第拾伍話 後先のことを考えて

 



 俺は後先のことを考えたりしない。

 与えられた任務を遂行する。目の前の敵を殺す。立ちはだかる問題を一つずつ排除する。


 先の事を考えていては判断が鈍ってしまうし、今やるべき事に集中できない。

 学がない俺にとって、物事を単純明快にすることが生きる上で重要なことだった。


 だが今回に限っては、後先のことをもう少し考えておけばよかったと後悔している。



「サイ様、これはいったいどういう事ですか?」


「ぬぅ……」



 ジャガーノートと契約し小夜を使い魔にした後、小夜をここに居させて俺一人で屋敷に戻ろうとしたのだが、小夜が離れたくないと言って聞かなかった。


 連れて帰るにしても、魔物のような存在の小夜が『竜魔結界』の中に入れるのか怪しいが、俺の使い魔になったことで問題はないらしい。

 意外といい加減なのだな。『竜魔結界』はそれで大丈夫なのか?


 ぐずるので仕方なく小夜を連れて屋敷に戻ってきたものはいいものの――小夜も『竜魔結界』に入れた――、小夜をどう扱うか全く考えていなかった。


 突然見知らぬ女を連れてきても母上やリズも困ってしまうだろう。


 わざわざ起こすのも申し訳ないから、一先ず今日は寝て明日の朝に考えればいいと思っていたのだが、玄関の前で仁王立ちしているリズに捕まってしまったのだ。


 うぬぅ……相当怒っているな。

 恐らく説教を喰らうだろうが、甘んじて受け入れるしかあるまい。



「大きな魔力反応を感知して飛び起きてみれば、屋敷の中にサイ様の姿が見当たらないし、とても心配したのですよ」


「すまない」


「こんな夜中にどこで何をしていたのか、説明してくださいませ。それとそこにいる変な格好をした女はどこの誰なのですか?」


「たかがエルフ如きが“小夜の”ご主人様になんて口を利いているんです? いいからそこを退きなさい、小夜は今からご主人様と同衾するんですから」


「あ”?」



 あ……不味い。

 小夜が後ろから俺を抱擁すると、リズの眉間に青筋が立ってしまう。



「おい小娘、誰の許可を得てサイ様に触れている。今すぐその薄汚い手を離さないと痛い目に合いますよ」


「やれるものならやってみればいい。エルフ如き一捻りにしてあげましょう」


「ほう、良い度胸ですね。ならば望み通り送ってあげましょう、地獄にね」


「ま、待ってくれ! 二人共落ち着け! 小夜、お前は少し黙っていてくれ。リズ、説明するから聞いて欲しい」



 一触即発の空気を感じたので慌てて止める。

 今のリズと小夜が戦ったら“しゃれ”にならん。ここら一帯が消し飛ぶぞ。母上まで巻き込んでしまう。


 俺は小夜に口を閉じさせ、小夜のことを一から説明した。嘘偽りではなく真実だけをな。するとリズは驚愕の表情を浮かべ、大声で尋ねてくる。



「この小娘があのジャガーノートですって!? しかも戦った後に契約して使い魔にしたんですか!?」


「うむ」


「いったい何考えているんですか……」


「成り行きだったのだ……」


「はぁ……小娘のことは一先ず置いといて、何故そんな危険な真似をしたのですか。大魔境は危険なところだとあれ程言いましたよね。それとジャガーノートは恐ろしい怪物だと昼間に話した筈です」


「うむ……ドワーフの問題を解決するにはジャガーノートを始末することが手っ取り早いと思ってな。リズに話したら止められると思って一人で抜け出した」


「当たり前です! そんな馬鹿な真似はさせられません!」



 そう怒鳴るリズは、俺の目線に合わせるように腰を落として、諭すように言ってくる。



「いいですか、サイ様は確かにお強くなられましたが、だからといって無茶はダメです。もしサイ様が死なれてしまったら、旦那様や奥様がどれほど悲しみ胸を痛めるか……。お二人にとってサイ様は大事な宝なのです。お二人のことを想っているのなら、どうか無茶だけはやめてください。せめて私に相談してください、この通りですから」


「すまかなった、反省している」



 泣きそうな顔で俺を抱き締めるリズに、素直に謝る。

 リズがこれほどの感情を出すとは思いもしなかった。今回の行いは軽率だったな。死ぬ筈がないと、己の中で慢心があったかもしれない。


 ジャガーノートとの戦いでも、引き際があったのにも関わらず戦闘を続行した。強敵と相見えて冷静さを欠いてしまったのだ。

 それどころか明らかに調子に乗っていた。下手を打てば死んでいたかもしれないのに。


 俺が死ねば父上や母上を悲しませてしまう。

 その事を念頭に置いていなかった。今回のことを教訓にし、今後はもう少し後先のことを考えて行動するように気を付けよう。



「分かってくださればいいのです。それにしても、よくジャガーノートに勝ちましたね。この世界でも上位に位置する怪物ですのに」


「そうなのか? 強敵だったが、負ける気はしなかったぞ」


「流石はサイ様です。ところでジャガーノートを使い魔にしたのはいいですが、どうするおつもりですか?」


「おいエルフ、その名で呼ぶな。ご主人様に与えられた可愛いらしい小夜という名で呼びなさい」


「貴女はちょっと黙ってなさい」


「うむぅ……小夜は俺から離れようとせんし、屋敷に置いておくしかないだろう。となれば、従者として扱う他ないと思うのだが、リズはどう思う?」


「それしかないでしょうね。ですが、こんな信用のならない怪物を従者にしてサイ様と付きっきりにはさせられません。とりあえずメイド見習いとして働かせ監視しましょう」


「おいエルフ、小夜がご主人様を害すると思っているのか? 契約した使い魔の主従関係は絶対なのですよ」



 ほう、契約とはそこまで強力なものなのか。

 なら安心ではないかと言えば、リズは怪訝そうに小夜を見ながら懸念を口にする。



「そうですけど、ジャガーノート級の怪物をどこまで契約で縛れるか分かりませんからね。念には念をです」


「何度も言わせるな、小夜はご主人様を裏切ったりしません」


「ならそれを行動で示しなさい。別にいいんですよ、今すぐあなたを葬ってあげれば済む話ですから。大体、私はジャガーノートを使い魔にするなんて反対なんです。サイ様が問題ないと言っているから仕方なく認めているだけで」


「何だと?」


「小夜、一先ずリズの言う通りにしてくれ」


「くっ……ご主人様がそうおっしゃるなら」


「ふふ、精々こき使ってあげますよ」



 うむぅ……この二人は相性が良くないな。まぁリズに任しておけば大丈夫だろう。


 話が纏まったところで、屋敷に入ろうと提案する。正直疲れた。命のやり取りをしたのも前世以来だったし、忍術も使い過ぎた。思った以上に身体が疲弊している。


 さっさと寝ようとしたのだが、リズに抱っこされてしまった。



「寝る前にお風呂に入りましょう。こんな土埃がついた身体でベッドには入れませんから、洗い流して清潔にしましょうね。それに、疲れた体にはお風呂が一番です」


「風呂などいいから寝させてくれ」


「サイ様は寝ていて構いませんよ。全て私がお世話しますから」



 寝られる訳ないだろう。

 寝ている間に何をされるか分かったもんじゃない。強引に振り解くことも考えたが、リズには心配させてしまったこともあって強く出られなかった。


 糞……やはり先のことを考えておけばよかった。



「ちょっと、ご主人様をどこに連れていくのですか!」


「貴女はここで待っていてください。すぐに済みますから」


「嫌です! 小夜はご主人様と一緒に居ます!」




 三人で風呂場に入り、俺が着ている黒い外套や衣服をリズが手際よく脱がしていく。そして自分の服も脱いでいく。

 そんな俺達を眺めていた小夜も服を脱ぎだしてしまった。



「おい、何してる」


「ご主人様がお風呂に入るなら小夜も入ります」


「わかった。わかったからせめて布で前を隠してくれ。目に毒だ」


「他の雄には絶対見せませんが、ご主人様なら問題ありません。ちょっと恥ずかしいですけど……」



 ああ……どこかのエルフと違って小夜には恥じらいがあるのだな。

 そういえば、小夜は自分を女の子と言っていたな。怪物の方が恥じらいがあるのはどういうことだ。


 それにしても、小夜の裸体は美しいな。

 前世の記憶にあった娘を模倣しているそうなのだが、こんな綺麗な身体だったのだろうか? 乳房も凄く大きいが、本当にこんな大きかったか?


 もっと控え目であった気がするのだが……着痩せしていたのだろうか。まさか盛ってはいないだろうな。



「ちょっとサイ様、何でこんな娘の身体に照れているんですか! 私の方がいいですよね!?」


「お前の身体はもう見慣れた」


「そ、そんな……」


「あら~、ご主人様はばばぁの身体よりぴっちぴちの娘の方が良いみたいですね! さぁご主人様、小夜がお背中を流しますよ」


「もう好きにしてくれ」



 俺の言葉がよっぽど響いたのか、心ここに在らずといったリズは一人で大人しく湯舟に浸かっている。


 その間、俺は小夜に身体を洗って貰っていた。怪物として生きてきたのに、風呂の存在や洗い方など何故知っているのか気になって聞いてみると、全て俺の記憶から知識を得ているのだそうだ。


 使い魔とは器用だなと関心していると、そんな離れ業を成せるのは上位の魔物だけらしい。



「さぁご主人様、一緒に入りましょうね~」


「ダメです! サイ様と入るのは私の役目です! それだけは誰にも譲りません!」


「むぐっ」


「はん! ばばぁは黙ってなさい! おいでじゃないんですよ!」


「むぐっ」


「調子に乗るなよ化物。どっちかといったら貴女の方がよっぽどババァじゃないですか!」



 あ~だこ~だ文句を言い合いながら、風呂の中で俺を取り合うリズと小夜。

 どうでもいいが、一々俺の頭を乳房の間に埋めるのはやめてくれ。けしからん真似をするな。



「お前等いい加減にしないと怒るぞ」


「ちょっとも~うるさいわね~。今何時だと思ってるのよ、こんな夜中に騒いじゃダメでしょ……って、何よこれ?」


「「あっ」」



 騒がしくして目が覚めてしまったのか、母上が風呂場にやってきた。

 この混沌とした状況を目にして呆然とする母上は、笑ってない笑顔を浮かべてこう言ってくる。



「サイ、リズ、これはどういうこと? この子は誰なの? 何でこんな時間に皆でお風呂に入ってるのかしら? ちゃんと説明しなさい」


「「……はい」」



 それから俺とリズと小夜は、呼吸を合わせて小夜のことを母上に紹介した。


 小夜が【破壊の権化】ジャガーノートであることは伏せて置いた方がいいだろうと判断し、リズがメイド見習いとして雇ったのだと嘘を吐く。


 そんな話聞いてないと訝しむ母上に、働き手がなく困っていたので独断で誘ったことにして、明日にでも紹介するつもりだったと話す。

 こう言えば、お優しい母上なら許してくれるだろうと踏んだのだ。思惑通り、話を聞いた母上は納得してくれた。



「そういう事だったのね。うちは元々使用人が二人だけだし、アルフレッドもいい歳だから新しいメイドが入ってくるのは大歓迎よ」


「ありがとうございます、奥様! 小夜は全身全霊でご主人様のお世話をいたします!」


「でも、こんな時間にお風呂に入っているのは何でかしら?」


「そ、それはですね! サヨが先程屋敷に到着したので、冷えた身体を温めるためにお風呂に入っていたんですよ! ねっ、サイ様?」


「う、うむ」


「あらそうなの? 折角来てくれたのに風邪引いちゃいけないものね。なら私も一緒に入っちゃおうかしら。大きくなってからサイとも全然入ってなかったし、こういうのを裸の付き合いっていうのよね!」


「「ぜ、是非!」」


「えっ……」



 成り行きで母上とも入ることになってしまった。

 いつもリズがしてくるように、湯舟に浸かりながら母上に抱っこされてしまう。


 糞……こんなことになるならやはり後先のことを考えておけばよかった。



 ◇◆◇



「なに、ジャガーノートの反応が消えただと?」


「はい、魔王様。間違いありません」



 魔界と呼ばれる大地の一角。

 聳え立つ巨塔の中で、玉座に座り魔物の生き血を飲んでいる魔王に、配下の者が報告を行っていた。

 配下からの報告を耳にした魔王は、ワイングラスを揺らしながらほくそ笑む。



「リョウマの奴が消えるや否や、今度は奴が飼い慣らしていたジャガーノートか。さてはて、どいつの仕業だろうな」


「今ならあの領土はもぬけの殻です。魔王様の手にかかれば、容易に支配できるのではないですか?」


「そうだな。リョウマも厄介な奴だったが、ジャガーノートも魔王に匹敵する力を持った怪物だった。ジャガーノートが去るまで手を出さず様子を見ていたが、消えたのならば話は変わってくるだろう」


「ではやはり……」


「まぁそう焦るな。短い間に魔王級が二人も消えたのだ、自然にはそうならんだろう。必ず誰かの思惑がある筈だ。それに魔王が居なくなくなった今、あの領土は無法地帯。新たな魔王に我こそはと激しい闘争が繰り広げられるぞ」



 くっくっくっと、愉しそうに嗤う魔王。

 魔王リョウマが突如消えたが、大抵の魔族や魔物は大人しくしていた。それは【破壊の権化】たるジャガーノートがどこかに去るまでじっと身を潜めていたからだ。


 二大巨頭が消えた今、身を顰めていた魔族や魔物が動き出しつつあった。


 それは魔王リョウマが納めていた領土だけではなく、他の領度からも魔族や魔物が続々と押し寄せてくるだろう。

 魔王不在の好機に我こそが魔王になるのだと、争いになるのは間違いなかった。



「何百年ぶりに七大魔王の顔ぶれが変わるのだ。祝福しようじゃないか……ただ、新たな魔王が貧弱ザコだったなら――」



 ワイングラスから手を離すと、床に落ちたワイングラスがパリンと割れて中身が飛び散った。



「その時は美味しく喰らってやればいいさ」

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