第124話
張り込みを始めて30分くらいだろうか。
店の裏口から馬車が出ていくのに気づいた。
商人たちはまだ中にいるようだったが、そちらの方が気になり追うことにする。
街中での馬車など大した速度ではない。10~12km程度のものだろう。それ以上に加速すると事故の危険があり、流石に有力商人が所有しているものであっても衛兵から注意が促される。
そういった事情から、馬車相手の尾行や追跡も大して苦にはならなかった。
軍にいた頃は数十kgの装備を背負って、同じくらいの速度でジャングルや砂漠を一日中行軍することもあったくらいだ。それに比べれば楽なものである。
ただ、街中でそのような速度で走っていると、目立つ上に通行人と接触する可能性もあった。
この街は俺にとってホームではないが既に通路や路地裏、どこに何の建物があるかくらいは把握している。
土地勘がない所では十分な調査ができないことは経験上わかっているため、習性のようなものだ。
メインストリートは避け、人通りの少ない通路を駆け抜けて行く。
馬車が向きを変える度に行き先を想定し、可能な限り先回りする。
追跡して数十分で訪問先はある程度絞れていた。
馬車はこの都市の中心部に向かっている。
中心部には官公庁などがあるが、馬車を操っている者の服装や所作を考える限りそこが目的地ではないだろう。
となると、その周辺にある貴族街に向かっていると考えられた。
貴族街というのはその名の通り貴族が住む街である。
王城に勤める者や官公庁の要職にある法衣貴族などが主に住んでおり、領地を持つ貴族たちの別宅もあった。
それ以外にも貴族向けの店舗やサロンなども存在する。因みに、この世界のサロンというのは、美容師やネイルケアなどを行う職人の斡旋所を指す。これは貴族向けのサービスのため、商業ギルドとは別組織として成立していた。お抱えの者を持つ貴族もいれば、こちらに滞在することとなった領地貴族の淑女たちが期間限定で指名を出すこともある。
通りすがりにサロンの従業員ならゾディ茶に関わる何かしらの情報を持っているかもしれないと思った。
ただ、この領域に手を出すことははばかれる。
貴族と懇意にしている職業人は、それ相応のモラル意識と守秘義務を負っているのだ。それを力づくや金銭で懐柔するのはそれなりのリスクを負う。情報を漏らすフリをしてガセネタを掴ませたり、泳がせて衛兵や貴族の私兵にこちらの存在をリークするなどの恐れが高かった。
ならば蛇の道は蛇である。
あの御仁の周辺に、情報源としてサロンを探れというヒントを与えるのも良いかもしれない。
もちろん成果があがるかどうかはわからないが、貴族社会を侵食する犯罪者の調査だと強権を振るえば、俺のような人間が闇雲に調査するよりも有益な情報が出る可能性はあった。
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