第7話

「臓器でも買い取りたいと言うのか?」


税務署員にも吐きそうになった言葉を口にする。


「いえいえ、買い取りたいのはあなたですよ。」


人身売買?


そんなことが頭によぎったが、こんなオッサンの需要などあろうはずもない。


「頭がおかしいのか?」


思わずそう言った。


「失礼。正確にはあなたの技術が欲しいのですよ。」


「何の技術だ?」


経営手腕とかビジネスのノウハウというわけではないだろう。


それならばヘッドハンティングや転職エージェントだということになるが、男が渡してきた名刺にはそんな肩書きは載っていなかったし説明もされていない。


「あなたが若かりし頃に磨いた技術ですよ。」


そこで脳裏によぎるものがあった。


「························。」


「あなたは十代後半から二十代後半までをアメリカで過ごしていますよね。」


やはり想像した通りだった。


「人を殺せとでも?」


「ええ。」


「ここは法治国家だぞ。」


「わかっています。あなたには別の世界に行ってもらいたいのです。」


ますます頭がおかしい奴だとしか思えなかった。


「警察を呼んだ方がいいか?それとも精神科医か?」


怒りを滲ませながらそう言ったが、男は平然と次の言葉を放った。


「あなたのことは調べあげていますよ。高校を卒業後に渡米して海兵隊に入隊されていますね。」


俺の祖母がアメリカ人であったため、俺はアメリカと日本の二つの国籍を有していた。


そのため、訳あって十八歳で海兵隊へと入ったのだ。


ただ、その経歴は日本ではあまり知られていないはずである。目の前の男への不審感をさらに募らせた。


「·····················。」


「MCMAPでは極めて優秀だったとか。」


海兵隊はアメリカ軍の中でも上陸作戦を得意としていた。MCMAPはその海兵隊が使うマーシャル・アーツプログラムである。


投げ、極め、打撃、銃剣術など実戦のための格闘技でナイフの扱いも得意とするものだ。


「過去のことだ。この年でそのときと同じ動きができるわけがない。」


「ええ、もちろんそうでしょうとも。だからオプションをご用意致しました。」


「オプション?」


「肉体を若返らせます。ただそれだけですが、リハビリすれば全盛期と同じように動けるようになるでしょう。」


「またおかしなことを言っているな。冗談ならそれくらいにして帰ってくれ。」


そう言うと、男はカバンから札束を取り出して見せてきた。レンガ三個分ほどの厚さで帯付きの新札だった。


「ここに三千万円ご用意致しました。これであなたの未納の税金とお嬢さんの大学卒業までの学費、それに数年間の母子の生活費には事足りるでしょう。」


それを見て呆気に取られた俺に、畳み掛けるように書類を取り出してくる。


「これが契約書です。よく読んで御検討下さい。」



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