第9話

そのまま男とふたりで銀行に行き、納税を行って残金を通帳に入金した。


銀行は基本オペレーションとして偽造紙幣かどうかを紙幣計算機デラーズマシンを通して確認する。


これでニセ札でないことはわかった。


この作業が男に出した条件のひとつである。


「では、もうひとつの条件も早々に終わらせて下さい。その後にサインをしていただきます。」


普通は金を渡す前にサインを求めるものだが、そのあたりは緩いとしかいえなかった。ただ、このまま逃走したところで自宅も知られているし、何より家族を逃がす時間などない。


俺は再び自宅へと戻り、妻に大雑把な事情を話して手に入れた三千万円の確定申告について説明しておいた。


来年の三月に所得税を支払う分と納税額を差し引いた残金で後の生活のことを任せる。


妻は廃業と支払いの件で憔悴し無口になっていたが、当面の心配がなくなったことでメモを取りながら話す内容を理解してくれた。


帰り際に役所に寄って貰ってきた離婚届を渡す。


「俺はこのまま受けた依頼のためにさっきの男と出かける。もう帰って来れないかもしれない。だから、これを好きに使ってくれ。」


「··················。」


「心労ばかりかけてすまなかった。亜子のことを頼む。」


娘のことをお願いしてから荷造りを行い、家を出た。


娘は学校で不在だ。


妻も娘もこの一年ほどの出来事で俺とはほとんど会話をかわさなくなっていた。


妻が無言だったのは誰のせいでもない。


俺がすべて悪かったのだ。


「準備できましたか?」


「ああ。」


支払いが終わり、十分ではないにしても数年間は暮らしていける額を残すことができた。


他に財産といえる物もなく、情けない父親のままだったが幸せに暮らしてくれと思うしかない。


これで殺されようと臓器を抜かれようとも心残りはないと思うことにした。


「大丈夫ですよ。ご家族にはちょっとした記憶操作を行います。あなたが失踪したなどと警察などに届けることはないでしょう。それと、離婚届が提出された後に、この世界でのあなたの記録は曖昧な形で破棄されます。」


「なんだと?」


すぐに後悔の念が走る。


「アフターサービスですよ。こうしておくことで、変にあなたを探そうなどとはしないでしょう。それに、あなたもご家族がこれ以上苦しむのは望んでいないと思いますがね。」


こいつは何を言っている。


記憶操作など危険なこととしか思えなかった。


すぐに振り返り自宅に戻ろうとすると、視界が暗転して同時に意識が飛んだ。


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