第参話 1歳と鑑定眼

 



 どうやら俺は生まれ変わったらしい。

 到底信じられないが、この状況はそうとしか考えられない。何せ俺の身体は赤子のように小さくなっているからだ。


 生まれ変わってすぐの頃は、上手く考えることができなかった。

 それはこの赤子の身体に精神が引っ張られていたからだろう。


 目は開かないし、腹は空くし、無意識に泣くし、粗相はするし、一日中寝てばかりだし、不便で仕方がなかった。

 その上やっと目を開くことができたと思ったら、見知らぬ文字が宙に浮かぶという奇妙なことも起きるし、その後激しい頭痛が襲ってきて気絶するように眠ってしまう。


 それを繰り返して一年ほど。

 徐々に目を開けていられる時間が増えていき、今では半日以上も起きていられるようになったのだ。それに連動するかのように、思考も十分働くようになる。


 その時になってやっと、自分が生まれ変わったことに気付いたのだ。

 はっきりとそう理解したのは、自分の身体が赤ん坊であると気付いた時だった。


 俺には才蔵という前世の記憶がある。

 戦災孤児となり半兵衛に拾われ忍びとして育てられ、藤堂義秀様のお屋敷で暮らし、主君の織姫様と共に平和な時を過ごしていた頃の記憶が。


 その最後の記憶では、百の兵士と戦った後に燃え盛る屋敷に戻り、死に際の織姫様と会話をしていた。

 逝ってしまわれた織姫様の後を追うように、主君をこの腕に抱き締めながら燃え崩れる屋敷と共に俺も死んだのだ。


 そう……俺はあの時死んだ筈なのだ。

 しかし、俺は目を覚ました。だから俺は今まで自分が生き残ってしまったのだと思っていたのだが、そうではなくて新しい命に生まれ変わっていたのだ。


 しかも俺が生まれ変わった場所は日本ではなく、恐らく海の外にある異国だろう。


 何故そう思ったのかといえば、俺の新しい親は日本人ではなく南蛮人だからだ。まず見た目が日本人ではないし、話している言葉も全く分からない。

 それに加え、家や物の構造が明らかに日本のものではないのだ。見たことがない物ばかりで、日本でないことは明らかだ。


 まさか日本ではなく異国に生まれ変わるとは思いもしなかった。

 しかも、前世の記憶を引き継いだまま。


 何故このような奇妙な事が起こってしまったのだろうか。

 まさか俺が、死ぬ間際に生まれ変わっても――などと考えていたことが偶然仏様に聞き届けられてしまったからだろうか。


 なんにせよ、主君である織姫様が居ない世に生まれ変わっても喜ばしいことは一つもない。しかしながら、仏様にいただいた新しい命を粗末にするような罰当たりなことをするつもりもない。


 命を粗末にするような罰当たりはしないが、俺は今世で生きていく意味を見出せなかった。

 何故なら才蔵には、織姫様が全てだったからだ。



 ◇◆◇



「ふむ、相変わらず新しい顔には馴染めないな」



 鏡に映る赤ん坊自分の姿を見ながら、眉を顰める。

 まだ幼子ではあるが、俺の顔は前世に似ていた。黒い髪に黒い瞳。でも顔の形は親譲りというか南蛮人寄りであった。

 目鼻立ちがくっきりしている顔は未だに慣れていない。



「ふぅ……」



 この顔を受け入れられる日が来るのかとため息を吐いてしまう。

 因みに俺は南蛮人が使う異国語を多少覚え、したったらずだが喋ることもできていた。

 初めは何を言っているのか全く聞き取れず理解できなかったが、ある時期に覚えられるようになる。


 その時期というのは、目を開けられる時間が増えて思考が働くようになった頃だ。

 前世の知識があったからか、それとも赤ん坊の脳の吸収力が凄まじいのかは定かではないが、家族の会話を聞いている内にあっという間に言葉を覚えることができた。


 だが、言葉を早く覚える要因となったのは他にもある。

 俺は鏡に映る自分に向かって、言葉を発した。



「“お前は誰だ”」



 そう告げた瞬間、鏡に映る俺の頭の上に見慣れない文字が浮かび上がる。言葉は喋れるようになったが、異国の文字はまだ覚えられていない。

 字を読むと何故か疲れてしまうんだ。しかし、浮かび上がる文字は読めない筈なのにどんな内容なのか理解できてしまう。



『ステータス

 名前・サイ=ゾウエンベルク

 種族・人間ヒューマン

 レベル・1

 ユニークスキル・【鑑定眼】【忍術】』



 目を開けられるようになってから飽きるほど見た文字列だ。

 この文字列に俺は散々悩まされた。文字列が現れた瞬間、頭痛が襲ってきて気絶するように眠ってしまうからだ。目を開けたばかりの頃は自分の意識に反して浮かんでしまうので厄介極まりなく、どれほど苛立ったことだろうか……。


 何故この文字列が浮かび上がるのか。

 その理由がやっと分かった。文字列が浮かぶ条件は、“俺が何かを知りたいと思った時”に浮かんでくるのだ。


 思い返してみると、文字列が浮かぶ時はいつだって“この人間は誰だ?” や“これは何に使う?” と疑問を抱いた時だった。


 ではこの文字列はいったい何を意味しているのか。

 まず一番上の“ステータス”とは何だと初っ端から躓いてしまったが、これは思わぬ形で判明した。


「“ステータスと何だ”」


 そう口にすると、新たな文字列が浮かび上がる。



『ステータスとは、個体の存在や能力値である』



 このように、知りたいことを深堀することでより詳しく知ることができる。

 そして驚くことに、俺が今まで散々悩まされたこの文字列は全て“ステータス”を指し示していたのだった。


 次は名前のサイ=ゾウエンベルク。

 サイが名で、ゾウエンベルクが家名。今更だが俺の新しい名前だ。


 前世は才蔵であったが、今世はサイという名前らしい。響きが似ているのは運命的なものを感じてしまう。名前など正直どうでもいいが、呼ばれ慣れている響きなので誰かに呼ばれた時に間違えることはなさそうだ。


 その次は種族・人間。

 これは文字通りの意味だ。俺は人間ということらしい。他の生き物で例えると、牛の種族は『動物』、蝶ならば『昆虫』という風になる。


 その次は“レベル”というものだ。

 これに関しては全く分からなかったが、深掘りしてみるとレベルとは“個体の強さ”という意味だということが分かった。


 “1”という文字は数字というもので、俺が知っている言葉だと“一”と同じ意味を持っていた。つまり“レベル1”は尤も弱いということだ。


 それは仕方がないだろう。俺はまだ赤ん坊なのだから。

 が、どうやらレベルというのは成長するにつれ上がるらしい。


 次はユニークスキルというもの。

 これに関してもさっぱりだったが、どうやらスキルとは“特別な能力”だそうだ。

 さらにユニークスキルというのは、スキルの中でも“特別優れた能力”なんだそうだ。その特別な能力を、俺は二つも持っている。


 その内の一つは【忍術】。

 これは元々俺が忍びで、忍術を使えるからだと思われる。なので俺としては別に優れた能力でもなんでもないのだが、異国では特別な能力みたいだ。


 最後に【鑑定眼】というスキル。

 このスキルが、俺を苦しめた元凶だった。



「鑑定眼とは何だ」



 鏡に映る自分へそう聞くと、新たな文字列が浮かび上がる。



『鑑定眼とは、万物を解析、評価、判断をして結果を決定する眼である』



 難しいことが書かれているが、要は“知りたいことがあったら何でも教えてくれる便利な眼”ということだ。


 例えば、すぐ横にある紙の束。

 俺がこれを見ながら「何だ?」と知りたがると、『これは本である。本とは、物語や図鑑といった書物のことである』と文字が浮かび上がり紙の束が何であるかを教えてくれるのだ。


 この鑑定眼は、見慣れぬ異国の物を知る時やどう扱えばいいのか困る時に非常に役立つ。

 言葉を早く覚えられるようになった要因が他にも一つあると言ったが、実はこの鑑定眼によるものだった。

 特別のさらに特別なユニークスキルということだけはあるだろう。


 だが、この優れた鑑定眼にも欠点がある。

 その欠点とは――、



「うっ……」



 頭痛が襲ってくる。

 しまった……調子に乗って使い過ぎてしまったか。


 鑑定眼の欠点は、使い過ぎてしまうと頭痛と眠気が襲ってきて気絶してしまうことだった。生まれ変わってからの俺が散々悩まされた元凶は、この鑑定眼であったのだ。


 今だからこそ分かるが、鑑定眼を使うと体力を物凄く奪われてしまう。

 生まれてからすぐに目を開けられなかったのは、恐らく鑑定眼を使わせないように無意識の内に身体が制限をかけていたからだろう。


 もし体力もない生まれたばかりの俺が鑑定眼を使ってしまったら、疲労に耐えられずすぐに死んでいたかもしれない。


 長い間乳を飲んで十分な体力をつけ、やっと目を開くことができたのだ。まぁ、開けられるようになってもすぐに鑑定眼を使って気絶してしまったのだがな。


 しかし、何度も使って気絶することを繰り返していく内に、徐々に使える回数は増えていった。一年経った今では、かなり長い間使えている。


 何故このような摩訶不思議な能力が俺に備わっているのかは分からないが、異国での新しい生活に役立っているからよしとしよう。正直、鑑定眼がなければ俺はもっと混乱していただろうしな。



「くそ……眠い」



 使い過ぎには気をつけねばなるまいと注意しつつも、鑑定眼は便利な能力で面白くもあるから、ついつい調子に乗って使い過ぎてしまい今のように急激な眠気が襲ってくる。


 この眠気に抗うことはできず、俺はその場に横になって気絶するように眠ってしまった。

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