第2話

 Fランク探索者の収入はあまり多くない。だから一日二件をやったりするのだが、僕は囮役しかできず体力的に厳しいので一件でいっぱいだ。


 できれば装備を購入したいところだけど、全ては家賃と食費に当てている。


 お父さんは母さんが家を出た十年前から仕事を辞めていて、十年間は備蓄で何とか生活はできたが、今のお父さんに備蓄はもう残っていない。辛うじて家の平屋は大家さんが優しい方で安く貸してくれている。


 それでも二人分の食費を賄えるほど儲けは出ず、装備を整えることは非常に難しい。


 以前は装備を整えるために食費を減らしてみたが、お父さんを酔わせて眠ってもらった方が効率がよかった。あまり元気なうちに殴られてしまうと体の疲労が溜まって却って翌日にゲートに参加するのが難しいから。




 街の中心部にある探索者ギルドにきて、今日の依頼はないかナビゲーターを覗く。


 毎日のようにゲートが出現するがその分探索者の数も多く、中には会社みたいに運営する『クラン』というものを組んでいる探索者達もいて、そういうところが一瞬でかっさらったりする。


 Fランクは基本的に放置されがちだが運が悪いと、上位クランの探索者が一人で依頼を請け負ったりする。


 依頼が出るまで待機……する手もあるけど、何もないまま待つより、どこか空いた力仕事がないか探しに行ってみるか。


 ギルドを出て昨日のゲートが出たところを目指して歩く。


 ゲートが現れる場所は完全にランダムになっているが、現れた際、最初は非常に小さなブラックホールみたいな形をしており、少しずつ大きくなり、丁度六時間で展開される。その際に巻き込まれた建物などは全て中に吸収され消える。


 しかも、ゲートが現れるのはビルなどの建物によく現れるため、その被害はとても大きいものになっている。


 昨日のゲートも小さなビルが削り取られていた。


 そうなるとゲートが消えた後は、残った瓦礫があり、臨時でそれを片付けるバイトがよく出るのだ。レベルの高い探索者なら一人で全部片付けられるが、探索者は基本的にゲート内で狩りをするので、こういう片付けは弱者の仕事になっている。


 昨日のゲートのところに向かっていると、たまたま通りかかった橋の下に成長途中のゲートの姿を見つけた。


 こんなところにもゲートが……しかも、橋の下って……下手したら大惨事になるんじゃないのか!?


 ゲートの前に何人かの人が眺めているのが見えた。


 そのとき、成長途中のゲートの正面に亀裂が走り、一人の男が外に出てきた。


飯島いいじまさん。中はCランクでした」


「Cランクか。大したことないな。じゃあ、攻略してしまおうか」


「ですね。今日は追加報酬がうまそうだ~!」


「おいおい。まだ一人足りねぇんだから油断すんな。のり! 急いで探索者一人見つけてこい」


「まーた俺っすか!?」


「他の奴らだと時間かかるからよ。頼むぜ」


「へいへい……ん?」


 則と呼ばれた男と目が合った。


「お~い。お前も探索者か~?」


「ぼ、僕ですか?」


 彼が一瞬で僕の前に走って来た。その速度だけで彼が上位の探索者なのがわかる。


「すまん。ちょっと頼みがあってよ。ゲートブレイクは知っているな?」


「え、ええ……」


 ゲートブレイクというのは、成長途中のゲートの中に入ることを指し、ゲート成長により建物の被害を減らせるとして、政府から特別報酬が出るくらいだ。もちろん、対象の建物と被害の度合いによって額が大きく変わる。


「実はさ、俺達が見つけたあの橋の下のゲートなんだけどさ。ブレイク申請するにも人数が足りねぇんだ。もし探索者なら一緒に入ってくれねぇか?」


「え、えっと……」


「心配すんな! 中を先に見てもらったけど、Cランク相当のゲートだぜ。俺達は普段からBランクゲートを攻略してるし余裕だ。お前さんは後ろから付いて来てくれるだけでいい。何なら外で待っていてくれていいけど、そのときは報酬は山分けじゃなくて一定額を払わせてもらう。どうだ?」


 そもそもゲートに入るのは誰でも自由にできるが、基本的には国に申請をしなければならない。その一番の理由は、ゲートの中で取れる魔石。それも大きな資源になる。


 でもゲートブレイクは建物への被害を防止する意味が大きいので、唯一魔石採取を無視して攻略をする申請ができる制度だ。魔石を取るよりも建物を守るという意味合いが大きいから。


「ほら、あの橋よ。もし喰われたら大破してかなり被害が出る。ブレイク審査さえ通れば、かなりの額の報酬が出るはずだ。今までの経験からして山分けだと八人だから一人――――大体五百万くらい貰えるんじゃないか?」


「五百万!?」


「おうよ。もし外でいいってんなら、五十万支払ってやる。待ってるだけでお金が貰えるんだからいいだろう? どうだ?」


 待つだけなら五十万……一緒にゲート内に入れば五百万……。


「一応さ、世間体的にも一緒に入らないと山分けはさすがに厳しくてよ。悪いな」


「い、いえ……山分けが欲しかったら一緒に入るだけでいいんですよね……?」


「もちろんだ。Cランクなら俺達全員が戦うまでもなく勝てるはず。それより速くしてもらいたい。橋に少しでも被害があると報酬が激減するからよ。時間との勝負なんだ。中に入ったら全力で走ることにはなるが、あんちゃんまだ初心者っぽいし、護衛も付けてやるよ」


 昨日のようにFランクゲートの依頼をこなした場合、あれだけ苦労をして手に入るのは大体一万円。


 待つだけで五十倍……中に一緒に入るだけで五百倍!


 もし強い武器が買えれば、僕でもFではなくEランクやDランクに行ける。そうなれば……レベルを上げて強くなるかもしれない。


 僕に残された時間はあと半年……。それを過ぎれば妹は死を迎える。


 その前に彼女を治す手立てを見つけなければならない。


 絶対に……ゲート内にこそ結月を治す手立てがあるはず。僕はそれを見つけなければならない。最愛の妹を……いつも笑顔だったあの子にまた笑って欲しいから。


「――――一緒に行かせてください。足手まといになるかも知れませんが……荷物持ちでも何でもやります」


「助かるぜ~! じゃあうちらの荷物を少し持ってくれ。それに戦う必要はないんだからそう構えなくて大丈夫。だって、うちのメンバーにはゲートをブレイクさせれるくらいの実力者がいるんだから心配すんな」


「わかりました……!」


「じゃあ、みんなを紹介するぜ」


 それから則さんに連れられパーティーメンバーに挨拶をした。


 リーダーである飯島さんのスマートフォンで情報を入力。七人と僕を入れて定員八人をクリアして、僕は彼らと一緒に成長しているCランクゲートの中に入ることになった。






 ――だが、このときの僕は知らなかった。ゲートに入っていく彼らが下卑た笑み浮かべていたことを。

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