木島誠也の末路 ※修正あり

~another side 木島誠也~


 木島誠也は教室の自分の席に座り、つまらなさそうにスマホの画面をスクロールさせていた。


 海野茜の考えた作戦は失敗し、現在誠也たち3人はクラスではカースト最下層、いない者としてその存在を無視されている。

 

 誠也にはまだあの陰キャチー牛と戦う闘志はあった。だが茜と斗真の方はそうでもないようだ。


 茜はあの日以来、軽い男性恐怖症になってしまったようだった。誠也が話しかけるだけでも彼女は「ビクッ」と身体を震わせるのだ。


 「あの高慢ちきな女がこうなってしまうのか」と誠也は意外に思った。


 しかし一方で、今まで碌に怒られたり暴力を振るわれた経験のない奴が力ずくで土下座させられたらこうもなるかと納得した。


 彼女の中にはまだ本山生人に対する不満は残っているものの…また突っかかると自分が痛い目にあうかもしれないという恐怖心が抜けないらしい。


 ここら辺はどんなに気が強くてもやはり「女」だなと誠也は思った。力では絶対に男には勝てない女特有の思考。


 斗真の方は…というと話しかけてもなにやらブツブツと独り言を呟いてこちらに反応しない。気味の悪さを感じた誠也は彼には近寄らない事にした。


 状況は彼にとって芳しくはなかった。


 そんな中、誠也の元にとあるニュースが舞い込む。


 なんと誠也の想い人である海野葵と誠也が見下している陰キャチー牛・本山生人の両人が付き合い始めたというのだ。


 2人は教室の中央でクラスメイトたちから祝福され、嬉しそうに笑っている。


 誠也はその光景を見てようやく…葵が自分のモノになる事はないと理解した。…他人から見ると元々芽はなかったのであるが。


 そして葵が自分のモノにならないと悟った誠也の「恋慕」の感情は激しい「憎しみ」へと変化した。


 「憎しみは愛情の裏返し」とはよく言われる言葉である。

 

 葵の事を好きだったからこそ…クソ面倒くさい茜の我儘にも我慢できた。だが彼女は自分ではない別の男と付き合ってしまった。


 誠也の腹に葵への怒りが沸々とわいてきた。


(今まで散々葵のためと思って色々やって来た。でも葵は俺とは付き合わずにゴミみたいな陰キャチー牛と付き合った…。あのクソ女が!!! みてろよ葵、あの陰キャチー牛ともども痛い目にあわせてやる!)


 嫉妬に狂った男が復讐鬼へと変化した瞬間であった。 



○○〇



 誠也はあの2人に痛い目を合わせるにはどうすればいいのかと頭をひねった。茜と斗真は役に立ちそうにない。加えて他のクラスメイトたちも自分の敵である。やるなら自分1人でやるしかない。


 それにあの2人には生易しい制裁では物足りない。もっと相手を苦しめる、自分をコケにした事を後悔するような復讐方法がいい。誠也の怒りは凄まじかった。


 そんなある日、スマホで復讐方法を検索していた彼の目にとあるワードが飛び込んで来る。


酸攻撃アシッドアタック?」


 「酸攻撃」。それは塩酸や硫酸などの劇薬を相手の顔や身体にかけ、その部位を損壊に至らしめる行為である。酸の当たった部位はただれ、思わず目を背けたくなるような状態になるのだ。もちろんそれを治療するのは容易な事ではない。


 特に女性にとって「顔」は命と同等の価値のある部位と言っても過言ではない。その命にも等しい部位に酸をかけて損壊させる事で、その後の人生に絶望を味合わせようというのだ。


「これいいじゃねぇか。俺の恋心を弄んだ葵を地獄に突き落とせる。それに最近イメチェンして調子に乗ってる陰キャチー牛にも効くな。2人揃って〆れる」


 誠也は2人への復讐方法を「酸攻撃」に決めた。彼は早速酸の入手方法を調べる。


「なんだ、車のバッテリー液がそうなのか。それならうちにもあるぜ」


 ちなみに「酸攻撃」に使われる硫酸は主に濃硫酸だが、バッテリー液に使われているのは希硫酸であり濃硫酸ほどの効果はない。


 誠也は自宅の車庫に向かうとバッテリー液を探して瓶に詰めた。後はこれをあの2人にかけるだけである。


 しかしこれをかけた相手が自分だとバレると逮捕されてしまう可能性がある。誠也も前回の失敗でそれは学んでいた。やるなら自分だとバレないようにしなければならない。


 そこで誠也は変装する事にした。父親のクロゼットをあさり、中から黒いロングコートを入手する。コートのフードを目深に被り、更に顔にはマスクもした。これなら自分だとバレる事は無いだろう。


 誠也は復讐の決行日を次の日に定め、その日は眠りについた。



○○〇



 翌日、誠也は学校で注意深く2人の様子を観察していた。それによるとあの2人は本日隣町まで行くのだという。


 学校が終わると誠也は全力で走って隣町へ向かった。電車で移動する方が楽だが、走って行けない距離ではない。というか電車だとあの2人に鉢合わせしてしまう危険性がある。


 電車が向こうの駅から発車するまでまだ30分はある。なので全力で走れば誠也の方が先に隣町へとたどり着ける。


 一足早く隣町に到着した誠也は駅の物陰に隠れて2人を待ち伏せした。そして2人が到着したのを確認すると、駅の外にあるトイレで黒いロングコート姿に素早く着替えて2人の後をつける。


 「酸攻撃復讐」を実行するのは人気が無く、且つあの両人に酸をかけれるような場所だ。2人に酸をかけた後は全力で走って逃げ、コートを脱いで着替える。これで自分だとバレない。完璧な作戦だと誠也は自画自賛した。


 …尾行して何分ほど経っただろうか?


 誠也が2人の後をつけていると2人は公園の前で立ち止まり、何やら話しこんでいた。


 辺りを見渡して、ここは「酸攻撃復讐」を実行するのに最適な場所ではないかと誠也は思った。辺りには人っ子一人いない。しかもあの2人は立ち止まって話をしている。


 …チャンスは今だ!


 誠也は物陰から姿を現すと2人に向かって歩き出した。


 ところが5月にロングコートという誠也の怪しい姿から危険を察知した生人は彼が近づく前に葵と共に逃げ去ってしまう。


 その上彼らが逃げる際に「交番」という単語まで聞こえてきた。


 誠也は焦った。警察に捕まるのは嫌だ。彼はその日の復讐を一旦諦め、撤退する事にした。


 公園の公衆便所で黒いコートを脱ぎ、通常の姿に戻った彼は全速力で自宅まで逃げ帰った。



○○〇



「ハァハァ…」 


 隣町と往復10キロほど走った誠也はクタクタであった。自宅に到着した彼の足が疲労でもつれる。足が鉛のように重い。普通に歩こうとしても足が言う事を聞いてくれない。


「あっ…」


 彼は自宅の廊下で盛大にこけた。それにより彼がポケットに入れていた希硫酸の入った瓶が飛び出し、廊下に落ちた衝撃で割れてしまう。


「あ、あがががが! 目がぁ! 目がぁー!」


 不運にも割れた瓶から飛び出た希硫酸が誠也の顔に直撃し、目に入ってしまった。燃えるような痛みが彼の目を襲う。


 希硫酸は通常であれば…皮膚などについたとしても、すぐに水で洗い流せば問題ない。だがその時の誠也は希硫酸が目に入った痛みと足の疲れですぐに洗面所に行けなかった。


 洗面所に行こうとしても痛みで目が開けられないので洗面所の方向が分からないし、足の疲労でまともにその場から動けないのである。


 その後…たまたま帰って来た家族により、彼は病院に連れていかれた。しかし、希硫酸を洗い流すのに時間がかかったために、彼はその視力を失ってしまっていた。


 誠也は絶望した。


 自分の好きな女を盗られたと嫉妬に狂い、相手を憎しみ、破滅させようとした男の末路は…自らの人生を破滅させる結末で幕を閉じた。


 嫉妬の炎は燃えに燃え、彼の身まで焼き焦がしたのである。



◇◇◇


※6/29日 内容を少し修正しました。


ちなみにですが、この作品のテーマの1つに「自業自得」があります。

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