第130話

この都には多くの宿泊施設が存在する。


駆け出しの行商人や冒険者が利用する一泊いくらの安宿から、こちらに別宅を持たない貴族御用達の高級宿まで各エリアに分かれて営業していた。


その中で金鷲騎士団長ドルト・テッケンガーが目をつけたのは、老舗の高級宿泊施設である黄昏亭である。


「なるほど、黄昏亭が宿泊客に無償提供している便箋ですか。」


「そうだ。黄昏亭は最高級宿とまではいかないが、名の通った商人や高位の冒険者が好んで利用する宿として有名でな。貴族ならば家紋の透かしが入った封筒や便箋を使うが、黄昏亭を贔屓にしている顧客にはそのような特注品を使う者はいない。しかし、長期滞在する客からの要望が多く寄せられて、数年前から黄昏亭独自の便箋と封筒を提供するようになった。そして、その便箋や封筒には特徴があり、タレコミ屋が使用するものと一致する。」


「特徴というのは、便箋や封筒の色ですか?」


「黄昏亭は季節ごとの草花を使用して染色されたものを使うからな。それを意匠として登録しているため、類似品はないと聞く。」


「お詳しいですね。」


「黄昏亭の主人が古い友人なのだ。」


「なるほど。秘密主義のタレコミ屋も、団長の交友関係までは見通せなかったということですね。」


「事は慎重を要すがな。職業柄、下手な間違いでは済ませられない。万一、宿泊客が目的の人物と相違した場合、黄昏亭の信頼を著しく落とすことになる。だからタレコミ屋の特定に人員はいらない。」


「まさか、団長自らが訪問される気ですか?」


「その方が黄昏亭にとっても、金鷲騎士団にとっても良いだろう。」


副団長は瞬時に思考を巡らせた。


黄昏亭のような宿泊施設は、客を選ぶ高級宿である。例えタレコミ屋が裏稼業の者であろうと、金払いが良く素行にも問題がなければ上客に違いない。犯罪容疑でもなければ、宿泊客の情報を第三者に漏らすなどタブーだといえる。


団長には黄昏亭とのつながりがあり、その伝手で情報を得るだけならそれほど難しくはないのだろう。しかし、宿泊客を逮捕拘束するなり荒事が起こるとなれば、たとえ知人といえども歓迎されるものではない。


さらに民間との諍いともなると、ヘタをするとこじれる可能性もあった。


「なんだ、心配か?」


束の間の部下の無言をそう捉えたのか、ドルトは愉快そうに聞いた。


「いえ、そういう訳ではありません。」


「案ずるな。訪問する時は、黄昏亭のオーナーの古き友人として私服で行く。」


そう言って、ドルトは獰猛な笑みを見せる。


この初老の騎士団長はまだ枯れていない。


金鷲騎士団の団長という殻を被っている時は努めて冷静だが、逆に一個人として動く時は鋭い牙を剥く可能性があった。


タレコミ屋が一角ひとかどの武人なら、もしかすると流血沙汰になるかもしれない。


まあ、そうなったところで、ドルトが窮地に立たされることもないのだろうが。


「では、私はタレコミ屋からの情報の裏付けを取りに行きます。」


副団長は苦笑しながら、そう答えるしかなかった。





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