第拾参話 ジャガーノート
「ヴヲヲヲヲヲヲヲヲッ」
「「ギィヤアアアアアア!!」」
目に付く魔物を破壊しながら、“それ”は嘆いていた。
古に生まれた“それ”は、破壊衝動を抑えられなかった。視界に捉える生き物や造物を片っ端から壊してしまう。疲れたら深い眠りにつき、起きてはまた破壊するという行いを何百、何千年と繰り返してきた。
だが“それ”は、破壊衝動がある反面、破壊したくない気持ちもあった。
寂しがる子供のように、ただ触れ合いたいだけだったのだ。触れようとしたら、簡単に壊れてしまうだけで。
そんな“それ”にもついに、壊せないものが現れた。
リョウマという魔王だった。魔王は強く頑丈で、“それ”でも壊すことはできない。
魔王が契約しようと言ってくれて支配下になると、破壊衝動に呑まれることもなくなった。その反動のせいか、魔王を束縛したくなるくらいべったり甘えるようになったが。
こんな事は初めてで、“それ”は平穏を感じていた。
だがつい最近、突然魔王が居なくなってしまった。契約も解除されたせいで、再び破壊衝動に呑まれてしまう。
「ヴヲヲヲヲヲヲヲヲッ」
――誰か私を止めて欲しい。
破壊の権化と呼ばれる古の怪物。
ジャガーノートは、今も何かを破壊しながら自らを止めてくれる強い存在を待ち望んでいた。
◇◆◇
「ここが大魔境の中か……」
深夜に屋敷を抜け出し、ゾウエンベルク領の東端にやってきた。
ドワーフが寝静まっている、俺が作った土の家を通り過ぎ、深い森に足を踏み入れる。
『竜魔結界』の外に出て大魔境に入ったのは初めてだが、特に感じることはない。
音一つないほど物静かで、暗闇が広がっている。だが俺は夜目が利くし、これだけ月明かりが出ていれば昼間と同じくらい見えるので問題はない。
「さて、ジャガーノートはどこに居るのだろうな」
ボルゾイ殿の話によると日中暴れ回っているそうなので簡単に見つかると踏んでいたのだが、今のところ足音も聞こえない。
近くにはいないのだろうと森の中を散策していると、小さい化物共に遭遇した。
「グヘヘ」
「ギャヒャヒャ」
「何だこの醜い化物は……鑑定眼」
『ステータス
名前・無し
種族・魔物 (ゴブリン)
レベル・10』
『ゴブリンとは、鬼族の最下級の魔物である。繁殖能力が高い。群れを作って襲ってくる』
ほう、この醜い化物はゴブリンという鬼なのか。
日本の妖怪にも餓鬼や小鬼がいたが、似たようなものだろう。大して強くはなさそうだが、数は結構いる。木の上にも隠れて忍んでいるな。
丁度良い、肩慣らしに相手をしてもらおうか。
「ゲヒャ!」
「ふん」
「ギ――ッ!?」
近づいてきたゴブリンの頭を蹴り飛ばす。
案外柔らかく、首が捥がれて頭だけ吹っ飛んだ。他のゴブリンが木の上から石を投げてくる。魔物の癖にそういう賢い戦い方もできるのかと関心しつつ、放たれた石を鷲掴む。
「弱いぞ。投石とはこうやるんだ」
「「ウギャーーーー!?」」
掴んだ石をひゅんっと軽く投げ、木の上にいる全てのゴブリンを撃ち落とす。奇襲が効かなかったとみるや、生き残っているゴブリンが逃走を計ろうとする。
追いかけるのも面倒だったので、地面に落ちている小石を拾って投げると、逃げるゴブリンの頭を全て打ち砕いた。
「魔物といってもこんなものか。肩慣らしにもならん」
実は魔物と戦うのはこれが初めてだったのだが、余りにも呆気なくて拍子抜けしてしまった。
ただ鑑定眼によるとゴブリンは最弱らしいし、これからもっと歯応えのある魔物が出てくるだろう。というより、ジャガーノートがそれか。
「うぬぅ……忍具が欲しい」
ないものねだりをしてしまう。
前世で使っていた手裏剣やクナイがたまらなく欲しい。それと刀だ。
だが残念なことに、異国にはそのような忍具はなかった。異国では剣や盾や槍、それと弓矢に似たボウガンが主な武具なのだが、性に合わんから使っていない。
まさか忍具が恋しくなる時が訪れようとはな。
それからも出会う魔物と片っ端から交戦していく。
大魔境では魑魅魍魎が跋扈しているのだな。人間が生きていける環境でないことを改めて理解した
「ギャアギャア!」
「グワーッ」
「ワン!」
「む、何事だ?」
森を散策していると、突如前方から魔物の群れが猛進してくる。
犬に似たような魔物や、鳥や蛇に近しい魔物と様々な別種の魔物だった。それも魔物共は、俺を無視するかのように通り過ぎて去って行く。
その光景はまるで、何かから慌てて逃げているような様であった。
直後、ずん、ずん、と木が倒れるような音が連続して鳴り響き、徐々に近づいてくる。恐らく魔物の群れは、この音を出している者から逃げているのだろう。
警戒していると、そいつは姿を現した。
「ヴヲヲヲヲヲヲヲヲッ!!」
「何だ、あの不気味な化物は!?」
薙ぎ倒した木々の背後から現れた化物を見て驚愕する。
全体的な外見は蜘蛛だった。漆黒の身体に、先端が鳥のような足が八本生えている。だが頭には角があり、口からは牙が生え、牛のような顔をしている。
俺が知っている妖怪で例えるなら
様々な生物を組み合わせたような不気味な身体。
そんな悍ましい化物は、見上げる程ではないが図体が大きかった。
「鑑定眼」
『ステータス
名前・【破壊の権化】ジャガーノート
種族・古代種(エンシェント・キメラ)
レベル・???
スキル・???』
(こいつが例のジャガーノートか)
鑑定眼で調べたところ、この化物がドワーフの住処を襲ったジャガーノートで間違いないさそうだ。
それにしても何だこのステータスは。
古代種なんて見たことも聞いたこともないぞ。魔物ではないのか?
レベルも測定することができないし、スキルの数も種類も分からない。それだけ規格外の怪物ということか。
(これは即撤退も視野に入れねばな)
当初の目的はジャガーノートの討伐だったが、ここまで規格外だとは思いも寄らなかった。実際に戦ってみなければ分からないが、無理だと判断したら撤退しよう。
逃げてはならぬ
一先ず、一戦交えてみるか。
俺はぐっと足に力を入れると、地を蹴って矢の如き速さで怪物に肉薄する。
「ふん」
「ギィヤアアア!?」
(効いているな)
顎を蹴り上げると、ジャガーノートは悲鳴を上げて仰け反った。表面は分厚く硬いが、弾かれるほどでもない。
すかさず追撃を仕掛けようとした時、側面から足が襲い掛かってくる。身を翻して間一髪回避すると、足の先がずんっ! と地面に突き刺さった。
ふむ、まともに喰らえば串刺しも免れんな。
そう考えていたら、ずずずずずずずずず!! と伸びる六本の足で叩きつけるように連打してくる。
全ての攻撃を見極め回避する俺は、一旦立て直す為に大きく距離を取って木の枝に乗った。深く息を吸って、九字護身法の印を結ぶ。
「臨・闘・在・臨、火遁・
魔力を変換した火を口から吹く。
前世の火吹では人一人を燃やす程度だったが、今の威力は一瞬で家を炎上させられる。なので少しは効いているかと期待したのだが……。
「ヲヲヲヲッ!!」
「駄目か」
外皮に全く傷がない。焼くどころか火傷すらない。
火は効果がないようだと攻撃手段が一つ消えた中、今度はジャガーノートがお返しとばかりに口から液体を吐き出してくる。
嫌な予感がしたので鑑定眼で調べると、毒を含んだ強酸だったのですぐにその場から離れた。
じゅしゅあああああ……と俺が乗っていた木がどろどろに溶ける。
俺に当てることができなかったのが悔しかったのか、怪物が水を撒くように広範囲に液体を吐き出してきた。
ならばその毒の液体、こちらが利用させてもらおう。
「臨・闘・陣・臨・在、風遁・
「ギィヤアアア!?」
竜巻を起こし、迫り来る液体を吸収してジャガーノートに襲い掛かる。自らの攻撃を喰らえば多少効果はあるだろうと踏んだ通り、怪物は悲鳴を上げていた。が、そこまでの傷ではないようだ。
(ふむ、次の一手はどうするか)
ここらで退いてもよさそうだが、勝てそうでもあるのが悩ましい。
かといって、迂闊に近づけば足に強襲され、離れていても毒が来る。
さてどうしたものかと悩んでいると、突然ジャガーノートが蝙蝠の翼を目一杯広げた。
「何だ?」
「ヴヲヲヲヲ!!」
「――っ!?」
飛ぶのかと思っていたら、飛膜から夥しい数の目が現れる。
嫌な予感がして目を逸らそうとしたが、一瞬間に合わなかった。
(ちっ、動かん!)
ジャガーノートの妖術か幻術かどうか分からんが、身体が石になったように動かくなってしまう。無理に動かそうとしても全く動く気配はなかった。
しくじったな、これはまずい事態になったぞ。
「ヴヲヲヲヲ!!」
(忍法・変わり身の術)
ジャガーノートの翼の目が妖しい光を放つと同時に、全ての目から全方位無差別に紅い光が照射されて何もかも破壊していく。俺もその光を浴びたのだが、変わり身の術が間に合い紙一重で回避した。
危なかった……身体が動かなくなる前に咄嗟に刀印を結んでおいたのが功を成したな。
「危機一髪だな」
変わり身の術も前世と比べて進化している。
前世では煙幕で目くらましをしたり、近くにあるものを掴んで身代わりにして意表を突いていたが、今では目につく物体と俺との位置を交換できるようになっていた。リズによると、この術は空間魔法というものらしい。
「それにしてもなんて凶悪な攻撃手段だ」
今の連撃には背筋が凍ったぞ。
目が合うと身体が動かなくなり、続けて凄まじい威力の光線で消し炭にしてくる。初見ではまず防ぎようがないだろう。回避したとはいえ、俺も妖術にかかってしまったからな。
だが、攻略法はある。
妖術にかかる寸前、ジャガーノートから微弱な魔力を察知した。それが分かれば、奴がどんな時に妖術を発動するか事前に知ることができる。
ならば奴の妖術を逆手に取り、必殺の一撃を喰らわせてやろう。
「者・在・列……」
俺は印を結びながらジャガーノートの眼前に躍り出る。
するとジャガーノートが俺に気付き、翼の飛膜にある瞼を開けて無数の目が俺を見た。
「今だ――水遁・水鏡の術」
「ヴォ!?」
魔力の反応が起きる前に忍術を発動する。
俺の眼前に水でできた鏡が現れ、ジャガーノートに己の姿を映させる。
するとどうなるか。自身が放った妖術にかかり身体を動かせなくなるのだ。
ここが好機!
「陣・者・在、雷遁……」
印を結び、右手に雷を溜める。
ジャガーノートの外皮は頑強で貫けない。だが鑑定眼ならば、肉が薄い場所を特定できる。鑑定眼が出した答えによれば、牛の頭と蜘蛛の身体を結ぶ首筋が唯一肉が薄い場所だ。
跳躍した俺は、自分の妖術がかかって動けなくなったジャガーノートの頭に飛び乗り、雷を纏った手刀を首筋に突き入れた。
「
「ヴォオオオオオオオオオッ!!?」
手刀で肉を貫き、内部に侵入させる。
さらに手からありったけの電撃を流し、内部から肉体を焼き尽くした。どれだけ外皮が硬かろうと、内側からならば関係ない。
電撃を浴びるジャガーノートは絶叫を迸らせ、ずんっと音を立てて力尽きたように倒れた。
「ふぅ……厄介な魔物だったな」
焼け焦げた身体から飛び降り、死んだ強敵の前で深く息を吐いた。
危うい場面もあったが、まぁ上出来だろう。これでもう、ドワーフ達が不安に感じることはない。
ジャガーノートを始末し万事解決したので屋敷に戻ろうと踵を返そうとした――その時。
「ヴォ……」
「なっ!?」
気配がしたので振り返ると、殺した筈のジャガーノートがゆっくりと立ち上がっていた。
「馬鹿な……あれを喰らって死なんのか。なんて生命力だ」
「ヴォオオオオオオオオオ!!」
「くっ!?」
まだ生きていたことに驚愕していると、ジャガーノートが月まで届くような砲声を放つ。音が衝撃となって吹っ飛ばされそうになる中、ジャガーノートの身体に異変が起きた。
信じられないことに、奴の身体が急速に膨れ上がっていく。
ここに居ては危険だと判断し、一旦遠くへ離れた。
「な……んだと」
開いた口が塞がらないとはこの事だろう。
ジャガーノートは巨木の高さを優に越え、居城の高さまで巨大化していた。月に届くかと思うぐらい大きくなった怪物を見上げながら、俺は苦笑いを溢す。
「成程な、これが貴様の真の姿か」
これほどの巨大な化物が暴れ回ったら、土地は瞬時に壊滅してしまうだろう。正に破壊の権化と呼ばれるに相応しい姿だ。
こんな怪物とどう戦えばいいのか。
まともにやり合ったら踏み潰されて終わりだろう。
「敵が巨躯ならば、こちらも巨躯で挑むしかあるまい」
俺が対抗できる手段はこれしか残っていない。
身体からありったけの魔力を練り上げ、印を結んでいく。
「兵・者・列・闘・臨・前・階・兵……ふん!」
印を結んだ後、地面に両手をつけた。
直後――ごごごごごごごごごご!!! と轟音を立てながら激しく地面が揺れ、俺の真下から地面が隆起していく。
ぐんぐん上に伸びると、隆起していた柱に土が集結し、俺の想像のもと急速に形を成していった。
完成した俺は手を離し、術名を口に出す。
「土遁・
俺が忍術で作ったのは、ジャガーノートの大きさにも引けを取らない土で出来た武将だった。鎧を纏っている武将は土の刀を握っている。うむ、二回目にしては上出来だな。
武将の左肩に乗っている俺は、対峙するジャガーノートにこう言い放った。
「さぁ勝負だ怪物、その身体叩っ斬ってやるぞ」
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