第18話

聞こえてくる会話からすると、今日中に大きな動きはなさそうだった。


「なあ、味見してもいいか?」


「手は出すなと言われてるだろう。」


「ひとりくらいはいいんじゃね?バレそうならバラして他に調達すればいいじゃん。」


「おまえな、また余計な仕事が···」


今の会話を聞いて決めた。


すぐに動いてここだけでも今日中にカタをつけてしまうべきだろう。


俺は一度体を降ろし、バンダナで顔の下半分を覆った。顔を隠すのと臭気から鼻を守るためである。


ポケットから小瓶を取り出して蓋をあけ、通気口の淵から中身を内側に流し入れた。


すぐに出入口の方へ気配を消して向かう。


「くせぇ!?」


「なんだ?何の臭いだ!?」


「くそっ、ネズミでも死んで腐ってやがんのかよ。おまえら見て来い!」


先ほどの液体はドラクンクルス・ブルガリスというサトイモ科の多年生宿根草の花をすり潰して液状にしたものである。


ドラクンクルス・ブルガリスは受粉のために腐敗臭のような臭いを出してハエを誘きよせる多年草だ。


相手の顔に投げつけたら臭いでまともな戦闘はできないだろうと採取しておいた。ただ、加工中の臭いに辟易したので、使うのはおそらくこれが最初で最後となるだろう。まあ、ストックがあるので嗅覚の鋭い獣や魔物相手に使うかもしれないが。


出入口の扉を確認すると、間抜けなことに錠はかかっていなかった。


音が出ないようにゆっくりと開けて様子を窺う。こちらへの視線を感じなかったのでスルりと体を滑り込ませる。


物陰に身を隠しながら、ひとりだけ残ったリーダー格へとダガーを投擲した。


手応えを感じた瞬間に、喚きながら壁際を移動する一番若い男に迫り後頭部に逆手に持ったナイフを突き立てる。


すぐにもう一人の所へと移動し、死角から当て身をくらわせて昏倒させた。


他にも敵がいないか確認した後、気絶した男を縛りあげる。一度扉を締めに戻り、残るふたりの死体を物陰まで引きずって隠してから拐われた者たちを捜索した。


とはいっても造りが簡単な倉庫である。見渡す限り一メートル四方の木箱が置かれている。船に載せるときならともかく、長時間はこんな狭いところに個別に閉じ込めたりはしないだろう。


ひとつだけ離れた位置にある木箱に違和感を持った。木箱の手前の床に何かを引きずった跡があったため、すぐに地下へ通じる開口部があると直感する。


蓋代わりにされていた木箱を移動させて中の様子を窺った。


息を呑むような気配、それにすすり泣くような声が聞こえる。


「冒険者ギルドの者だ。助けに来た。」


俺はゆっくりと、聞き取りやすい声で話しかけた。



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