第8話

男が帰った後に契約書を何度も確認する。


要領を得ない部分が多々あった。


契約書にはある場所でミッションをこなせとしか書かれていなかったのだ。しかも成否は関係なく、報酬は前払いで支払われるという。


危険すぎる話だが、今後の家族のことを思うと藁にも縋りたい状況なのは間違いない。


結局、二日ほど考えた末に俺はその契約書にサインすることにした。


サインする前に男に連絡して呼び出し、不明点について確認していく。


男いわく、金の対価としてある場所に行って人々を救えという。


その詳細は不明。


人身売買や奴隷商などを目的として人攫いが行われていたり、単なる欲望で多くの命が弄ばれているからその現況を打破しろというものである。


「それはまさか日本国内というわけではないよな?」


いくら何でも現代の日本でそんな事件が相次いで起きていれば、警察が動いていないとおかしかった。


人身売買や奴隷などを目的としているなら、アフリカや東南アジアといった発展途上国に違いないと勝手に思い込んでしまう。


「明確な場所については今は話せません。現地に到着したら詳細をお伝えしましょう。それと、これが重要ですが二度と戻ることはできませんのでそのおつもりで。」


「二度と戻れないだと?」


ますます意味がわからなかった。


「ええ、ご家族にも会うことはできなくなるでしょう。ただし、出発前に支払いは全額を現金で済ませます。それで納税を行い、身の回りの整理もしておいてください。」


これはやはり臓器を売られるか何かだろうと思った。別の世界だとか若返らせるなどという言葉は最初から信じていない。


この話はヤバ過ぎると感じたが、背に腹はかえられない事情もある。


「家族には手を出さないんだろうな?」


「それはお約束します。」


「先日、あんたは俺に殺しをやれと言った。それについては罪に問われたりしないのか?」


「やり方しだいですよ。罪に問われず、しっかりと仕事として行うことは可能でしょう。それも現地でお話します。」


「別の世界というのは?」


「そのままの意味です。」


「若返らせるというのは肉体改造でも行うという意味か?」


「そのままの意味です。」


埒が明かなかった。


こいつはやはり頭がおかしいのだ。


「だったら、まず金を渡してもらおうか。」


「ええ、ここに置きます。サインをいただければそのままお納めください。」


「その前に確認しても良いか?」


「どうぞ、ご存分に。」


札束の中身が白紙や新聞紙でないかを確認した。


自信を持って言えるわけではないが匂いや質感、透かしなどからニセ札ではないと判断する。


「二点ほど条件がある。」


俺自身はどうなってもいいという気持ちが押し寄せた。


この時点で、妻子が普通に暮らすためにこの怪しげな提案に乗り気になっていたのだ。


投げやりといわれればそうだろう。


妻子にこれ以上心労を与えずにすべて終わらせたかった。


いや、俺はただ今の状況から逃げ出したかっただけなのかもしれない。


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