第拾壱話 ドワーフ

 



「ふむ、余り背が伸びんな」



 鏡に映る六歳になった自分を見て、少し残念に思う。

 前世の俺は、一日二食でろくな飯を食えなかった。おとうとおかあが死んだ後に忍びの半兵衛はんべえに拾われ、才蔵という名を与えられて藤堂家に仕えてからは多少ましになったが、それでも腹いっぱい飯を食えるとはいかない。


 それに比べて、サイ=ゾウエンベルクとして異国に生まれ変わった今では、幸運なことに栄養のあるものを一日三食腹いっぱい食べられている。

 なので身体ももっと大きくなるのだと思っていたのだが、前世の俺と大差なかった。



「うぬぅ……どうしたものか」



 俺としてはゾウエンベルク辺境伯の次期当主として、藤堂秀康とうどうよしひで様のように威厳があってがっしりとした大きな身体を目指しているのだが、いかんせん思ったように大きくならない。


 父上も母上も身体の線が細いので、俺も細いままなのだろうか。

 それは嫌だな……もっと沢山飯を食べよう。生臭くて苦手だが、牛乳も沢山飲むか。牛乳を飲むと背が大きくなると母上もおっしゃっているしな。



「生まれ変わって六年か……早いものだな。異国での生活にもやっと慣れてきた」



 見た目は余り変わっていないが、中身の方は日々成長している。

 異国の言葉や文字は完璧に覚えることがきた。老執事のアルフレッドからの勉強指導のもと、嫌いだった算術や異国の歴史なども覚えた。


 勉強以外にもダンスやテーブルマナー、乗馬や儀礼などといった貴族にとって必要なことも叩き込まれている。


 そんな厳しくて苦手なアルフレッドなのだが、勉強の息抜きで剣術や武術の稽古をする時は楽しい。アルフレッドは齢六十を越えている執事の癖に、名のある兵士の如く強くて彼との稽古は楽しくて仕方なかった。


 恐らく、死ぬ前の俺より今の俺の方が強いだろう。

 その強さは剣術や武術だけが磨かれた訳でなく、忍術も沢山使えるようになったからだ。



「魔法が使えなかったのは残念だった……」



 俺には異国の妖術である魔法を使うことができなかった。

 その変わり、前世で使えていた忍術は今でも使える。しかも前世では一日に数回程度しか使えなかったのに比べ、どれだけ使っても平気だし忍術自体の威力や規模も増している。


 魔法が得意なメイドのリズに忍術のことを伏せて理由を聞いたら、俺は人よりも魔力が多いらしい。魔力というのは身体を流れる力であり、前世で例えると“気”のようなものだ。


 では何故俺の魔力は人並み外れているのか。

 その理由がこれだった。



「鑑定眼」



『ステータス

 名前・サイ=ゾウエンベルク

 種族・人間ヒューマン

 レベル・222

 ユニークスキル・【鑑定眼】【忍術】』



 鏡に映る自分に対して鑑定眼を行うと、文字列が浮かび上がる。

 この文字列はステータスといって、個体の存在や能力値を表している。この六年間で俺のレベルは父上やアルフレッドを越えてしまい、222にまで成長していた。


 そしてユニークスキルには【鑑定眼】と【忍術】。

 ステータスを見ることができるのは、この【鑑定眼】という特別な能力によるものであり、魔力が増えた要因もこれだった。


 生まれ変わった俺は、赤ん坊の頃から無意識に鑑定眼を使っていた。

 そして鑑定眼を使えば使うほど、魔力量が飛躍的に上がっていたのだ。ただその変わり、眠くなったり疲れたりして気絶してしまうことが多々あったのだがな。


 どれだけこの鑑定眼に悩ませられ、苦労したことか……。まぁ、鑑定眼があったから早く異国に順応できたのだがな。今では重宝している。



「平和だ」



 この六年間、俺はゾウエンベルク家と共に平和に過ごしていた。


 アルフレッドと勉強や鍛錬をしたり。

 リズとは魔法の鍛錬や、作ってくれた甘いお菓子を食べたり風呂に入ったり。

 母上であるミシェル=ゾウエンベルクとは一緒に外に出掛けて平民と交友したり、花を愛でたり。

 父上であるディル=ゾウエンベルクは家に居る時間が余りないが、勉強や鍛錬の成果を見せたり、家族でピクニックというものに行ったりしている。


 そんな代わり映えのない平和な毎日を過ごしていた。


 何故俺が前世の記憶を継いで生まれ変わったのかは分からないが、サイ=ゾウエンベルクとして、異国での新しい生活も悪くないと感じていた。


 ただ、一つだけ心残りがあるとすれば――、



「織姫様……」



 藤堂織姫とうどうおりひめ

 前世の俺が仕えていた主君である。忍びの俺にとって姫様は主君でありながら、大切な御方だった。サイとして生まれ変わっても、姫様のことを忘れた事は片時もない。


 今でも俺にとって姫様が絶対であり、姫様が居ないのは悲しい。

 だが、姫様はもう居ない。何者かに胸を刺され、焼け崩れる屋敷と共に俺と死んだのだから。



『来世でも、私に仕えてくれる?』


『勿論です。何度生まれ変わろうとも、俺は姫様に仕えます。俺は姫様の忍びですから』



 そう誓いを立てたのに、生まれ変わったのは俺だけだった。

 仏様はなんて惨いことをするのだろうか。どうせ生まれ変わるなら、姫様がいる所に生まれ変わりたかった。



「ふぅ……」


「若様、よろしいですか?」


「何だ?」



 姫様のことを考えて感傷に浸っていたら、アルフレッドに声をかけられる。



「少々問題が起きました。当主であるディル様が今いらっしゃらないので、次期当主である若様の判断を仰ぎたいと思います」


「わかった、父上に代わって引き受けよう。問題とは何だ?」


「実際に見た方が早いでしょう。今からリズと共に現地に向かいますので、ご準備を」


「ああ」



 問題か……しかも父上が居ない時にとはな。

 どうやら平和な日々は終わりを迎えたようだ。



 ◇◆◇



「な、何だこの面妖な生き物は……っ!?」



 母上を一人にしてしまうので、リズが屋敷に防御結界というものを施した後。


 早馬に乗り、リズとアルフレッドと共にゾウエンベルク領の東端にある集落を訪れた。その集落のさらに奥深くには深い森があるのだが、森に入る手前の場所に面妖な生き物が群れを成している。


 その生き物は背が小さいのに顔と身体はやたら大きくて、ずんぐりむっくりな体型をしている。あと髭が濃いし毛量が凄い。こんな生き物見たことがなくて驚いてしまった。



(人に見えなくもないが……とりあえず鑑定眼で調べるか)



 初めて見る生き物に困惑する俺は、群れの一人を鑑定眼で調べる。



『ステータス

 名前・ダンキチ

 種族・ドワーフ

 レベル・22』


『ドワーフとは、古代に妖精から派生した種族である。鍛冶に長け、地中で静かに暮らしている。身体は三等身で、筋肉が発達している。亜人とも呼ばれている。エルフとは犬猿の仲』



 成程、この面妖な生き物達はドワーフというのか。

 鍛冶が得意で、地中に暮らしているとは変わった種族だな。エルフに近い種族だと思うのだが、何故エルフとは犬猿の仲なのだろう。よく分からん。



「サイ様、こいつ等はドワーフといいます」


「ああ、今鑑定眼で調べた」


「流石ですね」


「だが、何故ドワーフの群れがこんな場所にいる。それも、よく見たら皆怪我をしているじゃないか」



 ドワーフの数はざっと五十以上いるのだが、全員酷い怪我を負っていたり疲れて倒れ込んでいる。ただ事ではないだろう。


 解せんな。ドワーフは地中に暮らしていると鑑定眼が教えてくれたが、何故傷を負ってこんな場所にいるのだろうか。



「私が事情を聞いてきましょう。若様はここにいらしてください。リズ、若様を頼みましたよ」


「わかりました」


「いい、当主代理である俺が行く。二人もついてこい」


「承知いたしました……ですが、重々お気を付けください」


「わかっている」



 アルフレッドの進言を断り、三人で行くことにする。

 ドワーフ達は警戒しているが、俺から声をかけた。



「俺はこの領地を統治しているディル=ゾウエンベルクの息子であるサイだ。おぬし等はドワーフであるようだが、何故こんな場所にいる。怪我を負っているようだが、何があったか事情を聞かせて欲しい」



 そう問いかけると、丁度鑑定眼で調べたダンキチというドワーフが憎々し気な顔を浮かべてこう答えた。



「お、オレ達は恐ろしい怪物から逃げてきたんだ」

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