第拾肆話 使い魔

 



「ヴォオオオオオオオオッ!!」



 巨大化したジャガーノートが蜥蜴の尻尾を振り回し、大将軍の腰にぐるりと巻き付いてくる。

 このままでは引きずり込まれてしまうだろう。そうなる前に、俺は右手で刀印を結びながら大将軍を操り、巨大な刀で蜥蜴の尻尾を斬り裂いた。



「ギャアアアアアアッ!?」


「往け」



 尻尾を失って怪物が悲鳴を上げる中、大将軍を操り距離を潰そうとする。

 だがジャガーノートも突進してきて、逆に吹っ飛ばれてしまった。ずどん! と重い衝撃を受けて尻もちをつく中、怪物が大きく跳躍した。



「なに、その図体で跳べるのか!?」



 驚きながらも、大将軍を転がせることでジャガーノートの強烈なのしかかりを回避した。すると今度はジャガーノートが蝙蝠の翼を大きく広げた。再び目を開けて動かなくなる妖術をかけてくるつもりだろう。


 そうはさせまいと大将軍を近づかせ、刀を一閃し片翼を斬り裂いた。



「ヴォオオオッ!?」


「そっちも貰うぞ」



 もう片方の翼も根本から斬り裂く。

 これでもう妖術をかけることも強烈な光線を放つこともできないだろう。ひっくり返って悶え苦しんでいるジャガーノートの腹を踏みつけ、逃がさないようにする。



「その命、今度こそ貰い受けた」



 とどめを刺そうと刀を振り上げ、その頭を叩っ斬ろうと振り下ろした瞬間、突然誰かの声が聞こえてくる。



『ま、待ってください!!』


「むっ、なんだ?」


 ぴたっと、振り下ろした刀を寸前の所で止める。

 何だ今の声は……気のせいかと怪訝に思いながら周囲を見回していると、また同じ声が聞こえてきた。



『降参! 降参します!』


「まさかとは思うが……貴様が話しているのか」


『はい!』



 なんてことだ……。

 この声はジャガーノートから発せられていたのか。この怪物、話すことができたのだな。やけに明るく元気な声色が妙に苛つくが。



「何故今まで黙っていたのに声をあげた。命が惜しくなったか」


『違います! いや死にたくもないですけど! 今までのワタシは破壊衝動に呑まれていて、暴れていたのはワタシの意志ではなかったんです!』


「暴れ回っていたのは自分の意思ではないと? あれだけ暴れておいてどの口が言う。俄かに信じがたいな」


『アナタが私をギッタンバッコンにしてくれたお蔭で、破壊衝動が収まったんです。本当です信じてください!』


「……ふぅ」



 なんというか、興醒めだな。

 必死過ぎて殺す気も失せたぞ。



 ◇◆◇



 ジャガーノートは生まれた時から破壊衝動を抑えきれず、自分の意思とは無関係に暴れ回っていた。破壊衝動が出ず自分の意識がはっきりしている時もあるが、極短い時間しか与えられない。


 だが、そんな怪物にも平穏な時があった。

 それは魔王リョウマに打ち負かされた時で、破壊衝動が嘘のように収まったのだそうだ。さらに魔王と契約し使い魔になることで、破壊衝動が出てくることも一切なくなった。


 しかし魔王が突然居なくなってしまい、契約も打ち切られてしまったことで再び破壊衝動に呑まれてしまう。

 居なくなった魔王を探しつつも、自分を止めてくれる強い存在を待ち望んでいた。



「聞いた話を纏めたのだが、これで合ってるか」


『はい!』



 目の前にいるジャガーノートに尋ねると、大きい声で返ってきた。頭に響くからやめて欲しい。


 怪物に泣きつかれて殺す気にもなれず、一先ず話だけでも聞くことにした。


 ジャガーノートが元の大きさに戻ったので、俺も術を解いて奴の前に着地する。警戒は解いていないが、尻尾や翼を無力化したので問題はないだろう。

 怪物の話は感情的で読み解くのが難しかったが、俺なりに纏めると大体合っているそうだ。



「それで、お前はどうしたいのだ。今は正気だが、放っておくと破壊衝動に呑まれて再び暴れてしまうのだろ?」


『はい……そうなんです。ワタシの意志では抑えられないんです。だからアナタに、私と契約してご主人様マスターになって欲しんです!』


「契約?」


『はい! 魔王様のように強いアナタの使い魔になれば、破壊衝動は出ない筈です!』



 ああ、確かそんなこと言っていたな。

 魔王と契約し使い魔になると破壊衝動が出ず常に正気でいられるとか。


 そもそも使い魔とは何だと尋ねると、魔法使いが使役する動物や魔物のことらしい。


 前世で俺が戦ったことのある強敵の中に、大型の犬や鷲、熊を飼い慣らしている猛獣使いがいたり、妖怪を使役している陰陽師がいたが、それに近いもののようだな。



「悪いが断る。何故俺がお前のような奇怪な怪物の面倒を見ねばならんのだ」


『そ、そんなこと言わずにお願いします! 絶対にアナタの役に立ちますから! ほら、ワタシ強いですし!』


「強いことは知っているが、別に必要ないな。間に合ってる」


『そんな~お願いします~! 一人は寂しいんです~! うわ~ん!』


子供がきか……)



 器用に前脚を使って、人間の泣き真似をする怪物に呆れてしまう。


 糞……余計に殺し難くなってしまったぞ。怪物といえど、泣いて縋る者に追い打ちをかける訳にもいかぬし。

 かと言って放置しておけばまた暴れ出してしまうだろうし……はぁ、こいつと関わったのが運の尽きだったな。



「わかったわかった、契約してやる! だから泣き止め」


『えっ、本当ですか!? ありがとうございます!』


「それで、契約とはどうすればよいのだ」


『一滴でいいので、アナタの血を飲ませてください。それで契約は完了です』


「ふむ、そんな簡単でいいのか」


『本来は魔法陣を書いたり、契約の儀といって戦ったりするんですけど、ワタシの場合は血を飲ませてもらうだけでいいんです』


「わかった、言われた通りにしよう」



 刃物を持っていないので、指を噛んで血を出す。

 ジャガーノートに近付き、あ~んと開けている口の中に血を一滴垂らした。直後、ジャガーノートの身体が眩い光を放つ。



「何が起こった……んん、誰だ貴様!?」



 光が収まると、ジャガーノートの姿が忽然と消えていた。

 その代わりに、黒い着物を身に纏っている女が現れる。いったいどこから現れたのだと警戒していると、着物の女は笑顔で口を開いた。



「ワタシですよご主人様、ジャガーノートです」


「馬鹿な……お前があの怪物だというのか」


「はい! ご主人様の記憶の中にいる人間を模してみました。見覚えありませんか?」


「ぬぅ……」



 確かに、見覚えがあるといえばあるな。

 御屋形様の屋敷で働いていた女中じょちゅうの中に、似ている娘が居た。時々話しかけてきてくれたので、女中の中でも一番印象深く記憶に残っている。


 だが、名を忘れてしまった。あの娘はなんという名だったか……。



(それにしても懐かしいな)



 人間の姿に化けたジャガーノートの姿を眺めていると、郷愁に駆られてしまう。


 短めの黒い髪。黒い瞳に長い睫毛。紅い唇に、雪のように白い肌。日本風の美しい顔。黒い着物に、赤い帯。

 これほど美しい娘だったか? と疑問もあるが、久方ぶりに日本人の姿を拝めて少々嬉しくあった。



「どうです? ご主人様」


「うむ、悪くないのではないか」


「良かったです! 本当はご主人様が一番慕っている娘に成ろうとも思ったんですけど、ご主人様が怒るかなと思ってやめました」


「賢明な判断だったな」



 もしこいつが織姫様に化けていたら、何と言い訳を連ねようと即座に殺していただろう。織姫様を愚弄することは誰であろうと許さんからな。



「疑問なのだが、何故女に化けたのだ? それと、急に俺をご主人様と呼ぶのは何故だ」


「模したこの人間の話し方に影響されているからだと思います。女に化けたのは、ワタシが女の子だからです……ぽっ」


「そ、そうか……」



 頬に手を当て、腰をくねらせるジャガーノートに顔を顰める。

 この化物に性の概念があったのだな。そっちの方が驚いたぞ、嘘じゃないだろうな。

 疑いの眼差しを向けていると、ジャガーノートが真剣な顔を浮かべて頼み事をしてくる。



「ご主人様、ワタシに名前を付けてくださいませんか」


「名前? お前には既にジャガーノートという名があるだろ?」


「そんな男っぽくて物騒な名前は嫌なんです! ワタシはもっと可愛い名前がいいんです! お願いします、ワタシに可愛い名前をつけてください!」


「むぅ、我儘な奴だな」



 駄々をこねてくるジャガーノートに困ってしまう。

 俺は誰かに名を付けたことなどないぞ。考えたこともないしな。

 名前……名前か……う~む。



小夜さよ……はどうだろうか」


「小夜……ですか?」


「うむ。元の姿のお前は全身が黒いし、今の姿も大体黒い。お前と会ったのも夜中であるし、夜と掛けてみた。可愛いかどうかは分からんが、どうだろうか」


「素晴らしいですご主人様! すっごく可愛いですし、気に入りました! 小夜……素敵な名を与えていただいてありがとうございます!」


「おいこら離せ、調子に乗るな」



 小夜という名をよっぽど気に入ったのか、俺の脇を掴んでぐるぐると回り出す。脳天を軽く手刀で叩くと、ジャガーノート改め小夜が俺を抱き締めてきた。



「血を貰い、名前を与えてくださったことでご主人様との契約は結ばれました。ありがとうございます、ご主人様。小夜は嬉しいです」


「そうか、よかったな」


「小夜は晴れて、ご主人様の使い魔になりました。これからずっとずっとず~っと、ご主人様と一緒に居ますからね!」


「う、うむ……」



 何故だろうか……小夜のとびっきりの笑顔を目にしたら背筋に悪寒が走ったのだが。もしかしすると、この怪物と安易に契約を結んだのは間違いだったかもしれない。


 と、俺は心の中で少し後悔したのだった。

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