第53話

一時間ほど飲み食いをしていると、不穏な話が聞こえてきた。


「あの話、聞いたか?」


「あの話って?」


「また有名どころが意識不明の重体だってさ。」


「またか。今度は誰だよ?」


「今回は近場だぞ。この街の議会の副議長らしい。」


「マジか。あれって最近増えてるよな?」


「ああ。しかも数日くらいで死に至るらしいからな。」


「毒物じゃないのか?」


「いや、倒れた奴らはそれなりに力のある奴らだからな。毒を盛られないように銀食器を使っていたらしいぜ。」


「となると、まさか流行病じゃないよな?」


「さあ、どうだろうな。ただ、流行病にしては単発すぎるだろう。死んだ奴らの家族とかは無事らしいからな。」


話しているのは行商人らしい風体の男たちだった。


銀食器というのは高価だが、貴族や有力商人などに重宝されている。


見栄えの良さもあるが、化学反応である種の毒が盛られると変色するため需要が高いのだ。因みに、ある種の毒とはヒ素のことである。


ヒ素は銀や鉛の精製時に副産物として出る物質で、無味無臭の猛毒として有名だ。中世ヨーロッパでは、貴族の毒殺によく使われていたらしい。


この世界では科学よりも魔法技術が発展しているが、銀や鉛などの精製方法は似たような手法のため、たまにヒ素による暗殺の犠牲者が出るというのを耳にする。どこの世界も権力者の闇は深いものだなと考えてしまう。


銀食器以外にも貴族や富裕層の間ではピューター食器が流行っている。ピューター食器とは錫や銅、鉛などを含む合金で作られている食器で、中世のイギリス同様にピューターギルドなどもあるくらいに有名だ。


ただ、この世界のピューター食器は鉛の含有量が多そうなので、俺はこれを使っているレストランや宿は利用しないようにしている。


鉛は人体に悪影響を及ぼす。トマトなど酸性の食物が鉛を溶かして鉛中毒になるのは有名な話である。元の世界でもそのあたりは19世紀になってから注力され、現代のピューター食器の最上級グレードとなるファインメタルピューターでは鉛の含有量は0となっているそうだ。


こちらの世界では科学が発展していないため、可能な限りの化学式やら食物の有害性などを思い起こして生活するようにしている。


普通に飲食店や出店で提供される飲食物が安全ではないのだから当然の措置といえるだろう。ただ、これを大々的に改善してもらうには、誰もが納得する根拠をそれなりの有力者に説明しなければならないのがもどかしいところだ。


冒険者ギルド併設の食事処などについてはカレンを通して改善してもらうことができているが、その知識の出処については「根拠と実例に基づいた婆さんからの知恵だ」と説明していた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る