第56話
執行官と裁定者は、資格を証明するために他の冒険者とは異なる紋章が冒険者証の裏面に入っている。
俺の場合は以前に所属していた辺境都市では意図的に裏面を白紙にしていたため、こちらの受付嬢がすぐに気づかなかったということだ。
辺境都市は人の出入りが激しい。
実態のよくわからない商業ギルド未加入の商会なども多かった。元の世界でいえば幽霊会社のようなものが乱立し、犯罪の拠点やカモフラージュ、ひどい場合は他国の間諜の支局などとして使われていたのである。
そのような状況下で冒険者ギルドの執行官や裁定者であることを公にすると、命をつけ狙われのは容易に想像できるというものだ。
彼らにとっては自分たちの不正や悪業、越権行為などを白日のもとにさらしかねない冒険者ギルドの犬である。早々に始末しておきたい存在に違いなかった。
そのため、俺は普段から立場を明かさないようにしていた。
この都市においては、そこまでかたくなに身分を偽る必要はないのかもしれない。辺境の都市とは異なり、名だたる交易都市として商業ギルドの力が強いのも理由のひとつである。
交易を円滑に行うためには商業ギルドのバックアップは欠かせない。逆にいえば、商業ギルドの公認がなければまともな商売ができない体制ができあがっているともいえよう。
確かに、強い権力が一極集中することで、別の不正や領主に対する背信行為が生まれる可能性も危惧される。
しかし、それを牽制するためにこそ議会が存在しているのだ。
議会は商業における権力や経済力の偏重を監視抑制する機能を担い、公平な商取引の場を整えるために古くから設置されているのである。
『そういえば、副議長が意識不明だとか言っていたな。』
思考の流れから、先ほどの客の会話を思い浮かべた。
毒物か流行病かで意見が別れていたが、あの話がギルド本部の執行官と何か関連がありそうな気がする。
その場合、彼らが探していたのは毒物の精製者か実行犯ということだろうか。
本部の執行官が動くということは、広域な範囲で何らかの事案が起こっているということである。元の世界なら各国の警察が支部、
この街に来て日が浅い人物を探しているというのは、やはり実行犯を追っていると考えるべきか···いや、まだ材料が少な過ぎる。
どちらにしても明朝に何らかの話が聞けるだろう。
俺がどういったスタンスに立つかは、それから決めればいいことだった。
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