第漆話 魔術と忍術

 



「サイ様、今日から私が魔法を教えてさしあげます」


「う、うむ……」



 両手を腰につけ、えっへんと大きな乳房を張りながらそう言ってくるメイドのリズに困惑してしまう。

 突然外に呼び出された時は何事かと思ったが、魔法を教えるとは藪から棒だな。



「魔法を教えてくれるのは助かるのだが、いいのか? 前に聞いた時、俺が大きくなったら教えると言っていたではないか。予想ではもっと先だと思っていたのだが……」


「私だって、魔法は危ないのでサイ様がもっと大きくなられてから教えるつもりでした。でも私、悔しいんです」


「悔しい? 何に対してだ?」


「アルフレッドですよ! あの爺、珍しく興奮して私に言ってきたんですよ。サイ様の剣術は天賦の才があるって! 剣術だけじゃなくて、武術もそうだって! 武神の再来だって! まるで自分のことのように褒めてくるんですよ! それを半日中聞かされてムカついているんです私!」


「そ、そうか……」



 まくし立てるリズに戸惑ってしまう。

 俺は昨日アルフレッドと剣の手合わせをした。邪道を使ったのに一本取るどころか掠りもできなくて俺としては少し悔しかったが、アルフレッドはそこまで俺を褒めていたのか。あの執事が俺を褒めることは余りないから、確かに珍しいな。


 それにしてもアルフレッドを“あの爺”呼ばわりか。

 年齢も含めてリズよりもアルフレッドの方が立場が上だと思っていたのだが、意外とそうでもないのだろうか。

 というより、何故リズがそこまで怒っているのか分からんな。



「私は悔しいんですよ。サイ様に剣術の才があるのは分かっていますけど、絶対に魔法の才能の方が上ですから!」


「そ、そうなのか?」


「はい、断言できます。ご自身で気付かれてないと思いますが、サイ様が内包している魔力はとんでもなく増えています。それは恐らく、サイ様が目を開けられた頃から魔法を使っているからでしょう」


「ふむ」



 魔法かどうか分からんが、確かに俺は目を開けたその時から鑑定眼を使っているな。



「魔法を使えば使うほど、内包できる魔力量は大きくなります。幼い頃から魔力欠乏症になるまでしていたら成長速度は恐ろしく早いです。ましてサイ様は生まれてからすぐ、ご自身の意志とは関係なく無意識ではありましたが、毎日使っておられました。ですので、サイ様の魔力量はとんでもないことになっています」


「そうなのか、いいことじゃないか」



 鑑定眼を使っていたお蔭で俺の魔力とやらは沢山あるらしい。


 徐々に鑑定眼を使える回数が増えていったのも、そういうからくりがあったからなのか。最初はこの能力に苦しめられて憎んでいたが、鑑定眼があってよかったことがまた増えたな。

 そんな風に思っていたら、リズが険しい顔を浮かべて怒ってくる。



「他人事のように言わないでください。本来魔法は危険なのですよ。体力がある大人ならまだしも、幼い子供が魔力欠乏症になると最悪死ぬ可能性だってあったんです。その危険な症状が、サイ様は毎日出ておられたのですからね。奥様がどれだけ心配したことか……」


「ぐぬ……」



 そうだったのか。

 初めて知ったが、俺はそんな危険な状態を繰り返していたのだったな。それなら母上が過度に心配してくるのも無理はないだろう。



「あれほど魔力欠乏症を繰り返してサイ様が死ななかったのは運が良かっただけです。赤ん坊が無意識で使ってしまうのは仕方ないですが、サイ様は一歳頃から自分の意思で使われていましたよね。私が心配してしつこく注意していたのに、全然聞かずに使っておられました。今でも使っておられますよね?」


「ぬぅ、すまないとは思ってる」



 素直に謝る。

 あの頃は異国の物や文字を調べるのに必要で鑑定眼をよく使っていた。多用はしなかったし、リズに隠れてしていたので気付かれていないと思っていたが、普通に気付かれていたらしい。



「幼い子供に魔法を使わせれば驚異的な速さで魔力量が増えますが、魔力欠乏症になって死ぬ危険性がある為、身体が耐えられるくらい大きくなるまで使わせません。使わせたとしても、練習用の簡単な魔法くらいです。私がサイ様に魔法を教えなかったのも、魔法の反動に身体が耐えられないと思っていたからです」


「そうだったのか……今はもういいのか?」


「だってサイ様、もう魔法を使っても気絶しませんでしょう?」


「そうだな」



 一年前までは調子に乗って使い過ぎると気絶していたが、ここ最近は鑑定眼をどれだけ使っても気絶しなくなった。まぁ、頭が痛かったり眠くなったりはするのだがな。



「それはサイ様が魔法に耐えられるだけの魔力量と耐性を身に着けたということです。と、お叱りはここまでにしておきましょう。早速魔法について教えようと思うのですが、その前にサイ様は魔法についてどれだけ知っていますか?」


「ほとんど知らない」



 俺も自分で調べようとしたのだが、屋敷には魔法に関する本が一冊しかなかった。それも魔法についての専門書ではなく、魔法使いが出てくるだけの物語だ。


 だから「魔法とは何だ?」と鑑定眼を使っても『魔法とは、魔力を媒介にして発動する術である』というふうにあやふやな答えしか分からなかった。

 なんとなく、魔法は忍術や妖術のようなものだろうと想像はしているがな。



「えっ、そうなんですか? ですがいつも鑑定魔法を使って色々なものを見ているじゃないですか」



 ほう、やはりリズは鑑定眼に気付いていたか。

 それもそうか、リズは俺が魔法で自分のことを見ていると見抜いていたしな。この際だ、リズには本当のことを伝えておこう。



「俺が使っているのは魔法ではなくて、ユニークスキルというものらしい」


「ユ、ユニークスキル!? それは本当ですかサイ様!?」


「あ、ああ……本当だ」



 鑑定眼がユニークスキルであると伝えると、リズは動揺してしまう。口元を隠すように手で多い、考えるようにぶつぶつと喋り出す。



「魔力反応があったのでてっきり魔法だと決めつけていましたが……スキルとは盲点でした。確かに、スキルならば無意識に発動してもおかしくありません。そもそも生まれたばかりの子が魔法を使うのはあり得なかったんですよ。何で気付かなかったんでしょう……私のバカ」


「おいリズ、大丈夫か」


「あっ、申し訳ございません。私としたことが取り乱してしまいました。まさかサイ様が使われていたのがスキルだとは思ってもいませんでしたから。サイ様はスキルというのはどういうものか知っておられますか?」


「ああ、なんとなくな。特別な能力なんだろう?」


「そうです。スキルは魔法とは違い、先天的に備わっている能力のことです。“ギフト”と呼ばれることもあります。鍛えられた能力がスキルに昇華する場合もありますが、早々ありません。スキルを持っている生物はそう多くはなく、ましてやユニークスキルなんて以ての外です」


「そうだったのか」



 そんな凄い能力を、俺は二つも備わっている。余りにも恵まれているな。



「サイ様のユニークスキルはどんな能力なのですか?」


「鑑定眼というスキルだ。何かを見ながら俺が知りたいと思った時、文字が浮かび上がる。その文字はステータスというものだ」


「そうでしたか。やはり鑑定魔法と同じ能力ですね。恐らく、鑑定魔法の能力がサイ様の眼に宿っているのでしょう。でも、鑑定程度ならユニークスキルとはなりません。恐らくもっと秘めた力が備わっていると思われます」


「そうなのか?」



 今のところ、ステータスぐらいしか見られないのだがな。

 リズの話が本当ならば、俺は鑑定眼の能力を発揮できていないことになる。だが、ステータスを見る以外のやり方が分からん。



「スキルも生物と同様に成長することがありますので、サイ様が成長すれば鑑定眼も成長するでしょう」


「そうか。それは楽しみだな」


「それにしてもサイ様、やっとご自身の秘密を教えてくれましたね。私は嬉しいです、サイ様がやっと心を開いてくれたみたいで」


「別に隠していた訳じゃないぞ。言う機会がなかったから言わなかっただけだ。聞かれていたら答えていただろう」


「あら、そうなんですか? 私はてっきり、サイ様は隠し事をしていらっしゃると思っていましたが」



 きょとんとした顔を浮かべるリズに、違うと首を振った。

 俺が隠していたのは鑑定眼のことではなく、前世の記憶を持って生まれ変わったことだ。これに関して今後も誰かに言うつもりはない。リズであろうともだ。



「本当にサイ様は子供ながらミステリアスなところがありますよね。まぁそれがクールで素敵なのですが」


「みすてり……? なんだそれは」


「神秘的、不思議な方ということです。因みにクールとはかっこいいという意味です」


「ふむ、そうか?」



 余りそんな実感はないのだがな。

 リズは俺のことを不思議でかっこいい子供だと思っていたのか。まぁ俺は普通の子ではないから強ち間違ってもいないだろう。かっこいいかどうかは知らんがな。



「と、話が脱線しましたね。サイ様が使っていたのは魔法ではなくスキルだったということで、改めて魔法というものは何かを教えましょう」


「よろしく頼む」


「魔法とはですね、魔力を通して世界に干渉し、火を熾したり水を出したりと、超常現象を発生させることなんです。魔術とも呼ばれますが、呼び方はどっちでも構いません。特に意味はないので」


「そうなのか(やはり魔法は妖術や忍術と同じようなものだったのか)」



 俺は妖術が使えないので詳しく知らないが、忍術についてなら知っている。


 忍術とは、体を巡っている“気”を使い森羅万象に干渉して自然を操る力だ。これは俺の考えだが、恐らく忍術と魔法は似通っている所があると思われる。


「魔法を使うには呪文を唱えなければなりません。見ていてください、【水を生む魔法アクリオ】」


「おお!」



 リズが言葉を発した瞬間、手の平から水が生まれて溢れ出す。

 凄いな! 本当に無から水を生みだしているのか! これが魔法なのか!



「(ふふふ、サイ様ったら子供のように顔を綻ばせて可愛いですね)どうですかサイ様、これが魔法です」


「うむ、初めて見たが感激したぞ。いったいどうやって水を生み出しているのだ?」


「魔法で世界に干渉することで、魔力を水に作り替えているのですよ。作り替えるだけではなく、元々ある物を操ったりもできます」


「なるほど、つまりこの水は魔力でできているという訳だな?」


「そういうことです。流石サイ様、理解が早いですね」


「一々おべっかなどしなくてもいい。それよりも、俺にも魔法を使うことができるのか?」


「はい、できると思いますよ」



 それを聞いて心が弾んだ。

 ついに俺も魔法を使う時がきたのか。早く試してみたいぞ。



「どうやるんだ? 教えてくれ」


「そう焦らないでください。まずは魔力を実際に感じることから始めましょう」


「魔力を感じる?」


「はい。魔力とは、身体に流れる力です。これを実際に感じないことには、魔法を使うのは難しいでしょう。サイ様、お手を拝借します」


「うむ」



 言われた通り両手を出すと、リズが包み柔らかく握ってくる。

 俺の手は子供だから、すっぽり包み込んでしまった。



「今から私が手を通してサイ様に魔力を流しますので、感じ取ってください。目を瞑った方がわかりやすいですよ」



「わかった」


「それでは、いきますね」



 俺が目を瞑ってからすぐ、リズの手を通してあたたかい力が流れてくる。ゆっくりではあるが、その力は確かに俺の全身を巡っていた。



「これが魔力です。わかりますか?」


「ああ、分かるぞ」


「流石はサイ様、やはり才能がありますね」



 思っていた通り、魔力とは“気”だった。身体の中にある力で、元気ともいう。

 忍術はこの“気”を使うが、魔法を使うにも魔力――即ち“気”を使うみたいだな。これなら俺にも魔法が使えるだろう。

 手を離したリズは、魔法について説明してくる。



「今サイ様が感じ取られた魔力を媒介に、決められた呪文を唱えることで魔法が発動します」


「呪文は必ず唱えなければならないのか?」


「いえ、そのようなことはありません。最初の一度だけ世界との通路パスを繋いでしまえば、呪文を唱えなくても使うことができます。それを“無詠唱”というのですが、無詠唱で魔法を使うのはかなり難しく熟練しなければなりません」


「そうなのか。魔法は凄いな」



 そこは忍術と違うところか。

 俺の知っている限り、忍術を使うには決められた“九字護身法くじごしんほう”を結ばなければならない。九字護身法の結び方によって、“気”の性質を変え多種多様な忍術を扱えるからだ。


 それに比べて、無詠唱というのは呪文を唱えなくていいので魔法を使うのに手間がかからない。これは大きいぞ。敵にどんな魔法を使うか隠せるのだからな。



「と、魔力を感じられましたし早速魔法を発動してみましょうか。サイ様、私がしたように手を広げ、魔力を集めてみてください」


「わかった」


「ええ、いいですね。では私に続いて復唱してください。【水を生む魔法アクリオ】」


「【水を生む魔法アクリオ】」



 ……。


 …………。


 全然出ないのだが!?

 呪文を唱えたというのに魔法が発動しない。リズのように水が出ない。これはどういう事だとリズを見ると、メイドは笑顔でこう言った。



「心配ありません。魔法というのは属性ごとに適正があり、その適正は人によって違うのです。【水を生む魔法アクリオ】は水属性の魔法ですが、サイ様には水属性の適正がなかったのでしょう」


「そうなのか……」



 どうやら魔法にも忍術と同じように性質の違いがあるようだ。

 俺には水属性の適正がなく、【水を生む魔法アクリオ】が使えなかったのだろうとのことらしい。



「落ち込まないで、他の属性の初級魔法を試してみましょう」


「わかった」



 気を取り直して、リズに教えてもらいながら様々な呪文を唱える。


 そこで驚愕の事実が発覚した。リズに教えてもらった全ての初級魔法を、俺は使うことができなかったのだ。

 全くの無反応で……魔法が使えると期待していた俺は膝から崩れ落ちてしまった。



「何故だ……何故俺は魔法が使えないのだ」


(そんな……信じられない。四大属性だけではなく、光や闇などを含めた全属性の初級魔法を試してみましたが、ついぞ魔法が発動することはなかった。魔力も感じられ、既に宮廷魔術師以上の魔力量が備わっているのに、サイ様には魔法の才が欠片も無いというの? ああサイ様、こんなに落ち込んでしまってなんておいたわしいのかしら……)


「糞ぅ、俺には魔法の才がなかったのか……」


「さ、サイ様……お菓子を食べに行きましょう! 美味しいチョコも用意しますから! 今日は特別に沢山食べていいですよ!」


「ああ……わかった」



 魔法が使えないと分かって落ち込んでいたら、同情したリズが慌てて菓子で気を引いてくる。リズなりに元気付けようとしてくれるのか、良いメイドだ。

 チョコか……そうだな、チョコでも食べないとやってられんかもしれん。


 はぁ……魔法、使ってみたかった。

 忍術は使えるのに……。



(ん?)



 今更気付いたが、生まれ変わった俺は忍術を使えるのだろうか?

 俺にとって忍術を使えるのは当たり前で、今まで使う機会がなかったが、そういえば一度も使ってなかった。

 糞、これで忍術まで使えなくなっていたらチョコを鱈腹食ってやるからな。

 そう思いながら、俺はやけくそ気味に九字護身法の印を結んだ。



「兵・者・闘・兵。土遁・土壁」



 ――ごごごごごごごごご!!



「な、何ですか!?」



 両手を地面につけた瞬間、ごごごと地面が強く揺れ、眼前の地面から土壁が隆起する。その土壁は前世の時より遥かに大きく、屋敷よりも高かくて度肝を抜かれてしまった。



「さ、サイ様……? いったい何をされたのですか?」



 目玉が飛び出るほど驚いているリズに、俺はおずおずとこう答えた。



「ま、魔法だ」


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