第40話
「それに答える義務はあるのか?」
俺はミューフにそう答えた。
「隠す必要があるの?それとも、こちらの正体に気づけない鈍い人なのかしら。」
なかなか辛辣な返しをしてくれる。
おそらく、彼女はこちらの感情を逆撫でして、やり取りでの主導権を握ろうとしているのだろう。
多くの情報を取り扱う分析官や、捜査関連で調書を取るような職務につく者がよく使う手法である。
束の間、思考を巡らせた。
重要なのはこのふたりが敵なのか味方なのかということである。
半分は揃ったピースからの判断、残りの半分は直感に頼ることにした。
「先ほど見事なクィーンズイングリッシュでコムオーバーヘアと言ったな。それに身のこなしも訓練されたものだった。推測だが、MI6あたりの出身か?」
アドルに向けてそう言った。
表情は変えなかったが、一瞬眉尻が動いたのを見逃すことはない。
MI6とはイギリスの秘密情報部のことである。
コムオーバーヘアは元の世界、かつ英語圏でしか通用しない言葉で、しかもアドルの発音が独特だったのだ。
そこから連想したというとかなり乱暴のように聞こえるかもしれないが、実はそれだけではなかった。
俺のような海兵隊出身者をこの世界に召喚しているのだから、他国が似たような人員を同じように送っていてもおかしくはないのではないかとかねてより思っていたのである。
さらに後ろから見たアドルの動きは訓練された軍人のものだった。
通常、アスリートは筋力か持久力のどちらかに特化した体づくりをするものである。極端な例を上げれば、ウェイトリフティングとマラソンの選手では肉体がまったく違うことからでもわかるだろう。
しかし、過酷な戦場を駆け回る軍人はその両方を兼ね備えた肉体を必要とする。そしてそういったトレーニングを積んだ上で山中や砂漠など、特殊な環境でタフな動きができるよう鍛えられるのだ。
今この場にいるアドルの肉体はそれほどマッチョな体型ではない。ただ、洗練された動きはこちらの世界の冒険者や傭兵、騎士などとはまったく違う次元のものであることが容易に理解できた。
前回は自らの素性が知れないよう動きをセーブしていたとしか思えなかったのだ。
「それについてはノーコメントよ。」
ミューフがそう言った。
当たらずとも遠からずといった具合なのだろうか。
まあ、そのあたりはどうでもよかった。
「一方的にこちらへの詮索だけをするというのか?あまり感心はしないな。」
俺の言葉に彼女はムッとした表情を浮かべる。
こういったところを見るとまだ若いなと思う。
海兵隊にも諜報活動というものは存在する。そこにどっぷりと浸かった経歴ではないが、少なくともそういった類の人物とは接する機会が何度となくあった。
だからこそ、この双子の表情に現れる変化を見てまだまだ経験値が低いと思えるのだ。
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