乗らないなら帰ったらどうです? あなた邪魔なんですよね」
「私は旦那様からサイ様のことを任せられたんです。お前こそこんな所で油を売ってないであの糞爺にしごかれてきなさい」
話が纏まったところで、俺達はボルゾイ殿に魚人族のところへ案内してもらう。
雑木林の中をある程度歩くと、水が透き通るほど綺麗な大河が見えてきた。
素晴らしい……これほど壮観な大河は見たことがないぞ。
ゾウエンベルク領には湖もなければ大きな川もなく、あるのは暮らしに使える小川のみだ。こんな美しい大河がある大魔境は自然の富に満ち溢れているのではないだろうか。
「お~い! ペペー、いるかー! 儂だー!」
大河に興奮していると、ボルゾイ殿が大河に向かって声をかける。
どうやら魚人族はこの辺りを住処にしていて、ボルゾイ殿が呼べば族長が応答してくれるそうだ。
しかし、何度ボルゾイ殿が呼んでもうんともすんとも言わず、魚人族が現れる気配はない。
「おっかしいな~、いつもはすぐ来てくれるんだがな~」
「狩りに行っているか、住処を変えたとかではないですか?」
「それはないぞ、リズ殿。住処を変える時は、予め教えてくれるんだ。狩りに行ってるとしても、誰かは残っているだろうしなぁ……」
「魔物や魔族に殺されたとかじゃないですか~?」
「「……」」
「えっ、何ですか皆さんその目は……言っておきますけど小夜じゃないですからね!」
小夜が思いついたことを話すと、お前がそれを言うのか? と言いたげな眼差しを全員から注がれる。
破壊衝動に囚われていた小夜ならば実際あり得るかもしれん。本人は否定しているが、破壊衝動が起きている最中は意識がはっきりしていないと言っていたからな。
小夜の言葉を信じるとして、考え自体は当たっているかもしれん。
ボルゾイ殿やゴッブが他の魔物に襲われたように、魚人族も既に襲われている可能性はある。
「川に沿って捜してみよう。見つからなければ諦めて次に行く」
待ち続けるのも時間の無駄なので、この辺りを捜してみることにした。
ボルゾイ殿が川に向かって魚人族を呼び続けている間に俺達も周囲を見回していると、地面に血のような赤い染みがついているのを発見する。
「サイ様、これ血ですね」
「ああ、まだそれほど時間は経っていない。あっちに続いているな、行くぞ」
血痕は川とは逆の陸地へと続いていた。
俺達は警戒しながら血痕が続く跡を辿っていくと、人影らしきものが地面に倒れていた。それを見たボルゾイ殿が慌てて駆け寄る。
「ペペ! しっかりしろ! 大丈夫か!?」
「ボ……ルゾ……イ」
(何だこの面妖な生き物は!? 鑑定眼)
『ステータス
名前・ペペ
種族・魚人族(群れのボス)
レベル・41』
『魚人族とは、魚類に手足が生えた亜人のことである。水中で暮らしている』
ほう、これが魚人族なのか。
姿は殆ど人なのだが、肌が鱗だったり、顔が魚のようだったりと気色悪い見た目だ。この奇怪な見た目で魔物や魔族ではなく亜人のくくりなのか……。
倒れている魚人はペペだけではなく、他にも多くいる。そのどれもが魚や蛸のような姿をしていた。
異国には散々驚かされてきたが、まだまだ摩訶不思議な存在が転がっているのだな……。
「リズ、生きている者から手当してやれ」
「ヌメってそうで触りたくないですが、仕方ありませんね」
リズに頼んで魚人族に治癒魔法をかけてもらう。
数は全部で十人ほどだが、残念ながら何人かは既に息絶えているだろう。俺はまだ意識がはっきりしている魚人を治療しながら、問いかける。
「おい、何があった」
「っ!? ニンゲン……殺す!」
「ペペ、落ち着け! この方は何もしていない!」
声をかけた魚人が俺を一瞥した瞬間、突然襲い掛かってくる。
咄嗟にボルゾイ殿が抑えてくれているが、魚人はかなり興奮しているようだ。
何故人間の俺を見て殺意を抱いたのだ?
こいつ等を襲ったのは、魔物でも魔族でもなく人間だとでもいうのか?
「おい魚、ご主人様に手を出そうとしたな? 壊されたいのか?」
「グワァァアア!?」
「やめろ小夜、重傷人に鞭を打つな。俺なら問題ない、下がれ」
「は~い。ご主人様が優しくて命拾いしたな」
魚人の腹を踏みつける小夜を
「ペペ、何があったんだ。誰がお前等をこんな風にした」
「ニンゲンの……ハンターだ」
「何だって!?」
魚人の話を聞いてボルゾイ殿が驚く。
聞くところによると、人間達に魚人の子供を攫われたそうだ。子供達だけで遊んでいたところを襲われてしまい、その内の一人だけ逃げのびて大人達に助けを求めた。
子供を助ける為にすぐに人間達を追って戦ったが、地上では本来の力を発揮できず返り討ちにあってしまったらしい。
「解せんな。魚人の子供を攫って何がしたいんだ」
「売るんですよ、サイ様。恐らく攫われたのは人魚の子供でしょう。人魚の生き血は寿命がのびると言われ高く売れますからね。他にも、鑑賞用に飼ったりしている人間もいるそうですよ」
「金欲しさに、わざわざ魔物が跋扈する大魔境に入ってそんな真似をする人間がいるのか?」
「サイ様、大魔境は確かに危険な大地なのですが、それと同時に自然の宝庫でもあるんですよ。難病を治す薬草に、天然の鉱石。美味な食材や、魔物の鱗や血肉といった素材。そういった金目のものをリスクを冒してでも手に入れようとする連中を
確かに、大魔境が自然の富で溢れているのは分かる。
ドワーフ達が掘り出している鉄はゾウエンベルク領では出てこないし、壮大な大河だって存在しない。
物の価値が
「ハンターか……そのような奴等もいるだな」
「はい、他にも冒険者というものがいますね。そちらの場合は自ら行くのではなく、大魔境から出てくる魔物を討伐したりと守護的な役割ですけど。世間のイメージでは冒険者は合法で、ハンターは非合法だと認識されています。まぁ、報酬を得ている時点で同じだと私は思いますけどね」
「ドラゴニス王国にも冒険者やハンターは居るのか?」
「居ません。ドラゴニス王国は冒険者やハンターの存在は一切認めていないです。というか、ドラゴニス王国には『竜魔結界』があるので、そんなものは必要ないのですから」
それを聞いて安心したぞ。
ドラゴニス王国に冒険者やハンターがいたなら、俺は魔界を守る為に自国の制度に喧嘩を売らねばならなかった。魔物を侵入させない『竜魔結界』に感謝だな。
ということは、人魚を攫ったハンターは他国から大魔境に入っているのか。しかし何故、ハンター達はゾウエンベルク領に近い場所まで移動してきたのだろう。
そんな疑問を抱いていたら、ゴッブとボルゾイ殿が怒声を放った。
「くそ! ニンゲン共にも魔王様が居なくなったことが知れ渡ったのか!」
「奴等、魔王様が居ないからってここが穴場だと思ってやがる!」
(ふむ、そういうことか)
この土地を支配していた魔王リョウマは一強だった。
なので誰も手を出せなかったが、魔王が消えた今では他の魔王が支配する土地よりも圧倒的に安全、狙い目だ。
何故ならこの土地には魔王以外に強い魔物や魔族が居ないからだ。
その情報が出回っていたとしたら、魔物や魔族でだけはなくハンターも次々と押し寄せてくる。
これは思っていたよりも悪い状況だな……早く手を打たねばなるまい。
だが今はそれよりも――。
「おい、お主を襲ったハンター達は何人だった?」
「ろ、六人だ……」
「そうか。少しの間、物音を立てないでくれ」
「ご主人様、何をされるんですか?」
俺は指を口元につけ、小夜に静かにしていろと指示してから耳を地面につける。一人や二人だったら難しいが、大人数が移動しているなら居場所を特定できる自信がある。
目を瞑り集中、地面を踏む足音を探っていく。
「見つけた。ここから少し離れたところにいる」
「凄いなサイ殿! 何でわかるんだ!?」
「流石はご主人様です!」
「リズとボルゾイ殿達はここで待っていてくれ。小夜は俺についてこい、飛ばして追いつくぞ」
「は~い!」
「また待たされるんですか私。はぁ……サイ様、人間と会われるならこれを着けてください」
皆に指示していると、肩を落とすリズが懐から何かを取り出して渡してくる。
「何だこれは?」
「顔を隠す仮面です。もし人間に会うなら着けなさいと旦那様から渡されました」
「父上から?」
仮面をつけろという事は、俺の素性を明かすなという意味だ。
何故亜人や魔族にはよくて、人間は駄目なのだろうか。よくわからんが、父上が言うのなら着けるしかあるまい。
俺は紋様が描かれた白い仮面を被ると、皆に告げた。
「往ってくる」
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