第116話

ミハエルは再び窓外の夜景を眺めていた。


先ほどよりも遅い時間帯のため、その瞳に映り込む光はまばらだ。


しかし、瞳の奥にある暗鬱とした色がわずかに和らいだ印象である。


少しだけ眉根が揺れているのは怒りのせいだろうか。


「···ぷっ!」


ずっとガマンしていた。


あの冒険者ギルドの特命執行官から、ことの真相を聞いて真面目な思考を繰り返している。


怒り、疑念、不安など、あらゆる感情が押し寄せたのも事実だ。


しかし······


「何なのだ、あの珍妙な髪型は。芸術的ともいえる。いや、しかし······」


特命執行官から詳しい話を聞いて、今後の展望が開けたような気がした。そして、気持ちに余裕が出た後に気になったのは彼の髪型だ。


バーコードヘアなど、この世界にはない。


だからこそ気になって仕方がないのだろう。


「あの髪型はセットにも時間がかかるだろう。·······ぶふっ、毛先の方から息を吹きかけたらどうなるのか。オタマジャクシ······いやいや、それは失礼か。······ぷふっ。」


特命執行官は既に帰っている。


この場には誰もいないのだからとミハエルは三ヶ月ぶりに大笑いした。


「よし、いいだろう。あの男の計画にとことんつきあってやる。私を利用した奴らには失脚してもらうとしよう。」


ミハエルは久々に自信に満ちた笑みを見せた。


「······髪の薄い貴族にあの髪型を勧めたら流行るのではないか?」


心に余裕を取り戻したミハエルはそんなことに思いあたった。




変装を解き、近くの酒場に入ってカウンターに座り、エールを注文した。


先ほどの法衣貴族との会話を反芻する。


気持ちに余裕が生まれたのか、途中からミハエルは俺の頭にちらちらと視線をやりだした。


薄々···髪型の事じゃない···感じていたが、こちらの世界ではバーコードヘアは最先端を遥かに超えた先にあるようだ。


逆に目立って印象強くなると考えてはいるが、変装時に目につきやすいのが難点となる。


そろそろ別のウィッグも用意すべきか。


次はパンチかアフロ·······いや、遊び心を満たしてどうする。


···顔の印象を薄めるインパクトを有していて、かつそこまで不自然ではない髪型。


「なかなか難しいものだな。」


思わずそうつぶやくと、酒場のマスターが近くまでやって来た。


「兄さん、冒険者かい?その身なりだとあまり高ランクじゃないのだろ。命あっての物種だ。冒険者なんて不安定な仕事をいつまでもやらずに、家庭を持って定職を持つのも良いもんだぜ。」


このマスターは善意で言ってくれているのだろう。


うだつの上がらない装いに扮しているから、実入りの少ない低ランク冒険者と勘違いしたといったところか。


この辺りは治安も良く、冒険者も少ない。


他の街だと余計なお世話だとケンカにでもなりそうな言葉だが、マスターの雰囲気を見る限り元冒険者ではないかと思えた。


「そうっすね。俺も何かの商才があれば良いんだけど。」


「商才なんてものはな······」


話好きなのか、マスターが食いついてきたため、ついでに何かの情報を引き出してやろうと思った。




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