第拾陸話 忍具

 



 次の日。

 俺は朝早くから小夜を連れてドワーフ達の所へ向かうことにした。


 屋敷の仕事もあるし、母上を二日連続で一人にさせておく訳にはいかないのでリズはお留守番である。

 悔しそうにしているリズに小夜が煽ってひと悶着あったがな。


 母上は「あら、小夜ちゃんも行っちゃうの?」とメイド見習いの小夜が俺と同行することに疑問を抱いていたが、俺がゾウエンベルク領を案内すると言ったら「あらそう、行ってらっしゃい」と笑顔で送り出してくれた。


 早馬に乗って向かおうとしたのだが、小夜が突然ジャガーノートの姿に変身してこう言ってくる。



『ご主人様、小夜に乗ってください。空を飛ぶ方が早いです』


「うむ」



 そういえば小夜は蝙蝠の翼が生えていて飛べるのだったな。

 いや待て、翼は俺が切り落とした筈だが何故生えているのだ? と聞いたら、あれくらいすぐに生やせるそうだ。破壊するだけではなく再生も可能なのか、この怪物は。


 その場で跳躍し、蜘蛛の背中に乗る。いいぞと言ったら、小夜は翼を羽ばたかせ大空へと舞い上がった。



『どうです、ご主人様』


「ふむ、良い気分だな」



 空を飛ぶということは、前世で経験がある。

 まぁ飛ぶというよりかは、落ちるといった表現の方が正しいな。高所から布を広げて落ち、風に乗りながら目的地に向かう忍びの技だ。


 いつか鳥のように、この空を自由に飛んでみたいとは思っていた。

 自分が飛んでいる訳ではないが、小夜の背中に乗って空を舞うのはとても気分が良かった。



『なら、もうちょっと飛ばしますよ! しっかり捕まっていてください!』


「このままでいい、おい調子に乗るな」



 びゅんと速度を上げる小夜。

 少しばかり酔ってしまったが、お蔭で瞬く間にドワーフがいる場所に到着した。



「アルフレッド」


「おお若様、おはようございます」


「うむ、ドワーフ達の様子はどうだ?」


「ええ、朝から皆で食事を済ましているところです」


「そうか」



 昨日からドワーフの監視をしてくれているアルフレッドに声をかける。

 問題はなかったかと尋ねると、飯を食べて大人しくしていたようだ。まぁ問題が起きたとしても、アルフレッドにかかればすぐに解決するだろうがな。



「ところで、そこの可憐なお嬢様はどなたでしょうか? 何やら只者ではないようですが」


「説明するが、二度手間になってしまう。ドワーフ達を集めてくれ、話がしたい」


「承知いたしました」



 やはりアルフレッドは誤魔化せんな。

 小夜が普通の人間ではないことを瞬時に察知していた。俺と一緒に居るから危険はないと判断して手は出さなかったみたいだが。


 待っていると、飯を食べ終えたドワーフ達が集まり、俺に気付いたボルゾイ殿が大声で話しかけてくる。



「おーサイ殿!」


「その堅苦しい呼び方は何だ、昨日と違うぞ」


「いやなに、傷を治してくれて居場所も飯も寝床を与えてくれた恩人を呼び捨てにはできんってだけだ。それにサイ殿は子供でも目上の者らしいからな。あとアルフレッド殿が恐いんだ……」



 ふぅむ、ぼそっと小声で言った最後が本音だろうな。

 恐らくアルフレッドが注意したのだろう。どう注意したのかは知らんが。



「不便はなかったか?」


「全くだ! 地中ではないから落ち着かんが、今の魔界と比べたら快適そのものだった。本当に感謝しているぞ!」


「そうか。だがもうここは用済みだ。問題を解決したからな」


「はっ? サイ殿、それはどういう事だ?」


「魔界にジャガーノートはもう居ない。脅威は排除した、今すぐにでも自分達の住処に戻れるぞ」


「「えええええええええ!?」」



 事情を話すと、ボルゾイ殿やダンキチ、他のドワーフ達が驚いた声を上げる。

 皆を代表して、ボルゾイ殿が疑わしそうに聞いてくる。



「排除したってのはどういうことだ? ジャガーノートがよそへ去ったのか?」


「そうではない、俺が倒した」


「なんだって!? 助けてくれた恩人を疑いたくはないが、そんな話は到底信じられん。サイ殿は魔法を使えるようが、ジャガーノートは魔王様に匹敵する正真正銘の怪物だ。奴の恐ろしさは儂等が身をもって知っている。すまんが、サイ殿の力では天地がひっくり返っても倒せる相手ではない」



 ふむ、確かにこんな小童が怪物を倒したと言っても信じることは難しいか。


 俺がドワーフの立場だったとしても、証拠が出なければ絶対に信じないだろうしな。ならば証拠を見せるしかあるまい。



「小夜、元の姿に戻ってくれ」


「よろしいんですか?」


「構わん、やってくれ」


「承知いたしました。では――」


「「ひぃぃいいいいいいいいいいいい!?!?」」



 小夜に頼むと、ジャガーノートの姿に変身する。

 突如現れた禍々しく怖ろしい姿をした怪物を目にし、ドワーフ達が慄き悲鳴を上げた。


 逃げるでもなく、腰が抜けたように尻もちをついて絶望した顔を浮かべている。

 死の瀬戸際を感じている彼等に、俺は淡々と事情は話した。



「ボルゾイ殿、こいつがジャガーノートだと信じてくれるか?」


「あ、ああ! この悍ましい姿、背筋が凍るような威圧感! 間違いない、ジャガーノートだ」


「ふむ、信じてくれたようだな。実は昨夜、俺はこのジャガーノートと交戦して倒した。しかし止めを刺そうとしたら俺の使い魔になりたいと泣きついてこられてな。仕方なく契約して使い魔にしたのだ」


『はい! 今の小夜はご主人様の従順な使い魔なのです!』


「あのジャガーノートに勝ったどころか、契約して使い魔にしただと!? 話のスケールがでか過ぎてついていけんぞ……」



 証拠を突き付けられて頭を悩ませるボルゾイ殿。他のドワーフ達も同じ反応だった。余計に混乱させてしまっただろうか。だが正直に言わぬ限りは住処に戻ってくれんだろうからな。


 ジャガーノートの姿から人間の姿に戻ってもらい、未だに放心状態のボルゾイ殿に話しかける。



「とにかく、これでドワーフが抱えていた問題は解消された。ジャガーノートは俺の使い魔になって隣にいるし、暴れたりもせん。だから安心して住処に戻れるぞ」


「そ、そうだな……目の前で見せられたら流石に信じるしかない。サイ殿、儂等を助けてくれてありがとう! この恩は絶対に忘れんぞ!」


「気にするなと言っただろう」


「そんな訳にはいかん! 身体を癒し、飯もくれて、怪物から住処を取り戻してくれたのだからな。何か儂等にできることはないだろうか? 何でもいい、このまま恩を返さないのはドワーフとして先祖に顔向けできん」


「ふむ……」



 本当に恩など返さなくてよいのだがな。

 だが、彼等からしたら何か恩返ししないと嫌なのだろう。その気持ちは分からなくもない。


 ドワーフにしてもらいたいことか。何かあるだろうかと考えを巡らしていた時、ふと鑑定眼でダンキチのステータスを調べた時のことを思い出した。



「そういえばドワーフは鍛冶が得意だと聞いたのだが……」


「勿論だ。どいつも腕が立つし、儂も腕に覚えがある」


「なら作ってもらいたい物があるのだが、頼めるだろうか」


「任せてくれ! 何だって作ってやろう!」



 非常に頼もしい回答だ。

 俺がドワーフに作ってもらいたいのは忍具だった。昨夜、大魔境に入って魔物と戦っている時に、手裏剣や刀など忍具が欲しいと思っていたからな。忍具があるだけで戦いの幅が大きく広がる。


 早速作ってやろうと張り切るボルゾイ殿達。

 だが作るには専用のかまどが無い為、彼等の住処に帰らなくてはならない。

 作ってもらった武器を後日受け取りに行くのに場所を知っておかなければならない為、俺と小夜もドワーフ達に同行することになった。



「若様、私は屋敷に戻ります。少々心配ではございますが、サヨ様が居れば安心でしょう」


「うむ、色々と助かった」


「それと、既にリズさんからお説教されていらっしゃると思うのでわたくしからしつこく申し上げることはしませんが、余り無茶はなさならないでください。若様はゾウエンベルク家の次期当主なのですから、その自覚を持っていただけると助かります」


「うむ、リズにもこっぴどく叱られた。反省している」


「ならもう言う必要はありませんね。では、私は戻ります」



 そう言って、アルフレッドは踵を返し屋敷へ戻って行った。

 彼は俺が強いことを十分知っているが、ジャガーノートと戦ったことには怒りを感じているようだった。


 ゾウエンベルク家に関わることならば無茶をしても仕方ないが、全く関係のない大魔境の話だからな。


 アルフレッドやリズとしては、ジャガーノートが立ち去るまでの間だけドワーフ達を受け入れるのは許したが、俺一人で大魔境に入りジャガーノートと戦うのは話が違うと怒るのは当然の話だった。


 アルフレッドの言う通り、俺も次期当主であることを自覚して行動せねばならんな。



「ほう、ここがドワーフの住処か。地中だからもっと暗いと思っていたが、十分明るいし広いな」


「そうだろう。日の光は入らんが、そこら中に輝石ひかりいしがあって常に明るいのだ。住めるように広さも拡大しているぞ」



 俺と小夜はドワーフ達と大魔境に入り、彼等の住処を訪れた。

 目立たない場所にある洞窟に入ってみれば、中は広くあちこちに家のようなものが建っている。ただ、崩落したのかどこもかしこも土砂まみれで酷く荒れていた。

 そういえば小夜に住処を襲われたと言っていたな。



「気になるのだが、何故ドワーフは地中で暮らしているのだ?」


「古の時代にいたドワーフ達も元々は地上で暮らしていた。だが、強力な魔物から生きのびる為に地中で生きる道を選んだのだ。そこにいるジャガーノートのような怪物から襲われないようにな」


「何の話でしょうか、小夜は全く覚えていません」



 ボルゾイ殿から憎々し気に言われる小夜は、自分には関係ないとしらばっくれる。

 成程な、ドワーフは天敵から生き延びる為に生活圏を変えたのか。



「だが面白いことに、ドワーフは洞窟のような静かな場所が性に合っていたらしくてな。地上にいるよりも、地中で土を掘って物を作ってる方が全然楽しい」


「怪我の功名……とはまた違うだろうが、逃げて得たものもあるということか。だがこんな地中で生きていけるのか? 普段何を食べているんだ」


「地中にはモグラが沢山居て肉には困っていない、美味くはないがな。畑があるから野菜だって食べられるぞ。それに、時々地上には出ては亜人や魔族と物々交換している。もりをやる変わりに、魚人から魚を分けてもらったりな」


「ふむ、大魔境でも他種族で助けあっているのか(魚人ってなんだ……)」


「そういうことだ。まぁ、優しいリョウマ様が支配している大地だから平穏に暮らせていられる。他の魔王が統治している所だと強制労働とか弱肉強食の世界で平穏な暮らしなど一切ない」



 昨日の話でもそう言っていたな。

 魔王リョウマのお蔭で平穏に暮らせていたと。ただ、その魔王はもう居ないようだが、今後この土地は誰が支配してどうなっていくのだろうか。

 そんな疑問が浮かんでいると、ボルゾイ殿が尋ねてくる。



「そういえば、サイ殿は儂等に何を作って欲しいんだ?」


「ああ、忍具といってな。クナイや手裏剣に刀、それと鎖帷子というものを……」



 その辺に転がっている尖った石を拾い、地面に絵を描きながら使う用途を交えて説明していく。

 するとボルゾイ殿は「ほ~ほ~」と関心しながら、俺に問いかけてきた。



「こんな形の飛び道具は聞いたこともないな。それに刀というのは何だ? 剣とは違うのか?」


「うむ。剣は太く両刃で、力任せに叩き切ったり突き刺したりしている。だが刀は細く片刃で、刀身がやや沿っているのだ。切れ味も凄まじく、“叩いて引く”ような斬り方だ」


「ほう、確かに剣とは見た目も使い方も違うな」


「作るのは難しいだろうが、頼めるだろうか?」


「任せておけ! ドワーフの名に懸けて必ずサイ殿の求める物を作ってやるぞ!」



 そう息巻くボルゾイは「ただ……」と申し訳なさそうに付け加え、無残となっている住処を横目に謝ってくる。



「見て分かるがこの通り、ジャガーノートが地上で暴れ回った所為であちこちめちゃくちゃだ。まずは住処を元通りにしないといかん」


「ジャガーノートはどうやって地中にいるお主等を襲ったのだ? 見える訳でもないだろうに」


「なにやら地上が騒がしいと思って様子を見に行ってみたら、恐ろしい化物が暴れ回っていたんだ。すぐに地中に隠れたが、ジャガーノートに見つかってしまったのか地上から攻撃されてしまってな。崩落して生き埋めになる前に、儂等は慌てて隠し通路から地上へ逃げたんだ。ただ、サイ殿の領地に着く間に他の魔物から襲われてしまったがな」


「だから怪我をしていたのか」



 ジャガーノートに住処を襲われたが、攻撃される前に逃げのびていた。最初に会った時に皆が怪我をしていたのは、他の魔物から襲われたものだったのか。

 てっきりジャガーノートによって負った怪我だと思っていたが勘違いだったらしい。


 実際に戦った後だから分かるが、あの怪物に襲われて怪我程度で済む訳がないな。



「なら俺が住処を直してやろう」


「いや、気持ちは嬉しいが自分達の住処ぐらい自分達で直す。それに他人の魔法でいじくりりまわされるのも気持ち悪いしな。だからサイ殿には悪いが、五日後にまた来てくれるだろうか。その時までに頼まれたものを作っておこう」


「わかった。では五日後に来るとしよう」



 これから住処を直すのに大変だろうと、俺と小夜は屋敷に戻ることにした。

 メイド見習いとしてリズにいびられながら指導を受ける小夜を気にしつつ、勉強や鍛錬など普段の生活を過ごす。



 そしてボルゾイ殿と約束した五日後。

 俺は小夜を連れて再びドワーフの住処を訪れていた。前回来た時よりも片付いていて、全体的に小綺麗になっている。



「あの状態からよく五日で立て直したものだな」


「ドワーフは怪力だからな、それほど苦労はない。おっと、サイ殿から頼まれていた物もちゃんと作っておいたぞ。見てみてくれ」


「おおっ!」



 机に並べられた数々の忍具を目にして、柄にもなく喜々の声を上げてしまう。早速手裏剣やクナイを手に取って感触を確かめ、試しに投げてみる。

 ひゅんっと音を立て、真っ直ぐ飛びながら壁に突き刺さった。


 うむ、これだ!

 なんて懐かしい感触だろうか! まさか異国で忍具が手に入るとは思わなかったぞ!



「凄いですご主人様! かっこいい、素敵!」


「調子はどうだ?」


「最高の出来だ。ありがとう、ボルゾイ殿」


「喜んでくれて何よりだ。なんというかアレだな、サイ殿も子供らしい顔を見せるんだな。驚いたというか、少し安心したぞ」


「ああ、俺は普段感情が表に出ないそうだ。無愛想ですまない」


「謝ることなんてない。逆に心の底から喜んでくれているってことが分かってこっちが嬉しくなっちまうのさ。そうだ、鎖帷子ってのも作ってあるから、後で着て感想を教えてくれ。それとメインディッシュが、この刀だな」



 そう言って、ボルゾイが鞘を渡してくる。

 鞘から抜いた刀を目にした俺は、嬉しくもあり残念でもあった。刀には刀文がなく、無垢な鉄の塊だった。


 確かに形は俺が説明したものとなっているが、これを刀と呼ぶべきかは怪しいところだ。試し斬りをしてみるも、切れ味は良いが思っていたものとは程遠い。



「ダメか?」


「駄目……ではないが、これではないな」


「そうか……想像で作ってみたが難しいものだな。満足がいく物を作れずすまない」


「いや、これで十分だ。」



 刀もどきを鞘に仕舞いながら、申し訳なさそうに謝ってくるボルゾイ殿に気にするなと告げる。戦場に行けば何本でも拾えていた鈍刀でも、この刀もどきより数倍優れている。それほど、日本の刀鍛冶の技術が優れているのだろう。


 刀鍛冶は門外不出だから、俺は作り方を知らん。こればっかりは仕方ないだろう。

 だが、他の忍具については上出来だ。あるだけで非常に助かる。



「親方、親方ぁぁあああああ!」


「なにを慌てている。今サイ殿が来てるんだぞ、後にしろ」



 改めてボルゾイ殿に感謝していたら、突然ダンキチが走ってくる。

 その様子からただ事ではなさそうだが、何かあったのだろうか。



「た、大変です! ゴブリンの群れが押し寄せてきました!」


「なんだと!?」

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