第拾玖話 代役

 



「レベル72の魔族が、どれほど強いのか知りたいからだ」



 嫌な予感はしていた。

 亜人の子供がたった一人で、洞窟の中から出てきた時から。子供は何をするでもなく、雑木林の中をじっと見つめたまま立っていた。その様子が不気味だった。


 警戒したゴブリンキングは暫く様子を見ていたが、子供は動こうとせず沈黙している。時間の無駄だったと痺れを切らし、ゴブリンに殺させるよう命じた。


 だが、戻ってきたホブゴブリンの報告によるとゴブリンの姿が全て消えていたようだ。


 思い通りにいかないことに怒りを抱いたゴブリンキングは、配下のホブゴブリンに子供を殺せと命じる。

 その直後、ゴブリンキングは冷静になって考えた。


 ゴブリン達は何故突然いなくなった?

 自分を見限ったのか? そんなことはあり得ない。美味しい思いをさせてやったし、ゴブリンは自分をボスだと認めていたはずだ。


 嫌な予感がする。

 今まで過酷な環境を生き抜いてきた経験が、小さい音で警鐘を鳴らしている気がしている。が、その嫌な予感はホブゴブリンの報告によって払拭される。

 あの子供がとうとう動き出し、落とし穴に引っかかって死んだようだ。


 考え過ぎだったと、ゴブリンキングは“安心してしまった”。


 仲間を一人見張りにつけ、他のホブゴブリンと共にドワーフを蹂躙しに向かう。意気揚々と洞窟に入ろうとした時、落とし穴に引っかかって死んだはずの子供が眼前に立っていた。


 落とし穴に引っかかったのは子供ではなく、偽物だったらしい。

 そうしたのは、自分達をここまでおびき寄せる為だった。


 突然いなくなった多くのゴブリンや、隣にいたホブゴブリン達を一瞬で殺したのも子供の仕業だった。


 ゴブリンキングは今になってようやく気付いた。

 罠におびき寄せる側だった自分が、いつの間にか罠におびき寄せられていたことに。



「ふざけるナ」



 ただのゴブリンだった頃の彼ならば、今すぐこの場から逃げ出していただろう。


 だがゴブリンキングとして、たかが亜人の子供に出し抜かれ、あまつさえいつでも殺せるなど舐めた口を利かれたからには、尻尾を撒いて逃げるなど矜持が許さなかった。


 感情は怒りに支配され、虚仮にしてくれた目の前の子供をぐちゃぐちゃに叩き潰すことしか考えられない。



「フン!」



 ゴブリンキングは右手に持っている大きな金棒を全力で叩きつける。ズドンッと重音が鳴り響くと同時に地面が大きく割れた。


 だが、亜人の子供は死んでいなかった。ならと当たるまで金棒を振り続けるが、落ちる木の葉の如くひらりと躱されてしまう。



「ふむ、その図体にしては機敏だな。地面を砕くほどの剛力も持ち合わせているのか」


「ちょこまかト……死ネ!」


「だが、肉体の能力にかまけて戦闘は今一だな。棒をぶんぶん振るだけなら子供でも出来るぞ。さてはお前、自分はろくに戦ってこなかったな?」


「――ッ!?」



 本質を見抜かれたゴブリンキングが動揺する。

 その通りだ。これまで自分は美味しいところだけを奪ってきた。敵を消耗させるまで仲間が必死に戦う中、自分は安全なところに隠れていた。負けそうになれば、仲間を見捨てでも逃げてきた。


 全ては生き残る為に。


 だから命を懸けた死闘は一度もしていない

 それを情けない事だと思っていないし、自分にはその分知恵と統率力がある。

 だが、今日ここで会ったばかりの亜人の子供に見透かされたのは、大いに腹立たしい。



「うるさイ! 黙れえええええエ!」


「のろま」


「ギャアアアアアアアッ!?」



 金棒を持っている方の腕を斬り飛ばされた。

 攻撃が見えなかった。なんて強さだ。力を見誤った。駄目だ勝てない。



「イヤダァアアアアアアアアアア!! 死にたくなイ!」



 絶叫を上げるゴブリンキングは子供から逃げようとした。だが、足首を斬られて転んでしまう。

 首筋に刃が添えられ、無様に這い蹲るゴブリンキングは恐怖を抱きながら顔を見上げた。



「レベル72といえどこの程度か、がっかりだな」


(なんだ、この目は……)



 情けなくても死にたくないと、ゴブリンキングは命乞いをしようとした。


 けれど、見下ろしてくる子供の目を見て無駄だと察する。その目は冷たく無慈悲で、自分のことなど虫けら程度にしか思っていない。


 殺すことに何の意味も含めていない。

 怒りや愉悦もない。そこにあるのは無だった。



「その首、貰い受けるぞ」


「待っ――」



 ひゅんっと風を切る音が鳴り、ゴブリンキングの首が地面に転がる。

 まだ僅かに意識があるゴブリンキングは、亜人の子供を見ながら後悔していた。



(欲を掻いて魔王になろうと思うんじゃなかっタ……化物メ)



 ◇◆◇



「仲間の仇を取っておいたぞ」


「「うわぁああああああ!?」」



 洞窟に戻った俺は、ボルゾイ殿とゴップの目の前にゴブリンキングの首を放り投げる。生首を見た二人は、抱き合いながら悲鳴を上げた。まるで幽霊でも見たような反応だな。


 う~む、そんなに驚かれるとは思わなかったぞ。喜ぶと思ったのだが。



「サイ殿、ゴブリンキングを倒したのか?」


「うむ、見ての通りだ」


「信じられない……まさか本当にニンゲンの子供がゴブリンキングを倒してしまうなんて」


「お主の仲間も全員救っておいたぞ。洞窟の外に連れて来ているから、会いに行くといい」


「本当か!? ありがとう!」



 仲間のことを伝えると、ゴッブは慌てて仲間のもとへ向かった。全員救ったとは言ったが、元々どれだけ居たのかは知らない。

 ゴップがボルゾイ殿に話をつけに洞窟に入っている間に殺されているかもしれんからな。そこまでは俺が知るところではないが。



「ボルゾイ殿、刀なのだが存外悪くなかったぞ」


「そいつは良かった。でも、悪くないだけで良くはないんだろ?」


「う~む、そうだな」



 ボルゾイ殿の問いに対して曖昧な返事をする。

 久方ぶりに刀を使ってみたが、使い心地に関しては懐かしさもあって悪くなかった。しかし、切れ味もそこまで良いという訳ではなく、振ってみても違和感が結構ある。


 刀身の重心位置も一か所だけではなく数か所だったりな。これは恐らく、刀身に反りを加えようとした為に起きてしまったのだろう。


 普通の者が振っても気付かないだろうが、剣士ならばほんの僅かな違和感にも気付く。



「そいつはいかんな。鍛冶師として持ち手が納得できないもんは渡せねぇ。サイ殿が満足するまで作らせてもらえるか?」


「いいのか?」


「ああ、勿論だ。ドワーフの誇りにかけて満足のいく刀を作らせてもらうぜ」


「あの、親方!」



 ボルゾイ殿がやる気を漲らせていると、ダンキチが大声で出してくる。

 俺は近づいていることに気付いていたが、ボルゾイ殿は急に大声を出されて驚いてしまったようだ。



「ダンキチ、急に大声出すな。心臓に悪いだろ」


「すいません。でも親方、その刀作り、オレに任せてくれませんか!」


「お前に?」


「はい! オレも、サイ様に何か恩を返したいんです! いきなり来て迷惑な筈なのに、サイ様はオレ達の傷を治してくれて、あったかい飯を食わせてれて、住処も取り戻してくれた。今回だってそうだ。二度も助けてくれた命の恩人に、オレも何かしたいんですよ! お願いします、親方!」



 その場に両手と膝をつき、頭を下げながら頼み込むダンキチ。

 俺としてはボルゾイ殿から忍具を作ってくれただけで恩は返してもらっているのだが、それでは彼自身が納得しないのだろう。


 この通りです! と再度頼むでくるダンキチを見下ろしながら、ボルゾイ殿は俺に尋ねてくる。



「サイ殿、こいつは未熟者だがやる気と根性だけは一人前だ。こいつに刀を作らせてやってもいいだろうか。儂がしっかり指導する」


「俺は構わん。作ってくれるだけでありがたい」


「だとよ。良かったな、ダンキチ」


「はい! 親方、サイ様、ありがとうございます! オレ頑張ります!」


「その変わり、指導は厳しくさせてもらうからな。泣き言いうんじゃねぇぞ」


「はい!」



 という事で、俺の刀はボルゾイ殿の指導のもとダンキチが作ってくれることになった。俺が求める刀を作るのは大変だろうが、この師弟ならいつか辿り着けるだろうと期待してしまう。


 それからボルゾイ殿にはクナイや手裏剣などに忍具を定期的に作ってくれることになった。回収することも可能だが、クナイも手裏剣も消耗品だからな。使えばなくなってしまう。


 なのでボルゾイ殿が快く引き受けてくれたのだが、対価はいらないと拒否されてしまった。タダより恐いものはないと言うし、食料を授けることにした。聞くところによるとドワーフは酒が好きらしい。



「ご主人様ー!」


「うぐ」


「大丈夫ですか!? お怪我はないですか!?」


「大丈夫だから離してくれ。息ができん」



 高速で走ってきた小夜に抱き付かれ、顔が胸に埋もれてしまう。

 こいつは俺を殺す気だろうか。



「ご主人様に何かあったらと思うと小夜はもう心配で心配で……。見たところ傷もないようで良かったです。」


「うむ。小夜の方は何事もなかったか?」


「はい、全然ありませんでした。だけど小夜はご主人様と離れて凄~く寂しかったです~」


「頬をくっつけるな。おい、すりつくな」



 小夜は俺を抱っこすると、自分の頬を俺の額に当てすりすりしてくる。


 やめろと言っても全然やめない。こいつ本当に主人に対して反抗的というか好き放題だな。なんかもうどうでもよくなってきたぞ。



「ニンゲン、仲間を助けてくれてありがとう」


「礼などいい。ゴブリンキングを倒すついでだったからな」


「恩を返したいが、生憎オレ達は与えるものを持ってない」



 小夜に好き放題やられていたら、ゴッブが仲間を連れてお礼を伝えてきた。

 ドワーフを助ける為と、ゴブリンキングと戦う序でに助けただけだから、恩返しなどいらない。恩を着せるためにした訳ではないからな。



「与えるどころか、オレ達だってこれからどうすればいいのかわからない。今回のように、余所者が侵略してくるから生きていくことすら難しい」


「ああ、それは儂等も同じだ。サイ殿が居てくれたから助かったが、これからも益々状況が悪くなるだろうしな」



 途方に暮れるボルゾイ殿とゴッブ。

 大きな問題が残っていたか、すっかり忘れていたぞ。


 俺からしたら取るに足らない雑魚だったが、彼等からすればゴブリンキングでも強敵だ。その上、これからも強い魔物や魔族がこの地にやってくるのでは彼等に安寧はないだろう。


 そこで俺は、気になったことを二人に尋ねた。



「この地を治めていた魔王が消えたならば、そいつの副官や配下が新しい魔王になればよいのではないか?」



 前世でもそうだったが、将が倒れれば新しい将を据えるのが常識だ。戦いの最中であれば副将が繰り上がりで将に、編成となれば余所から優れた者を将に据えたりな。


 魔王が消えた、もしくは死んだのであれば、副官が繰り上がりで魔王になればよいと思ったのだが……。



「それが、魔王様には配下が一人も居ないんだ」


「何だと? では軍もなく、たった一人でこの地を治めていたのか?」


「治めるというよりは、放任主義だな。来るもの拒まずだしよ。その変わり、魔王様は争いを許さなかった。多少の縄張り争いとかなら目を瞑っていたが、殺戮とかは許さなかった。だからここには平和に暮らしたい亜人や魔族しかいないんだ」


「魔王様は強い。とんでもなく強い。だから一人でも平気だった。他の魔王も、魔王様には手を出せなかった」


「たった一人で敵を退けていたのか」



 驚愕だな。

 軍どころか一人でさえ配下も作らず、魔王としてこの土地を守っていたのか。いったいどれほどの強さなのか計り知れんな。



「そうだったのか……なら新しい魔王となる代役はいないのか」


「強いていうなら、魔王様が飼い慣らしていた怪物がいたんだが……怪物も姿を消してしまった。あいつが暴れずにここに居てくれていれば、余所者も侵略しようとは思わなかっただろう」


「その怪物とはジャガーノートのことか?」


「ああ」


「ならここに居るぞ」


「ハッ?」



 未だに俺を抱っこしている小夜を指しながら言うと、ゴッブは鳩が豆鉄砲を食ったような顔を浮かべて口を開いた。



「何を言っている。そいつはニンゲンの女だろ?」


「信じられんのも分かるぞゴッブ。儂だって最初は耳を疑った。今はこんな娘のなりをしているが、正真正銘ジャガーノートだ。実際に見た儂が保証する。しかもなんと、サイ殿の使い魔らしい」


「何だと? あの【破壊の権化】がこのニンゲンの女だと?」


「ちょっとあなた、さっきから怪物だとか【破壊の権化】とか好き放題言ってくれますね。小夜には小夜というご主人様がつけてくれた可愛い名前があるんです。次に言葉を口にしたらぶっ壊しますよ」


「わ、悪かった!」



 にっこりと可憐な笑顔を作りながら殺すと告げる小夜に、ゴッブは慌てて謝る。

 小夜から放たれた凄まじい殺気をその身に受ければ、信じるしかあるまい。

 その時、ふと思いついたことを小夜に聞いてみた。



「なら小夜が新しい魔王になればよいのではないか? 今の小夜は暴れることもないし、大抵の魔物よりも強いのだろう?」


「強いなんてもんじゃないぞサイ殿! ジャガ……サヨ殿は他の魔王にだって匹敵するほどの怪ぶ――強さを誇っているんだ」


「嫌です~。魔王なんて可愛くないことやらないです~。それに小夜はご主人様とずっと一緒に居るんです~」


「ならばニンゲン……いやサイ様が魔王になってくれないだろうか。【破壊の……サヨ様を従える程の強さがあれば、魔王に相応しい。それにサイ様はオレ達を助けてくれた。魔王様のように優しきお方だ」


「おお! それは言い考えだなゴッブ!」


「それなら小夜も賛成です。邪魔なエルフに五月蠅く言われずご主人様とずっと居られますね!」



 こいつら、何を勝手に盛り上がっているんだ……。

 人間の俺が魔物の王になどなる訳がないだろう。希望を持っているところに水を差すのは申し訳ないが、ここははっきり言っておかなければな。



「その話は無理だ。俺は俺で将来的に自分の領地を治めなければならん。こちらまで治めるのは手が足りん。やることも沢山あるしな」


「「そうか……」」


「弱者が支配されるのは世のことわりだ。それに抗うもよし、従うもよし、逃げるもよし。判断は自分で下すしかない」



 断ると物凄く落ち込むボルゾイ殿とゴッブを見て、俺は胸中でため息を吐きながら「だがまぁ……」と続けて、



「ボルゾイ殿にはこれからも忍具を作ってもらいたいと思っている。なので死なれては困るし、できる限り手を借そう」


「いいのか!? ありがとうサイ殿!」


「サイ様、恩にきる! オレ達ができることがあったら、何でもするぞ」


「ご主人様、小夜が言うのもおかしいですけど安請け合いしてもよかったのですか?」


「うむ、仕方あるまい」



 成り行きだが関わってしまったのだ、関係ないと放ってはおけまい。

 それに何だかこの者等を見ていると、つい手を借したくなってしまう。



(とはいえ、問題を先送りにしただけだ)



 ふむ、何か手を打たねばならんな。

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