右指蠱毒・中編

 私はそれから仕事から帰ってきてから、毎晩兄の遺品を探った。しかし、『右指蠱毒』についての手がかりは無かった。諦めようとしたが、父方の叔父さんなら何か知っているかもしれないと思った。叔父さんは早くに死んだ父に代わり実家を管理してくれている。叔父さんに一度帰りたいと連絡すると快く了承してくれた。



 列車に揺られること数時間の場所の田舎にある実家を目指した。懐かしい道を歩くと子供の頃の思い出が溢れる。田舎道をそんな感じで歩いていると、あっという間に実家に着いた。外見はよくある日本家屋だ。インターホンを押すと叔父さんが出てきた。


「お帰り、葬式以来だな……。上がってくつろいでな。」


「救急連絡して、申し訳ないです。」


「いいよいいよ、いつでも頼ってくれて。」


 居間に入り荷物を置いて、そのまま隣にある仏間に入った。仏壇には新しく兄の写真が置かれている。線香を立て、手を合わせた。目から涙がこぼれそうになった。


「受け入れたつもりなのに……。」


 ぼそぼそと呟いた。気を取り直して居間に戻った。戻ると叔父さんがちゃぶ台にお茶を配膳していた。


「なんだ、手を合わせたくなっただけか?気持ちの整理がしたくなったら、いつでも来いよ。」


「今日はある事を聞きたくて来たんです。」


 鞄の中から『右指蠱毒』の書物と箱を取り出した。叔父さんはそれらを見ると少し困った表情になった。


「その感じだと、何も聞いてないか……。」


「いえ、書物の方は知り合いに読んでもらって、『右指蠱毒』の内容と蠱毒の力は既に無くなっている事は分かっています。その知り合いは神主さんで内密にとお願いしてるので人にむやみに話さないと思います。」


「そうか、大体分かってるんだな。付け加えると、まだ蠱毒の力はある事ぐらいだな。」


「どういう事ですか?」


「箱の中は十本の指が入っていて、右手の指が力が無くなった指で、左手の指が初代の指で、蠱毒の力が残っているから、扱いには気をつけないといけないからな。」


「『右指蠱毒』は右指しか呪物にしないと書かれていると聞きましたが……。」


「ああ、当時の身内の中で勝手に左手の指まで呪物にした者がいて、話がややこしくなるから、左手の指の存在を無かったことにしたんだ。かと言って簡単に処分できる代物ではないからな。」


「でも神主さんは何も感じないと言っていましたが……。」


 叔父さんの顔が青ざめた。


「本当か……?」


 叔父さんの唇が細かく震えている。ひどく同様している。


「神主さんが嘘をつく理由がないので間違いないと思いますが……。」


 叔父さんは足がおぼつかない様子で廊下にある固定電話まで歩きどこかに電話をかけ始めた。


「今日は家に泊まっていくよな?」


「数日休みを貰っているので大丈夫ですけど…。」


「そこそこの人数呼ぶから居間を片付けといてくれないか?」


「はい……。」


 私はこんなに取り乱している叔父さんを見たことなかった。



 しばらくして、身内が数人と近くの神社の神主さんが集まった。日は既に傾き始めている。


 居間に全員が集まり、異様な空気が漂っている。心なしか天井の灯りも薄暗く感じる。


叔父さんが状況を一通り説明を終わらせた時、ちゃぶ台を挟んだ向かい側に座っていた頑固そうな中年の男性が私を睨み付けてきた。


「相続の時に何も聞いてねぇとか、不自然にも程がある。お前、嘘ついてないよなぁ!」


 低い声が家中に響いた。突然ヘイトが向けられ驚いて声が出ない。周りの人達はざわめき始めた。


「若い子をいじめない。今はあの呪物の所在を特定せねば……、と言っても手がかりが無い以上箱の中を確認するしかないがな。」


 白髪のお婆さんの言葉で居間は静かになった。


「家の隅々に御札を貼ったので、悪いモノは入ってきません。」


 神主さんがどこか険しい表情で発言した。


「それでは、お願いします。」


 お婆さんがそう言うと、神主さんはちゃぶ台の上にある箱の御札を丁寧に外し始めた。箱に大量に貼られた御札が一枚、また一枚と剥がされていく。そこにいる人はその様子から目が離せない。そして、最後の御札が剥がされたとき箱が開かれた。


 中から取り出されたのは、黄ばんで汚れた御札の塊だ。それが五個入っていた。あの中に指が入っているんだろう。


「お話しの通りこの箱の中には悪い物は入っていません。もし、本当に紛失した場合は取り戻すのは難しいでしょう。」


 その場にいる全員が諦めの表情をした。私はどのような表情をしていいか分からない。


「もう一つ、ついでにお話しすると御札が大分前に貼り直されたような形跡があります。偽装しているので、私たち神主の様に御札を扱える霊能力者が外部から協力した可能性があります。なので深入りは危険かと。」


「手がかり残ってるのに、諦めろって言ってんのか!」


 また私の正面に座っているおっさんが騒ぎ始めた。


「いい加減せんか!」


 お婆さんの鶴の一声でおっさんは縮こまった。


「今晩はありがとうございました。神主様の助言通り、今回の件は大人しくさせていただきます。」


 お婆さんは丁寧に神主さんに頭を下げた。


「それでは、改めて御札を貼り替えるのもうしばらくお待ちください。」


 神主さんはそう言うと御札の塊を剥がし始めた。私は思わず目を背けた。


 しばらくして、箱の蓋を閉める音がした。そして箱にも念入りに御札を貼り付けている。


「終わりました。お祓い等は必要ないので今晩は失礼させていただきます。」


 神主さんはそう言うと疲れた様子で帰って行った。すると私の正面にいたおっさんを含めた何人かも帰って行った。



「やっと終わっなぁ。老人を労ってくれぬか?」


 お婆さんが私を見て話しかけてきた。お婆さんに促されるままに、肩を揉みを始めた。



「若いのに厄介ごとに巻き込んですまねぇな。」


 なまった発音と優しい声色が耳に心地よい。


「いえいえ、私の兄か父が仕出かした事なので……。」


「ひ孫に迷惑かけたく無かったのになぁ。あの、呪物のおかげで親族関係がギクシャクしてなぁ……。」


「ひ孫?」


「そうだな、儂の記憶が正しければお前さんは儂のひ孫じゃ。とりあえず今回の件は誰も悪くないから、お前さんも気に病むんじゃねぇぞ。」


 お婆さんと話して私の心は少し楽になった。それと当時に死んだ父と兄についてもう少し調べてみようと思った。





 

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