第伍話 3歳と歴史と異国での暮らし

 



「いいですか、若様。我が国はドラゴニス王国といって、ドラゴンと共存してきた歴史ある国なのです」


「ふむ……」



 俺は今、アルフレッドに歴史を教えてもらっていた。

 この一年で苦手な算術をなんとかある程度覚え、異国の文字も読み書きできるようになった。


 それもこれも鑑定眼のお蔭だ。鑑定眼は内容がすんなり頭に入ってくる為、アルフレッドに教えてもらうより覚えやすい。


 しかしリズから使うなと注意されているし、多用すると気絶してしまうので俺も余り使っていない。だが、勉強が苦手な俺がたった一年で文字を読み書きできるようになったのは鑑定眼があったからだ。


 算術と文字の読み書きができるようになったので、次は様々な勉強をしている。それで今日は歴史ということだった。


 俺が今いる異国はドラゴニス王国という名の国だそうだ。

 わかっていたことだが、日本でなかったことが少し残念ではある。



「アルフレッド、ドラゴンとはなんだ?」


「ドラゴンとは、他の生物を超越した偉大な生物です。身体は民家よりも大きく、口からは火を吹き、翼を広げ空を飛ぶことができます」


「そんな奇妙な生物が存在しているのだな」



 アルフレッドの説明を聞いて驚いた。

 実際に見ていないから鑑定眼を使えないので、アルフレッドにどんな見た目をしているのか聞いたら、大蛇に手足と翼が生えている生物と言われた。想像しかできないのだが、異国には奇妙な生物がいるのだな。


 民家よりも大きい生物が空を飛んで火を吐く……そんな恐ろしい生物が日本に襲ってきたらどう太刀打ちすればいいのだろうか。


 古き時代にはそのような大妖怪も居たらしいが、俺がいた時代では見掛けられなかった。当時は高名な陰陽師が大妖怪を討伐していたらしいが、果たしてドラゴンはどうやって倒すのだろうか。


 そのような疑問を問うたら、アルフレッドは「倒すなんて滅相もありません」と言い続けて、



「ドラゴニス王国の人間とドラゴンは固い絆で結ばれております。それは初代女王様が竜王ジークヴルムと盟約を交わし、共存の形を作り上げたからなのです」


「女王とは何だ?」


「女王とは、女性が王位に就き国を統治することです。もっと分かりやすく言うと、この国で一番偉いのが女性ということです」


「何だと?」



 ということはつまり、日本でいえば征夷大将軍が女であるということか。

 まさか女が国を纏め上げているとは……俺がいた日本では考えられんな。いったいどれほどの女傑だったのだろうか。



「因みに、ドラゴニス王国は建国以来から女王国家が続いています」


「そうなのか……なんというか凄いな」


「ええ。初代女王様、そして代々受け継がれてきた女王様と竜王ジークヴルムのお蔭で、ドラゴニス王国は守護され繁栄してきました。具体的に言えば、ドラゴニス王国には『竜魔結界』が張り巡らされており、悪しき魔物を国内に入れないようにしております」


「魔物とはなんだ?」


「魔物とは、魔力に支配された野蛮で凶暴な生物です。魔物についてはリズが詳しいので、彼女から教えてもらってください」


「わかった。竜魔結界というのは?」


「竜の力によってドラゴニス王国を覆う結界のことです。この結界がある限り、魔物は結界内に入ることはできません」


「ふむ……(わからん)」



 とにかくドラゴニス王国は竜に守られているらしい。

 魔物とやらは『竜魔結界』で、敵国には対しては竜が抑止力になっているそうだ。よくもまぁそんな都合の良い盟約を交わせたものだな。


 その盟約を結ぶのに、初代女王はどんな対価を払ったのだろうか。まさか竜といった妖怪の類が無性で力を貸してくれる訳ではないだろうし。



「そんなドラゴニス王国に、若様がおられるこのゾウエンベルク家も貴族の一員として仕えているのです」


「うむ、それは分かっている」



 武家や大名が幕府に仕えているようなものと同じなのだろう。

 前世ではその日を生きるのも大変な農民だった俺が貴族の子に生まれるとは、不思議なこともあるものだ。

 そう思いながら即答すると、厳格なアルフレッドが珍しく鳩が豆鉄砲を食ったような顔を浮かべた。



「そ、そうですか。自覚があるようで何よりです。話を戻しますが、ゾウエンベルク家は爵位の中でも辺境伯を授かっております」


「辺境伯とは何だ?」


「その前に、貴族の階級を教えましょう。貴族は上から順に、公爵・侯爵・伯爵・子爵・男爵・準男爵となっております」


「むっ、辺境伯がどこにもないぞ?」


「辺境伯は特殊な爵位でして、ある意味独立しているのです。ですが、階級でいえば侯爵と同格になっております。国境を維持する為に国軍と異なった独自の騎士団を含める軍隊を有する貴族であり、ゾウエンベルク家も魔物が跋扈する“大魔境”に接しており、我が国を守護する役割を担っております」


「ふむ、伯爵という事は上から三番目なのか。しかし、それにしては余りに小さくないか? ゾウエンベルク家は母上と父上と俺、それとリズとアルフレッドしか居ないだろう。それ以外に家臣は居ないし、領土は広いがそこまで栄えている訳でもない。どう考えても田舎貴族だ。とても爵位が高い貴族とは思えんのだがな」


(三歳にしてなんという理解力か。信じられないほど聡明な方だ。やはり若様はゾウエンベルク家きっての神童に間違いない。算術は覚えるのに時間がかかりましたが……)



 気になったことを問うと、アルフレッドはまた驚いた顔を浮かべて俺を見ていた。何か不味いことでも言ってしまったか? と怖れていると、アルフレッドはため息を吐きながら小さく口を開いた。



「若様がおっしゃる通り、ゾウエンベルク家は文字通り辺境の地域を授けられた田舎の貴族です。ですので、家臣も少なければ財が特別潤っている訳ではありません。『竜魔結界』がある為、魔物からの守護も実質やっていないのと同じです。ですから、他の貴族から軽んじられることもしばしばございます」


「やはりそうだったか」


「ですが、ゾウエンベルク家は国家から重要な役割を承っております」


「それはなんなのだ?」


「若様は聡明でありますが、教えるのはまだ早いです。若様が大きくなられましたら、ディル様から直接お伝えされる筈です。私から言えずに申し訳ございません」


「謝らなくていい。言えぬ事情があるのなら仕方がないだろう」



 やはりゾウエンベルク家には何かあるようだな。

 上から三番目に地位が高い爵位と同格だというのに、この田舎っぷり。

 にもかかわらず国から重要な役割を承っているというのはちぐはぐな印象がある。

 父上が弱者を装っていることに、何か関係があるのだろうか?



「まだ気が早いですが、若様もいずれはゾウエンベルク家の当主となる御方です。立派な当主になるべく、このアルフレッドも粉骨砕身となって若様を指導させていただきますぞ」


「ああ……頼む。そうだアルフレッド、お前は日本という国を知っているか?」


「ニホン……ですか? いえ、聞き覚えのない国ですね。もしかしたらどこかの小国なのかもしれませんが、私の知る限りこの大陸にはニホンと呼ばれる国は存在しておりません」


「そうか……」



 一縷の望みをかけて聞いてみたが、やはり知らなかったか。

 アルフレッドが知らないのも無理はない。日本は島国だからな。異国から未だに見つかっていないのかもしれん。

 でもやはり、一抹の寂しさを感じてしまうな。



「若様はニホンという国を知っておられるのですか?」


「いや、何でもない。忘れてくれ」


「そうですか」



 そう言うと、アルフレッドはそれ以上追及してくることはなかった。

 と、その時。こんこんと扉が叩かれ、お盆も抱えたリズが部屋に入ってくる。



「クッキーを作りましたので食べませんか? 紅茶も用意しましたよ」


「そうですか。なら休憩にしましょう」


「わかった」



 異国に生まれてから戸惑ったのは、文字や言葉だけではなく食についてもそうだった。

 前世では米や魚に漬物を毎日食べていて、祝い事などの日に狩った鳩や兎の肉を食っていたのだが、異国では日本で食べていたものが全くなかった。


 俺は米や魚や味噌汁が好物だったので、それらが無いと知った時は悲しくて勝手に涙が出たほどだ。


 なら南蛮人は何を食べているのかといえば、小麦を使って焼いたパンという表面が固くて中が柔らかいものだったり、牛からとれる乳を飲んだり、乳に野菜や動物の肉を入れて煮るシチューとやらを主食にしていた。


 パンやシチューも初めて食った時は味に驚いたが、食べやすく美味かった。が、やはり日本の食べ物が無いのはどこか物足りなく寂しく思ってしまう。


 しかも食べる時は箸を使わず、フォークやスプーンといった物を使って食べている。やはり、日本とは文化が全く違うのだと感じた。



「はいどうぞ、サイ様。紅茶はお熱いので冷ましてから飲んでくださいね」


「わかった」



 リズが俺の前に、クッキーが乗った皿と紅茶を淹れてくれたコップを置いてくれる。俺はカップを手に取り、甘い香りを嗅いだ後、そっと口にした。



「美味い」



 美味くてつい言葉が出てしまった。

 紅茶を堪能した後、皿に乗っているクッキーを手にして口の中に放り込む。



「美味い。リズ、美味いぞ」


「ふふ、それは頑張って作った甲斐がありました」



 クッキーはサクサクして甘くて凄く美味しい。

 俺は異国の食べ物より日本食の方が断然好みだが、甘味菓子に関しては異国の物が好きだった。


 異国の菓子は種類が豊富で、このクッキーだったり、パンと果物を組み合わせたようなパイというものがある。中でも黒くて甘いチョコというのが絶品で、初めて食べた時の衝撃は今でも忘れられない。


 残念なことに、チョコは贅沢品で余り食べられないそうだ。



「サイ様は甘いお菓子を食べている時、凄く幸せそうですよね」


「うむ、俺は甘い物が好きなんだ」



 前世でも俺は甘い菓子が好きだった。

 日本にもまんじゅうや小豆などあったが、俺の身分ではほとんど食べられなかった。だから、時々織姫様がこっそり分けてくださり一緒に食べている時が凄く幸せだった。


 その点、今世ではリズやアルフレッドが菓子を作ってくれるし、かなりの頻度で食べられる。貴族に生まれ変わってよかったことは、好物の甘い菓子を沢山食べられることだった。



「さっ、休憩したら再会しますぞ」


「わかった」


「サイ様、頑張ってください」



 甘いものを食べたお蔭か、疲れていた頭が回復した。

 これならアルフレッドのしごきにも耐えられそうだ。リズに感謝だな、頑張ろう。

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