第2話 前門の母上 後門のメイド

「アウル。昨日も夜遅くまで研究室に居たようですね」


「はい」


 アウルは食堂で母親のリーフに最近の行動について、詰められていた。


「貴方が領地の運営に助言してくれるようになってから、いろいろ面で領地は豊かになっています。しかし、貴方は十三歳になったばかりです。


 私は他の子の様に学び、遊び、日が沈む頃には夢を見て欲しいのです」


「分かっていますが申し訳ありません。僕が父上にお願いして、任せて頂いてることなので責任者として頑張りたいのです」


 既に夢から得た知識を基に研究された三圃制や鉄製農具などの農業の改善は成功し、アウルの手を離れ、王都から引き抜いた学者たちが更なる研究している。


 王国の中でも南部は魔物の強さや凶暴性が高く、開墾が進まず、更に30年から50年の間にテラス・キマ魔物の氾濫が発生する。そのせいで王国南部は農業や文化が育たない。


 前回のテラス・キマはアウルの祖父の代に発生しており、最短で約15年後だと予想されているが連続発生した記録もある為、油断は出来ない。


 アウルが現在、取り組んでいるのは夢の中で見た武装や兵器の研究開発である。


「リーフ。アウルもカラミタ家の一員として努力しているんだ。しかし、一週間に一度の家族揃って食事するという約束を守れないなら権限を剥奪する。覚悟するように」


「かしこまりました」


「さて、固い話はここまでにして食事にしよう」


 父親のファルによって説教は終わったがアウルにもしっかりと釘を刺された。


「お兄様、今日はどちらに行かれるのですか?」


「うーん、第三開発部と第六開発部かな」


「ご一緒してもよろしいでしょうか?」


「うるさい所に行くけど、それが大丈夫なら」


「はい、大丈夫です!」


 ミラは母親の艷やかなプラチナブロンドの髪や蒼い瞳を受け継いで深窓の令嬢に見えるが勉強から逃げ出し、家庭教師たちを困らせていた。


「ミラ、一時間後に玄関に来て」


「分かりましたわ」


「アウルは少し残って」


 ミラに集合時間を伝えて、準備しようと部屋に戻ろうとした所、リーフに呼び止められた。


「母上。先程のお話は気をつけますので、ご容赦を」


「いえ、別件です」


「???」


「貴方は専属のメイドを決めていなかったので、私で手配しときました」


「はぁぁ!?」


 既にミラにも専属メイドが居るがアウルの専属では少し話が違う。家族以外の女性とは距離を置き、専属メイドも再三決めるように言われていたが逃げ続けていた。


「母上! 俺にも選ぶ権利があります!」


「既に権利を行使することが出来る期間は過ぎました。カミラ、入って来なさい」


「カミラって!」


 アウルは生まれて初めての焦りを覚えた。カミラはメイド長の娘であり、5歳までアウルの専属のような立場だったが、夢の影響で色恋沙汰を警戒し、カミラも例外なく避けた。


 アウルとカミラがケンカしたと思ったカミラの母親が、カミラを通常業務に再配置し、アウルのお世話係はカミラ以外のメイドの立ち回りになった。


「失礼致します」


「こちらにおいで、カミラ」


 久しぶりに見るカミラは美しかった。艶のある長い黒髪は後ろで束ねてあり、メリハリのある身体はまるで神殿に飾られている豊穣と子宝の女神のようであった。


「お久しぶりでございます、アウル様。この度は、私を選んで頂き光栄です」


「……僕が選んだ訳じゃない」


「あら、昔はカミラお姉ちゃんと結婚する〜と言って、私やカタリナメイド長に許可を貰いに行ったのは誰かしら?」


「母上! 昔の話はお止め下さい!」


 リーフの死角でカミラはアウルを見ながら、妖しい笑みを浮かべていた。


「カミラはスケジュール管理や栄養管理などの能力も高く、今の貴方に必要な人材よ」


「ですが、ですが」


 カミラが歩み寄るとアウルは下がってしまった。


「アウル様、昔のようにお仕えさせてくださいませ!」


「グヘェ」


 とうとうアウルは飛び込んで来たカミラに捕まった。衝撃というよりも抱き締められた力が強すぎて、変な声が出ていた。


「アウルも嬉しそうね。カミラ、これからもよろしくお願いするわ」


「かしこまりました、奥様!」


 アウルを抱き締めながら、カミラは囁く。


「……アウル様、もう逃がしませんよ」


「逃がしてくれ……」


 カミラの黒い瞳から光が消え、アウルの瞳からは諦めしか感じられなかった。

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