右指蠱毒・左指蠱毒

彼岸 幽鬼

右指蠱毒

右指蠱毒・前編

 今私の前には、古めかしい書物と御札が大量に貼られた長方形の木箱がある。これらは、兄から相続した物だ。両親共に早くに亡くなり、先月兄まで死んだ。その兄から相続した不可思議な物だ。兄は病死だが、あの不思議な物についての説明は無かった。遺書にもそれらしい事は書いていない。


「呪物にしか見えないよね……。」


 ぽつりと呟いた。部屋の中は静寂に包まれている。


 古めかしい書物の文字は江戸時代の人が書いたような字体で素人には読めない。無知な自分に少し苛立ちを覚えるのと同時に兄はなぜ何も教えてくれなかったのだろうと疑問に思った。


「変な置き土産押し付けて……。呪物の相続なんて聞いてない!」


 私は諦めて知り合いの神主の伊藤さんに見てもらうことにした。


 連絡をすると話を聞いてくれることになった。対処出来ないくらい危ないものでなければ神社の方で処分してくれるという。数日後に時間を空けてくれた。



 空けてくれた日時に神社に行った。そこまで大きくはないが、きれいに管理されている神社だ。御神木は大きなクスノキだ。お参りを済ませ、社務所に向かうと伊藤さんが待っていてくれた。中年男性で無精髭を貯えている。


「今日はよろしくお願いします。」


「いえいえ、個人的興味があったので。話を聞く限りでは、そこまで危ない物ではないと思うので社務所の和室で話しましょう。」


 社務所の和室に案内され、例の書物と木箱を取り出した。


「これが……、話で聞いたとおりですね。危ない気配がしないので呪物ではないですね……、でも悪いモノを引き寄せているような……。」


 伊藤さんは独り言のように目の前にある物を分析し始めた。


「あの……、と言いますと?」


「あっ、すいません。自分の世界に入りすぎましたね……。まあ、簡単に言うとこの物自体が悪い物ではなく、周りにいる悪いモノを引き寄せる感じですね。だから、魔除けの御札が貼られているんだと思います。」


 伊藤さんの分かりやすい解説に感心した。


「なるほど、だから私に実害が出ないのか。私は何かを封印してる御札なのかと思ってました。」


「そうですね、この御札はあくまで魔除けの役割で貼られています。効力もまだ続いています。それでは、こっちの書物を拝見しても?」


「どうぞ。」


 私は伊藤さんに書物を手渡した。伊藤さんは興味深そうに読んでいる。


 数十分後、伊藤さんが書物を閉じて、こちらを向いた。


「どうでしたか?」


「いえ、よくある呪物に関する記録かと思いましたが、この箱について詳しく書かれています。お兄さんは長男ですよね?」


「はい、そうですが……。何か分かったんですか?」


「この書物は『右指蠱毒』と言う題名です。そして、一族でも長男のみが所有を許されていると書かれています。中々ショッキングな内容なので……、聞きますか?」


 伊藤さんは真剣な顔で聞いてきた。


「お願いします。」


「まず、蠱毒について知っていますか?」


「はい……、確か密閉空間に虫を入れて殺し合いをさせて、生き残った虫を呪詛と呼んで呪いたい相手に送り付ける、だったような気がします。」


「大体そんな感じです。地域によって方法や目的に少しずつ違いがありますが、今回のこの書物には『右指蠱毒』について書かれています。この書物を要約すると、まず通常の蠱毒を行い、呪詛を食らいその力を得ると言う方法です。」


「虫を食べるんですか!」


 驚いてそこそこ大きい声が出てしまった。


「はい、それも穢れや呪いを凝縮した猛毒を食らったと書いています。そして、食べた当人は数日後に死んでいます。」


「でも、力を手に入れても死んだら意味が無いんじゃ……。」


「そこで行ったのが、右手の指を呪物に加工して、次の当主に力を受け継ぐと言う方法を行ったんです。」


「なるほど、だから長男のみが所有を許されてるのか……。でも、指を呪物にしてどうやって力を受け継いでいくんですか?」


「食べるんですよ。」


「………。」


 理解できずに私は声が出せなかった。いや、理解したくなかったと言うのが正しい。


「親の右手の指を食べ、力を受け継ぐを繰り返していたようです。そして、繰り返すうちに毒も力も無くなってしまったと書かれています。」


「じゃあ、なぜ指で行う必要が……。人間の別の部位でも良くないですか?」


「確かに、そんな考え方も出来ますよね。でも、指は呪術的には比較的安定した依り代として使われる事が多いんですよ。」


「依り代?」


「力は依り代つまり器に入れて保存した方が安定するんですよ。一度器に入れて、確実に受け継いでいこうとしたんでしょう。しかし、この箱に入っている指は何の力も感じない。つまり、器だけになっているんですよ。」


「蠱毒の力が無いなら、ただの指なのでは?」


「そうなんですよ!この指は器として加工されている。しかし、蠱毒の力は無くなり器だけになった。呪物としては不完全ですが、箱を開ければ話は別です。」


 伊藤さんは興奮気味に熱弁している。


「悪いモノが引き寄せるのって……。」


「そうです、依り代を必要としているこの世にさまようモノ達です。この世に留まり続ける事が難しい存在が入りたがっているんですよ。おそらく、その中にあまり良くないモノも引き寄せています。でも、魔除けの御札がそれを阻止しています。」


「つまり今は安全だと?」


「そうですね、所有してても直接的な害は無いと思います。おそらくあなたの家系の物だと思いますが、『右指蠱毒』の儀式としては終わっているも同然なので、手放しても問題ないと思います。こちらの神社で供養してもいいですよ。」


「なるほど……、でも兄がこんな重要な事を黙って死ぬのが不自然で……。今一度兄の遺品を探ってから考えます。」


「分かりました。何かあったらすぐに連絡してください。」


 こうしてその日は持ち帰ることにした。そう言えば、私の先祖は蠱毒の力をどのような事に使ったのか疑問に思った。

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