第拾七話 ゴブリン

 



「ゲヒャ!」


「「ヒャッハー!」」


「ギギギ!」


「な、何だこりゃ……どうしてゴブリンが住処に入ってきてんだよ」



 ダンケからの報告を受け、俺達は慌てて室内から出て外の様子を確認する。すると、洞窟の入り口からなだれ込むようにゴブリンが押し寄せてきていた。

 その光景を見て驚愕しているボルゾイ殿に、ダンケが判断を仰ぐ。



「どうしますか、親方!?」


「年寄りと女子供を奥に下げろ! 儂達で片付けるぞ!」


「はい!」


「ボルゾイ殿、俺も加勢するぞ」


「サイ殿がいれば百人力だが、いいのか?」


「ああ、忍具を作ってくれた礼にな」



 それに、この忍具を実践で使いたいと丁度思っていたところだ。

 だが行く前に、俺は背後で欠伸をしている小夜に頼み事をする。



「小夜、お前は後ろで女子供を守ってやってくれ。前方が囮で背後からの強襲が本命なのはよくある戦法だからな」


「え~、小夜はご主人様が忍具というものを使う雄姿ゆうしをこの目で見たいのですけど~」


「そう言うな、お前が居れば安心して前を片付けられるんだ」


「はぁ、分かりました。ドワーフの連中は小夜が守ります。ただ、今日の身体洗いはエルフじゃなくて小夜がさせてもらいますからね!」


「いいだろう」



 頷くと、小夜は「やった~」と飛び跳ねながらドワーフ達を守りに行った。


 薄々疑問に思っていたことだが、使い魔とは主の命令に従順じゃないのか?

 あいつ普通に俺の命令を断ってきたぞ。最終的には了承してくれたが、いらぬ条件を付けてくるなど小賢しい真似もするし。


 使い魔の主従関係は絶対だからと安心していたが、考えを改めねばならんな。今はそれよりも、ゴブリンを片付ける方が先決か。



「ふん!」


「おらぁ!」


「「ギャアー!?」」



 ボルゾイ殿が剛腕を振るいゴブリンを殴り飛ばす。レベルが57だけあって、ゴブリン如きには遅れは取らないか。ダンケも鉄槌てっついで殴り飛ばしているし、他のドワーフ達も奮戦している。

 俺の出番はなさそうだが、忍具も使ってみたいし参戦するか。



「そこ」


「「ギャア!?」」



 懐から手裏剣とクナイを取り出し、目に付くゴブリンに投擲する。

 クナイは真っすぐ、手裏剣は曲げさせて。狙いは眉間、必中必殺だ。ひゅんっと風切る音が鳴り響いた時にはゴブリンが次々と倒れていく。


 うむ、やはりクナイや手裏剣は使い勝手が良い。当時はただの武器としか思わなかったが、生まれ変わって初めてありがたみを感じる。



「ゴブリンを一瞬で一掃しちまった……信じていなかった訳じゃないが、実際にその目で見るとサイ殿はとんでもなく強いな。ジャガーノートを倒しただけはある」


「凄いです、サイさん!」


「俺よりもボルゾイ殿が作ってくれた忍具が優れているだけだ」



 ゴブリンを全滅させると、ボルゾイ殿とダンケが褒め倒してくる。


 一々よいしょされるのも気疲れするので、忍具のお蔭だと適当に返しておいた。いや、実際その通りなのだがな。


 一先ず危機は去ったかと思っていたら、入口の方からゴブリンがふらついた足取りで入ってくる。だがそのゴブリンは今までのよりも大きく、人間の大人と同じ背丈だった。


 構わん殺すか、と懐からクナイを取り出そうとした時、ボルゾイ殿が慌てて制してきた。



「待ってくれサイ殿!」


「どうした?」


「あのゴブリンは儂の顔見知りなんだ。話してくる」


「俺も行こう」



 なんと、あのゴブリンとボルゾイ殿は知り合いだったらしい。何かの罠かもしれんので、俺も一緒について行くことにした。


 警戒していると、ふらついていたゴブリンが足をもつれて倒れてしまった。すると、ボルゾイ殿が慌ててゴブリンに駆け寄り声をかける。



「ゴッブ!」


「ボル……ゾイ……」


(こいつはゴブリンなのか? 鑑定眼)


『ステータス

 名前・ゴッブ

 種族・魔族(ホブゴブリン)(群れのボス)

 レベル・35』


『ホブゴブリンとは、ゴブリンが進化した種族である』

『進化とは、レベルが一定まで上がると進化条件が整い、強い個体へ変異する』

『魔族とは、魔力に支配された凶暴な魔物において、高い知能を有する魔物』



 鑑定眼でゴブリンのステータスを調べ、見知らぬ言葉も深掘りして調べる。

 このゴブリンの名はゴッブというそうだ。昨日の話にも出てきたが、魔族は知能が高い魔物のことを呼んでいる。


 一番驚いたのは進化というものだった。

 ホブゴブリンはゴブリンが進化した姿みたいだが、レベルが上がると全く別の強い生物になるらしい。


 魔物や魔族にはそんな凄い能力が備わっているのか。ということは、弱者でもレベルを上げて進化すれば強者に対して下剋上が可能になる。


 進化か……異国の魔物には驚かされてばかりだな。

 いや、思い返してみれば日本の妖怪も似ているところはあるか。蟲毒のような方法で凶悪な妖怪が誕生することもあったりするしな。



「逃げろ……ボルゾイ」


「ゴッブ、しっかりしろ! 何があった!?」


「大分憔悴しているな」



 ホブゴブリンは身体中傷だらけで、酷く消耗していた。

 これではろくに口を聞けんだろう。危険ではないと言い切れないので、喋られるだけの“気”を与え回復してやった。



「ニンゲン……何をした」


「喋られるように回復してやった。何があったか話せ」


「ボルゾイ、今すぐ仲間を連れて逃げるんだ。奴が……ゴブリンキングがここを襲う前に!」


「ゴブリンキングだと!? 何でそんな奴が……まさか余所物よそもんか!?」


「ああ、そうだ」


「ちっ、やっぱりか! いずれはそうなるかと危惧していたが、やはり現実になってしまったか」


「話が見えん。ボルゾイ殿、説明してくれ」



 二人だけが通じ合っていて俺にはちんぷんかんぷんだった。


 ボルゾイ殿から聞いた話では、魔王リョウマが消えたことで支配していた領土は誰の者でもなくなってしまった。

 この機に、新しい魔王に成り代わろうとする魔族や魔物が現れる恐れがあった。


 リョウマが支配していた領土にいた魔物や魔族の大半は温厚で平和に暮らしていたが、野心がある者も僅かだがいたらしい。


 恐れていたことは現実になり、しかも新しい魔王の座を狙っているのは元々この領地にいた者だけではなく、他の者も各地から続々と参戦する為に移動してきているそうだ。



「クソ……魔王様が居なくなった途端にこれか! 余所者が好き放題しやがって!」



 う~む……魔物や魔族はそこまでして魔王になりたいのだろうか。

 まぁ人間だって、少しでも上に立つ為に戦場で武勲を上げようとしていたから同じようなものかしれん。俺には上を目指そうとする奴等の気持ちが一切分からんがな。



「ゴブリンキングは突然やってきて、オレの群れを襲った。オレは奴に負け、仲間の半分は殺された。奴はオレ達が使っている武器を作っている者の居場所を教えろと言ってきたが、オレは口を割らなかった。

 だが奴は仲間を人質に取ってオレを脅してきた。仲間を殺されたくなければ居場所を吐けと……」


「ふむ、そいつは中々賢いな」


「サイ殿、敵を褒めてる場合か」


「スマン、ボルゾイ。オレは仲間の為にオマエを売った」


「ボスとして仲間を守ろうとした行動だ、仕方がないだろう。だけど、何故お前はここにいる? 居場所を教えたのに解放されなかったのか?」


「まぁしないだろうな」


「ニンゲンの言う通りだ。居場所を教えたのに解放されず、話が違うと言ったら知らんと言われた。そして今度は、先遣隊が殺されたから洞窟に入ってドワーフ達をおびき寄せろと脅してきたんだ」



 そいつは相当な策士だな。

 知能が高い魔族なのも頷ける。卑劣ではあるが勝率を上げるやり方だ。俺よりも軍略に長けているかもしれん。



「なんて奴だ! だがゴッブ、それを儂に話して良かったのか?」


「アア、オレは仲間を助ける為に友を売った。だがもう、今となってはオレも仲間も助かる道はないと気付いた。ボルゾイにはそうならないで欲しい。だから、今すぐ仲間を連れて逃げてくれ!」


「ゴッブ……」


「ふむ、天晴な武士道だな。一度は仲間の為に友を裏切ろうとも、最後は踏み止まったか。ボルゾイ殿と彼とは親しい関係のようだが、どういった間柄なのだ?」


「ゴッブとは昔からの共存関係だ。儂等が武器を与える代わりに、ゴッブ達は狩った獣を分けてくれたりしていた」



 ふむ、他種族と助け合っていると言っていたな。

 その中に含まれていたのがゴッブや仲間のゴブリン達だったのだろう。

 仕方あるまい、ボルゾイ殿の友ということもあり、彼の武士道に免じて今回は手を差し伸べてやろう。



「話は分かった。ならばそのゴブリンキングとやらは俺が始末しよう。彼の仲間も助けてやる」


「サイ殿、いいのか? そこまでやってもらう義理はない筈だが」


「乗り掛かった舟だ。それに、このまま放っておいても奴等はここを襲ってくるのだろう? ならば今殺っておくに越したことはない」


「感謝する、サイ殿」


「おいニンゲン、馬鹿な考えはよせ。ニンゲンがゴブリンキングに勝てる訳がない」



 俺を心配しているのか、ゴッブが慌てて止めてくる。

 それほど強い魔物なのか。逆にどんな魔物か見てみたくなったぞ。それに――、



「そこまで言うなら、この刀の錆になる最初の敵に相応しいだろう」

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