事件の後で

 海野茜は周りのクラスメイトたちから謝罪しろとブーイングを浴びてようやく自分が犯した過ちを理解したようだった。彼女は涙ながらに葵さんに謝罪する。


「グスッ…分かった。分かりました。私が悪かったです! お姉ちゃんごめんなさい、言い過ぎました! ひっぐひっぐ…」


 僕は海野茜が葵さんの謝罪したのを確認すると彼女を押さえる手を離した。僕が手を離すと海野茜は立ち上がり、脱兎の如く教室から逃げ出した。木島と清川もそれに続く。


「茜、待ちなさい!」


 葵さんは止めようとしたが、彼らにその声は届かないようだった。彼女は誰も居なくなった教室の入り口を見てため息をつく。


 葵さんはその後、僕の方を向いて姿勢を正した。そして再び頭を下げて謝罪の言葉を口にする。


「本山君…私の謝罪では足りないと思いますが、この度はあの子が本当にご迷惑をおかけしました」


「いやいや、葵さんが謝る事じゃないから」


 葵さんは憔悴した表情をして言葉を続けた。


「私も今回の件であの子にはいい加減愛想が尽きました。しかし私は姉の最後の責務として…あの子を警察に連れて行こうと思います。あっ、先に先生に報告を…」


 人の罪をでっちあげて告発するのは「虚偽告訴罪」「名誉棄損」などの犯罪になるらしい。このまま順当にいくなら彼女たちは警察の御厄介になる事だろう。


 だが僕には1つの懸念けねんがあった。


 それは今回の件を先生や警察に話した場合…僕も海野茜に無理やり土下座させ暴力を振るったとして「暴行罪」や「強要罪」で逮捕される可能性があるのだ。


 彼女たちが罪を犯した事と僕が罪を犯した事はまた別の問題だからである。


 なので僕はその理由を葵さんに述べ、先生や警察には話さないでくれると助かるとお願いした。流石に停学を食らったり、警察に捕まるのはごめんだ。


「そういう理由であれば…分かりました。確かにあれは…本山君も何かしら言われる可能性がありますね。ビンタした私もですけど…」


「ごめんね、そうしてくれるとありがたいかな。…あの時の僕はどうかしてたよ。あいつが葵さんに酷い事を言ったからさ。僕は今まで葵さんが苦労しているのを見てたから…どうしても感情の抑えが利かなかったんだ」


 あの時僕が冷静に対処していれば、彼らだけが警察の御厄介になっていただろう。


 しかしあの時の僕は本当に頭に血が登って感情の抑えが利かなかった。まさに「怒髪、天を突く」の状態である。


 …ううん、反省しよう。自分でも馬鹿な事をしたと思っている。


 基本的に僕は気の長い人間で怒る事などめったにない…が流石にアレには腹に据えかねた。


 自分の好きな人の今までの頑張りを踏みにじられて、僕は冷静でいる事が出来なかった。海野茜を葵さんに謝罪させないと気が済まなかった。


 自分が大切に思っている人を罵倒されて怒らない人などいないだろう。


 …葵さんはあの時の僕を見てドン引きしていないだろうか? 向こうの方が圧倒的に悪いとはいえ、力ずくで土下座させたのはちょっとやりすぎたと思っている。


 葵さんにだけは嫌われたくない。また彼女と色々話したい。彼女と協力プレイがしたい。彼女と…一緒にいたい。


 それができなくなるだけで僕の心は絶望が支配するだろう。


「あの子に暴力を振るったのは私も同じですし…それに私のために怒ってくれたのは嬉しかったです」


 僕の不安とは裏腹に葵さんはそう言って笑みをくれた。僕は彼女の答えに安堵した。


 

◇◇◇


おそらく逮捕エンドを期待していた方もいると思いますが、やりたいエンドがあるのであえてこのような展開にしております。

3人の結末はしっかり書きますのでもうしばらくお待ちください。

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