第131話
ドルトは黄昏亭へと向かった。
装いは騎士としての格好から私服へと着替えている。
しかし、胸まわりや大腿部、臀部などは衣服をこれでもかと盛り上げており、その頑健な体格をこれ以上にないほど主張していた。
さらに、衣服自体も華美ではないものの貴族のそれと同じであるため、従者も連れずに歩いていることが周囲に違和感を与えている。
そして腰の帯剣と時折発する鋭い眼光が何者も寄せつけなかった。
すれ違う者たちは黙礼を行い、呼び込みの声で活気のあった店は、ドルトが通るタイミングで口を閉ざしていく。
庶民の貴族に対する礼儀作法というものは様々だが、騎士然としながらも高貴な印象を持たせるドルトに対しては黙礼が最適と判断されたのだろう。
目を合わせず、彼の視界に入る距離になると会釈のように頭をたれる姿が多かった。
戦時中であればこのように街中を歩くことなどなかったのだが、平時の今はたまにひとりで散策するように歩くことがある。
民衆は今と同じように黙礼をくれるのだが、若い頃の自分は彼らとそれほど違わない身分だった。
功績を上げて叙爵され、貴族の仲間入りを果たしてから久しい。それ以上に、戦いの中で拭いきれない血の匂いと威圧感を身につけてしまったことを改めて自覚する。
もう気兼ねなく一般の者と会話を交わすことも難しいだろう。
わずかな寂しさと懐かしさを感じながら歩みを進めていたドルトは、いつの間にか歩幅を合わせて隣を歩く男がいることに気がついた。
「!?」
過去を振り返り哀愁を感じていたが、気を抜いたつもりはない。
いつからだ。
この男はいつから私の横にいた?
直視するといきなり戦闘に及ぶかもしれない。
殺気を感じるわけではないが、掴みどころのない不気味さがあった。
存在感がまったくなかったのである。
どうすれば人はこのように無になれたというのだろうか。
暗殺者や斥候の類なら、過去に何度となく相対したことがあった。彼らは等しく自らの気配を消しながら暗躍する。
しかし、隣にいる奴はそれとは違った。
こいつは今、ワザと自分の存在を知らしめている。しかも、厄介な相手であると自己主張しつつも、周囲からは目立たないような形でだ。
戦場で一騎討ちを挑んでくる猛者どもが放つ覇気を内包し、それを自分に向けてだけ少しずつ漂わせてくるような奇妙な感覚。
ドルトは年甲斐もなく胸を高鳴らせた。
こいつは間違いなく強い。
自己主張するような気を発せなければ、自分は気づかずに葬られていたかもしれない。
一度、剣を交えてみたいと思った。
刺客などではないだろう。自分の命を狙っているなら悠長なことはしていないはずだ。
気づかれずに近づいた時点で一撃を加えていておかしくない。
だとすると例の男の可能性が高かった。
「ただのタレコミ屋ではなかったようだな。」
ドルトはストレートにそう言い放った。
しかし返答はない。
「む?」
無視をするのか?
いや、しかし⋯隣に並んで歩いているくせに、そうしたところで何か意味でもあるのだろうか。
ドルトは視線を投じることにした。
それで一触即発なんてことにはならないだろう。
「⋯⋯⋯⋯」
隣を見た。
しかし、そこには誰もいなかったのである。
つい先ほどまでは確かにそこにいたはずだ。
「いつの間に⋯⋯」
黄昏亭を目前にして、ドルトはモヤモヤとした気分になった。
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