第83話

崖の下に落ちた男たちの生死を確認するか迷ったが、今は無駄な時間を割きたくなかった。


洞窟内の煙がある程度おさまったのを見て、元来た道を足早に戻ることにする。ここを出るまでに他の敵が潜んでいる可能性もあるため、警戒を怠らずに進まなければならない。


ディレクとミオは終始無言で後ろをついてきていた。


「ふたりとも衛生兵だったのか?」


「ええ、そうよ。」


「ということは、別の隊に属していた?」


グリーンベレーには優秀な衛生兵がいるが、小隊ごとの人員は特別多いわけではない。


戦闘や救出などの任務も多く、隊員たちの得意分野は各小隊ごとにバランスよく配置されていたはすだ。


「私たちは身内同士だから、衛生兵だとかに関わらずもともとが別の隊に配属されることになったのよ。」


「身内?」


「親が兄弟同士で、共に陸軍士官だった。」


警察や軍人などは家族が同じ職に就く場合が多い。


これは国家の防衛や守護に関わる職務のため、信頼できる者として採用される傾向が強いといわれている。逆にいえば縁故やツテ、コネによる入職ともいえ、古い悪しき慣習とも考えられるのだ。


また、近親者が同じ隊に配属された場合、共謀して不正などを働かないよう配属先を分けるといった配慮がされる。


「もとが従姉妹ということか。それで、こちらの世界に来たもうひとりはどういう奴なんだ?」


「トーマスね。彼はそれなりに優れた兵士だった。」


「兵士としては優秀でも、人としては最悪だったけどね。」


どうやら、こちらの世界でのソフィアがトーマスらしい。


「任地で現地の人を暴行するなど最低の奴よ。親が元老院の議員で問題になると揉み消していた。実力はあるから、生死を彷徨うような重傷を負った際にこちらに送り込まれることになったそうよ。親が上院仮議長に就任したから、存在そのものを消したかったのじゃないかしら。」


元老院とも呼ばれる上院の議長は、法で副大統領が兼任することが定められている。上院仮議長は副大統領の代理で議長を司る事実上の上院議長と考えればいい。


家族の醜聞による失脚などを恐れた父親が、権力にものをいわせて問題ばかり起こす息子を排除したということだろう。


「知略家だったりするのか?」


「親譲りで狡賢い奴よ。」


逃走したソフィアの次の行動が気になった。


このまま黙って行方を眩ませるような奴ではないだろう。


そう考えると、可能な限り足を早めることにした。




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