第拾弐話 大魔境

 



「お、オレ達は恐ろしい怪物から逃げてきたんだ」



 ドワーフのダンキチは怒りを噛み締めるようにそう告げた。

 ふむ、ドワーフも言葉が通じるのだな。少し訛っているようで聞き取り辛くはあるが、言葉が通じて助かった。

 その恐ろしい怪物とは何だ? と問いかけると、ダンキチが答えるのを他のドワーフが遮ってくる。



「儂が説明しよう」


「親方! 寝てなきゃダメですよ!」


「うるさい、黙って寝てる場合じゃないだろ」


(誰だこいつは……鑑定眼)


『ステータス

 名前・ボルゾイ

 種族・ドワーフ(群れのボス)

 レベル・57

 スキル・【鍛冶】』


『【鍛冶】スキルとは、鍛冶に優れた能力』



 ダンキチが慌てて駆け寄り肩を支えるドワーフを鑑定眼で調べる。

 名前はボルゾイ。かなり歳を取っているようだが、アルフレッド同様に屈強な肉体だ。レベルも57とそれなりに高い。しかもスキル持ちだ。


 群れのボスということは、この老ドワーフがリーダーで間違いないだろう。ただ彼は立っていられるのが不思議なほどの重傷を負っているようだ。



「儂はボルゾイ。皆の代表だ」


「俺はサイだ。早速で悪いがボルゾイ殿、事情を話してくれるだろうか。恐ろしい怪物から逃げてきたとそこの者が言っていたが」


「ああ、儂等は住処を捨て逃げてきたのだ。あの恐ろしい【破壊の権化ジャガーノート】からな」


「なっ、ジャガーノートですって!?」



 ボルゾイ殿の口から放たれた名を聞いたリズが激しく動揺する。

 リズがここまで動揺するのは珍しく、どんな生き物なのか尋ねた。



「ジャガーノートは、ひたすらに破壊を求める強大な魔物です。いにしえの時代から存在していて、本能のままに破壊を繰り返してきました。ですが、ジャガーノートは魔王が手懐けていた筈ではなかったのですか?」


「そうだ。あの化物を魔王様がぎょしていたから儂等は平和に暮らせていた。だがどうやらここ最近、魔王様が倒れてしまったそうだ」


「魔王が死んだのですか……」


「そんな事あり得んと儂も信じたくはないが、ジャガーノートが暴れ回っているのが何よりの証拠だ。解き放たれたあの怪物は各地を破壊し、被害は甚大。儂等も住処を襲われ、逃げ回った。しかし、魔界には逃げる場所などない。魔王様が倒れたことで他の魔物も暴れ出したからだ。だから儂等は、 “魔物が入れないこの土地”に慌てて逃げ込んできたのだ」


「なるほど、今魔界は魔王を失って相当カオスな状況に陥っているようですね」


「すまぬ、話を聞いても何が何だかさっぱり分からん」



 ボルゾイ殿の話を聞いてリズは納得しているようだが、俺には何のことだかさっぱりだ。

 魔物は分かるが、魔王とか魔界とかは聞いたことがない。

 ちんぷんかんぷんに困惑している俺にアルフレッドが助け舟を出してくれる。



「若様、大陸の中心地には大魔境があり、その西側にドラゴニス王国が存在しているのは覚えていますか」


「無論だ」



 俺が今いる異国は楕円形の大陸の中にある。

 そして大陸の中心地には大魔境と呼ばれる、大陸の半分を占める広大な大地があった。恐ろしい魔物が跋扈し、人間が足を踏み入れられぬ領域だ。


 その大魔境を囲うように様々な国が存在している。

 我がドラゴニス王国もその一つで、大陸の西側にある。さらにゾウエンベルク家はドラゴニス王国の東端にあり、大魔境に接していた。


 ゾウエンベルク家は魔物から国を守護する役目を仰せつかっているのだが、『竜魔結界』がある限り魔物は入ってこれない為、実際は何もしていない。


 そんな大魔境が奥に見える深い森から始まっていて、目で捉えられるすぐそこにあった。



「サイ様、大魔境の呼び名は一つではなく、魔界とも呼ばれています。そして魔界には七大魔王しちだいまおう――魔物を統べる王が七人君臨しているのです」


「ふむ、魔物にも王がいるのか。しかも七人だと? つまり魔界には国が七つあるということか?」


「いえ、国と呼べるような大層なものはありません。大雑把に大地を支配しているだけです」


「そうか」



 リズに教えてもらいなんとなく理解した。

 魔王か……凶暴で恐ろしい魔物を統べる魔物はどれほど強いのだろうな。

 しかもその魔王が大魔境――魔界には七人も存在しているとか。いや、ボルゾイ殿の話では一人死に今は六人なのか。


 頭の中で整理していると、ボルゾイ殿が顔を俯かせながら話し出す。



「荒れ狂う魔界の中でも、魔王リョウマ様が支配している大地は平穏だった。魔物も大人しく、魔族や亜人も平和に暮らせていた。儂等ドワーフだってそうだ」


「ほう、優しい魔王もいるのだな」



 凶暴な魔物の王だから気性も荒いと思うのだが、争いを好まぬ魔王もいるそうだ。あと新しく“魔族”という言葉が出てきたが、魔物の中でも知能が高い魔物全般を魔族と呼ぶらしい。


 うぬぅ……覚えることが多くて頭がこんがらがってきたぞ。甘いチョコが食べたくなってきた。



「整理しよう。魔界には七人の魔王がいて、ボルゾイ殿がいた大地を支配していた魔王がリョウマという者。だがリョウマが倒れたことで手懐けていたジャガーノートという怪物が暴れ出し、ドワーフの住処が襲われた。逃げようにも他の魔物が暴れているので安住の地はなく、仕方なく魔界の外にあるゾウエンベルク領に逃げ込んだと。これで間違いないか?」


「ああ、その通りだ」


「ふむ……少々疑問なのだが、何故お主等はゾウエンベルク領が安住の地だと知っていたのだ?」


「この土地が竜の加護に覆われて魔物が入れない事は、亜人ならば誰でも知っている」


「そうなのか?」



 とリズに尋ねると、リズは「はい」と短く答えた。



「ならば何故、最初からドラゴニス王国の庇護下に入らない」


「人間の国で暮らすのは不可能だ。堅苦しい法とやらに従うのも面倒だし、諍いが起きるのも目に見えている。そもそも人間は儂等との共存を認めないだろう。その点、魔界は自由だ。魔物に襲われる危険性を除けば、自由に生きられるからな。そして魔物に襲われる危険性も、魔王様が支配する領土ではなかった」



 ふむ、確かに共存は難しいかもしれんな。

 日本だって海を渡って異国からやってくる南蛮人を積極的に受け入れた者がいれば、気に食わない者が大勢いたのも事実だ。


 外見が異なる人間同士でもそうなのだから、外見どころか種族が違う亜人を受け入れるのは難しいだろう。



「話は分かった。ではボルゾイ殿は何を求める? この地はゾウエンベルク領で、当主代理として俺は問題を解決せねばならん。今後どうするかお聞かせ願いたい」


「……人間にとって儂等が邪魔なのは百も承知だ。だが、今は皆が傷ついているし魔界にはジャガーノートが居て戻ることもできん。図々しい話ではあるが、皆の傷が癒え、ジャガーノートが他所の地へ離れるまで儂等をここに置いてくれんか。人間には干渉せぬと約束する、この通りだ!」



 頭を深く下げ、必死に懇願してくるボルゾイ殿。

 彼からの要求に頭を悩ませることなく、俺は即答した。



「分かった、要求を呑もう。アルフレッド、俺の名前を使い近隣の村から食料や寝床に使う藁を分けてもらってくれ。リズはドワーフ達の傷を治癒魔法で癒してくれ。俺も手伝う」


「なっ!? 本当に良いのか!?」


「ああ」


「ちょっと待ってくださいサイ様、ドワーフを受け入れるのですか?」


「不服か? エルフはドワーフと因縁があるらしいが、やはり気に食わぬか」


「そんなみみっちい事を気にしたりしません。私はただ、彼等がいつまでもここに居座り続けてしまわないかを心配しているんです。ジャガーノートが彼等の土地から離れる保証はどこにもありませんから」


「それはその時に考えればいい。今は彼等を助けるのが先決だ」


「それでいいんですか?」


「ああ、“困った時はお互い様”だからな。それに、優しい父上や母上なら俺と同じことをするだろう」



 困った時はお互い様。俺はこの言葉が好きだった。

 御屋形様や織姫様もよくこの言葉を使って、多くの者を助けていた。半兵衛が拾ってきた汚いがきを受け入れてくれたのもそうだし、庶民が困っていたら力を貸していた。


 恩を押し付ける訳ではなく、心の底から力になりたいという仏のような慈悲深さだった。

 それは御屋形様や織姫様だけではなく、父上や母上もそうである。


 ならば藤堂家の家臣として、父上と母上の息子としての俺もまた、困っている者に手を差し伸べてやれる人間でありたいと思うのだ。



「若様、ゾウエンベルク家の次期当主として素晴らしいご判断でございます。六歳になったばかりの若様に当主代理は早過ぎるかと危惧しましたが、私の目に狂いはなかったようでございますね。このアルフレッド、感服いたしました」


「勝手に喜ぶのは構わないが、お前俺を試したな」


「ええ、若様を教育するのがわたくしの務めですので」



 はぁ……と心の中でため息を吐く。

 アルフレッドの中では既に答えが出ていたのだろう。だから俺にドワーフの問題をどう解決させるか試させたのだ。

 こんな時でも教育とか、意地の悪い奴だ。やはりアルフレッドは苦手だな。



「では、私は命令通り近隣の村の者に話をつけて参ります」


「うむ、頼んだぞ」


「サイ様はお優しいですね。ご立派になられて、私も感動いたしました」


「何故抱き付く……」


「抱き締めたくなったんです」



 ぎゅっと抱擁してくるリズに困ってしまう。

 もう六歳になったのに人前で抱き付いてくるな。というか、メイドが主君にしていい行動ではないだろう。

 まぁ、リズがこういう者だと分かっているから咎めはしないがな。



「リズ、お前にも力を貸して欲しい」


「私はサイ様のメイドです。ご命令ならば何でもしますよ」


「助かる。では治癒魔法を任せた。重傷の者から優先に行ってくれ」


「承知いたしました」



 頷くリズは、早速倒れているドワーフのもとへ向かい治癒魔法をかける。

 リズ自身にはドワーフとの因縁はないようだ。強く忠言してきたのは、俺を心配してのことだったのだろう。



「サイといったか……頼んでおいてなんだが本当に儂等をここに居させていいのか?」


「ああ、構わん」


「すまない、この恩は忘れんぞ」


「気にするな。別に恩を売りたくてした訳ではない。それよりボルゾイ殿も身体を癒せ」



 俺はボルゾイ殿の背中に手を振れ、“気”を分け与える。

 すると重傷だったボルゾイ殿の身体がみるみるうちに治っていった。



「おお!? なんと強力な治癒魔法だ!? 深い傷も完全に治ってるぞ!」


「重傷者へ案内してくれ」


「わ、わかった! こっちだ!」



 それから俺はドワーフ達を治癒していく。

 しかし俺が行っているのは決して治癒魔法などではない。ただ“気”を分け与えるだけだ。前世では擦り傷を治す程度しかできない癖にやたら疲れたが、気もとい魔力が増えた今では大怪我だって治せることができた。


 あらかた治療し終えた俺は、今度は忍術を使う。



「兵・者・闘・兵。土遁・土壁」


「な、なんだ!?」


「地震だ!」



 印を結んでから地面に両手をつけ、地面の土を隆起させる。

 さらに隆起した土を操作しながら、簡素な家を幾つか等間隔で作った。



「簡素ではあるが、雨風を凌げる家を作った。しばらくはこれで我慢してくれ」


「これは魔法で作ったのか? ありがたい、十分だ」


「若様、近隣の村から食料と藁をいただきました。皆、若様の為ならと快く協力してくださいましたよ」


「助かる、近日中に礼を言いに行こう。アルフレッド、お前は今日ここに残ってドワーフ達の面倒を見てやってくれ。俺はリズと屋敷に戻る。母上を一人にしておけないからな」


「承知いたしました」



 近隣の村に話をしに行っていたアルフレッドに頼み事をする。

 ドワーフを完全に信用した訳ではない。集落を襲う可能性があるかもしれんからな。余所者を受け入れて、ゾウエンベルク領の民を危険に晒すような真似はできん。


 この老執事ならば、一人でもドワーフを制圧できるだろうしな。

 リズが残ってもいいが、もし何かあった時にドワーフを殺してしまわないか少し心配だった。


 アルフレッドにドワーフの面倒を頼んだ後、俺はリズと共に屋敷に戻る。

 母上にドワーフのことを相談したら凄く褒めてもらい、リズと風呂に入り、寝床に着いた。



「さて、行くか」



 深夜。

 俺は寝床から抜け出し、六歳の誕生日に母上から頂いた黒ずくめの服を身に纏う。本当は忍びが着る簡素なものがよかったのだが、母上の趣味によりゴテゴテした貴族服のようになってしまった。


 まぁ軽いし動きやすいからよしとしよう。闇に紛れればそれでいいのだ。コートと呼ばれる黒い外套を上に纏えば目立たんしな。


 何故俺が深夜に外出着を着ているのか。

 その理由は、ジャガーノートをこの手で討伐しに行く為だ。


 リズが言うことは尤もだ。

 ドワーフ達の住処からジャガーノートが離れなければ、彼等はいつまで経っても住処に戻れない。手っ取り早く問題を解決する為には、ジャガーノートを始末する方が簡単だろう。


 ただ、これを言うとリズに絶対反対される。

 馬鹿な真似はするなと激怒されるだろう。

 だから俺は、深夜のうちにこっそり一人で向かうことにした。



「破壊の権化か……どんな怪物か見てみようじゃないか」

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