僕はあの公園で再び不審者に出会う
「それにしても本山君、イメチェンしてカッコよくなったよねー?」
「えっ? あ、うん。ありがとう…」
「ちょっと佐々木さん、生人君は私の彼氏ですよ!」
「葵ちゃん嫉妬? 可愛いー♪ 大丈夫、葵ちゃんの大事な彼氏は盗らないから」
僕と葵さんが付き合って数日が経過した。
僕は親しい友人以外に「葵さんと付き合い始めた」事は報告していなかったのだが…葵さんの僕に対する態度がバレバレすぎて、すでにクラスメイトたちの大半がそれを知る所となっていた。
現在はクラスメイトの女子からそれを絶賛からかわれている最中である。
女子たちの間では普段生真面目で「キリッ」とした表情をしている葵さんが僕といると顔を赤らめたり、デレデレした表情をしているのが珍しいらしく、こうやってちょくちょくからかわれている。
僕のイメチェンも周りの人たちからは好評なようで、男女問わず「本山はカッコよくなった」と言われる事が増えた。これで少しでも葵さんにふさわしい彼氏に近づけていればいいのだが。
あっ、そうそう。
葵さんの僕に対する呼び名も「本山君」から「生人君」へと変化した。僕の方だけ下の名前で呼んでいるのもなんだかなと思ったので、彼女にお願いして変えて貰ったのだ。
葵さんにそれをお願いすると彼女は顔を真っ赤に染めながら「い、いく…と君///」と名前を呼んでくれた。その様子が愛らしくて僕は思わず悶えてしまった。
…葵さん、可愛すぎる。以前から彼女は可愛かったのだが、付き合う前より付き合った後の方が彼女の事を数十倍可愛く…愛おしく感じるのだ。
僕たちは幸せの絶頂だった。このまま何も起こらずに平穏に毎日が過ぎ去って欲しい。僕はそう願っていた。
○○〇
時は流れ、その日の放課後。
「生人君の家に行くのは久しぶりですね。あの子の事で謝罪に伺ったきりなので…1カ月ほど前ですか?」
「もうそんなに経つんだね」
僕はその日の昼休みに新しく買った家庭用新作ゲームソフトの話を葵さんに話した。そしたら葵さんがそれを「是非ともやってみたい!」と言ってきたので本日は彼女を僕の家に招待する事にしたのだ。
いつもは放課後になると高校近くにあるお店で買い食いしたり、ゲーセンで遊んだりして過ごしていたのだが、今日はそういう理由で電車に乗って僕の家がある町までやって来ていた。
僕たちはお互いにしっかりと手を繋ぎながら町並みを歩く。葵さんと手を繋ぐのに最初こそ緊張していた僕だが、今では自然に繋げるようになっていた。
葵さんの手は彼女の性格と同じくほんのりと暖かい。
…こう言うと変態と思われてしまうかもしれないが、僕はこの暖かさが好きだった。彼女の優しさで包まれているような気分になるからだ。
「あっ、ここ…」
「えっ?」
気が付くと僕たちは「あの公園」の横を通りかかっていた。
…そう、僕たちが出会った場所。不審者に襲われている葵さんを僕が助けた場所である。
たった1カ月ほど前の事なのに凄く懐かしく感じる。様々な偶然が重なり合い、僕たちはここで出会ったのだ。
と、そこで僕はそういえばと思い出す。
「ねぇ、葵さん。あの時の不審者ってもう捕まったんだっけ?」
「はい、どうやらあの後すぐに逮捕されたみたいですよ」
へぇ…そうなんだ。あの日の夜に警察が僕の家に事情聴取に来て、色々聞かれたのは覚えている。
…あの時は今考えるとあり得ない事をした。女性に対し疑心暗鬼状態になっていたとはいえ、不審者に襲われた女の子を放っておいて自分は家に帰ったのだ。ちゃんと警察まで送ってあげるべきだった。
人生というのは本当に反省する事が多い。僕もできるだけ完璧な人間を目指そうとはしているが、やはりどこかで粗が出てしまう。難しいものだ。
でも反省できるというのが人間のいい点だ。この反省を次に生かそう。
…ま、不審者に出会う機会なんてめったにないと思うけどね。
そう思いながら僕は顔を前に向けた。
僕たちの5メートルほど前方に黒のロングコートを身に着け、そのコートの背についているフードを
顔が隠れているので男か女かは分からない。背が高いので男の可能性が高いぐらいだろうか?
…もしこれが冬だったなら、それほどおかしな格好ではなかっただろう。だが今はもう5月も後半に差し掛かっている時期である。かなり温かく、薄着をしていても汗が出るぐらいだ。
それなのにその人物は冬に着るようなコートを着用している。僕はその人物から危険な気配を感じ取った。
…この直感は僕の杞憂なのかもしれない。でも、もし本当に何か良からぬ事を考えている不審者だとしたら?
葵さんに危害が及ぶかもしれない。僕は彼氏として彼女を守らなくてはならない。
僕は葵さんに声をかけた。
「葵さん、交番まで走るよ」
「えっ、どうしたんですかいきなり?」
「説明は後、とりあえず全力ダッシュだ!」
前回は不審者が僕の存在に気が付いていなかったから不意打ちができた。だが今回は2人ともあの人物の視界に入っている。逃げる以外に選択肢はない。
僕は葵さんの手をしっかり握りしめると、その人物がいる方向とは逆方向に走り出した。
前回は葵さんの手を途中で離してしまった。でも今回は絶対に彼女の手を離さない!
僕たちは全力で近くにある交番まで駆けた。
交番に駆け込んだ僕たちは不審者の存在を警官に通報する。僕は警官にその不審者の格好や目撃した場所などを詳細に伝えた。
通報を受け、近くをパトロールしていた警官が不審者を見かけた公園前に向かった。しかし、残念ながらもうそこには誰もいなかったという。
前回は不審者が凶器を持っていたので警察も切実に動いてくれたようだが、今回はただ「不審な格好をした人物が歩いていた」というだけなので、近辺のパトロールを強化するぐらいしかしてくれないようだった。
2時間後、僕たちは警察から解放された。その頃には時刻も遅くなっていたので、僕は葵さんを家に送るために再び高校のある町へと電車で向かう。
「ごめんね、葵さん。今日はこんな事になっちゃって…」
僕は自分の事情で彼女を長時間警察に付き合わせてしまった事を謝罪した。
「いえ、生人君が私の安全を考えて行動してくれた結果なので。私はむしろ嬉しかったです。今回は何もされませんでしたけど、もしかしたら…の可能性がありますからね。…あなたのような人が私の彼氏で良かった」
葵さんはそう言ってほほ笑んだ。僕は葵さんの彼氏として相応しい行動ができた事を誇りに思った。
…翌日、僕たちは朝のSHRで担任の教師から木島が入院した事を聞かされた。
◇◇◇
果たして不審者の正体とは?
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