第115話

男は身分証明書代わりに黒銀の認識証ネックレスを提示している。


黒銀の認識証は冒険者ギルドの要職者が所持するものだ。


あまり冒険者などには知られていないようだが、貴族や大商人など社会的地位がある者に対しての要件が発生した場合に使われている。


「···入りたまえ。」


ミハエルは男を中に入れることにした。


「その認識証が偽物でないか証明してもらいたい。」


「ええ、もちろんです。」


男が認識証に魔力を通すと、そのプレートが淡く光り文字のようなものが浮かんできた。


特命執行官ともなると匿名での隠密行動も行っている。


そのため氏名や所属まで知ることはできなかったが、持ち主の魔力と認知されたことにより偽物ではないと立証されたのだ。


「···君は私を捕らえに来たのかね?」


「まさか。そう思われる心当たりがおありなのですか?」


「いや、そんなことはない。」


「先ほども申しあげた通り、あなたの悩みを解消しにきたのですよ。」


「············」


「あなたから打ち明けていただく必要はありません。私が話す内容に関心をお持ちいただけたなら、ご協力の意思をお伝えください。」


「······いいだろう。」


「三ヶ月前、定例の総会後に接待を受けたとか。」


総会というのは、職務上で監督する対象の業界人の集いのことをいう。


集いといっても飲み会などではなく、今後の方針や協業についての会議かメインとなる。


公職にあるミハエルが意見するわけではなく、法などの定めにそった内容であるかや談合などの不正に及ばないかを見極める場でもあった。


ただし、この総会への出席は慣例のようなもので、実際に不正などが発覚するようなことはない。


要するに、監督省庁の要職者であるミハエルと業界を代表する人々との交流や意見交換としての色合いが濃いものだった。


「接待といってもお茶を馳走になっただけだ。過度な酒や食事の場に招待されたわけでもなく、金銭などを授受したおぼえもない。」


「ええ、そうでしょうね。しかし、そのお茶を飲まれたことで異変が生じた。」


「·······何?」


「あなたが飲まれたお茶にはちょっとした作用がありました。催淫効果といえばわかりますか?」


「あのお茶が·······そのようなものだと?」


その後の説明を聞いてミハエルは目眩がした。


あの夜の過ちはかねてより仄かな想いを寄せていた女性に対して、自らを律することができなかったことに起因すると思っていたのだ。



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