第113話

いつも、この時間になると無意識にため息が出てしまう。


ため息だけならまだしも、職務でいろいろとあった日には息苦しさや胸の痛みまで感じるようになった。


「たった一度の過ちがここまで堪えるとは·······」


今日、何度目となるかわからないため息を吐いたミハエルは、自宅の執務机から腰をあげて窓の外にある街並みを見た。


代々、法衣貴族として仕えてきた家系の末席。


そこからかなりの努力をして、若いながらも今の地位を手に入れた。


傍から見れば、法衣貴族としてこれ以上にない昇進の道を歩んでいると思われていることだろう。


当然のことだが、そこには羨望だけでなく嫉妬や僻みといった負の感情も強く感じる。


代々が法衣貴族としてそれなりの地位に就いている家系のため、縁故絡みによるものだと陰口をたたく者もいた。


だが、自分は血のにじむような努力をしてきたのだ。学問では首席で由緒ある学院を卒業し、法衣貴族となる際にも優秀な成績で選考をクリアしたと自負している。


しかし、しかしだ。


あの夜の過ちが今の自分には大きくのしかかっている。


この先も出世街道をひた歩き、爵位までを手中に収めんとする野心が潰えるかもしれない。


「はぁ······」


なぜあのような軽はずみなことをしてしまったのか。


酒による酔いのせいだと思う自分がいる。


浅はかにも雰囲気にのまれてしまった。


そして巧みな誘惑に抗えなかったから。


わかっている。


これまでも何度も自問自答を繰り返し、その答えを求めてきた。


だが、いつも行き着く先は同じことだった。


調子に乗っていたのだ。


職責上、宴の席でも注意を怠るわけにはいかなかった。


そして、すべてが自分自身の至らなさ、浅慮が招いた結果なのだ。


ミハエルはこの執務室から見える夜景が好きだった。


華々しいとまではいかないが、ちょっとした繁華な部分を抱えた夜の街は暖かな灯りで色づいている。


少し離れた丘にあるこの屋敷から見下ろせば、雑多なその街並みも綺麗な風景として心を和ませてくれるのである。


ただ、今の心境では和みというよりも、これ以上の荒みを抑制する働きしかしてくれない。


領地や爵位を持たない自分にとって、この屋敷と風景が全財産となるのだ。


少しでも間違った動きをすればこのわずかな財産と地位、そして名誉までも剥奪されてしまう。


いや、それだけならむしろ幸運かもしれない。


最悪の場合は断罪される恐れすらある。


「はあ······」


ミハエルはまたもや深いため息を吐いた。




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