第101話

「さすがに表情が消えたか。」


「そう見えるか?だったら俺もまだまだといったところだな。」


ソフィアの一言に少し思うところがあった。


俺は諜報部員でも詐欺師でもない。


ただ、相手の言葉によって雰囲気や表情の変化をさとられるようなら、精神面でまだまだ未熟というものだ。


戦場やそれに近しい死地に赴く際に、ちょっとした動揺や躊躇いは死を招く。


こちらの世界に来て環境や立場が変わったとはいえ、死に直面するような仕事を生業としていることに変わりはなかった。


「悪い意味じゃない。一段階警戒レベルを上げたという印象だ。難度の高い任務に挑む時の切り替えといった感じかな。」


「俺はおまえのような歴戦の猛者じゃない。受勲履歴もないしな。」


「⋯⋯フォース・リーコンに、日系人の優れた小隊長がいたという噂があった。その男が率いたのはゴーストと呼ばれる威力偵察部隊で、任務遂行率はフォース・リーコンの歴史上でもダントツだったと聞いている。」


フォース・リーコンとは、アメリカ海兵隊武装偵察部隊の通称名である。威力偵察を主任務としている海兵隊の特殊部隊だが、その存在は非公式とされていた。


通常、陸軍のグリーンベレーや海軍のネイビーシールズなど、米軍に属する特殊部隊はSOCOMと呼ばれるアメリカ特殊作戦軍に属している。しかし、非公式の存在であるフォース・リーコンは、そちらの管轄下には入らず海兵隊の直接指揮下にあった。そのために極秘裏の潜入や偵察、破壊工作などに長けており、他の特殊部隊よりも迅速な作戦展開に定評がある。


「日系人など珍しくないだろう。」


「確かにそうだ。珍しくはない。」


したり顔でこちらを見てくるソフィアを見て、余計な会話をしたと思った。


元の世界での経験に加え、こちらの世界での伯爵家令嬢としての生活で培った思考力や知識というものは馬鹿にできない。


尋問するつもりが、こちらの素性をはかる材料を与えてしまった。


いや、それだけソフィアが侮れない存在だということだ。彼女も俺と同じ執行官であり、裁定者でもある。元の世界でも狡猾な男だったと聞いていた。


敵にすると厄介だが、味方として互いの長所を生かせるなら幅広い展開も可能だと思われる。


「ひとつだけ言っておく。」


「なんだ?」


ソフィアに向けて宣言することにした。


「俺は金や名声で裏切らないが、自身にとって大事なもののためならその限りじゃない。」


「大事なものとは?」


「女、それと誇りだ。」


それを聞いたソフィアがニヤッと笑った。


「私も外観上は女だ。」


悪戯っぽい視線を送ってくるのが癪に障る。


「はっ倒すぞ。」


苦笑しながらそう答えた。



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