僕の怒りは頂点に達する
全身を駆け巡る血液がまるでマグマのように沸騰しているのを感じる。
…かつて僕の人生でここまで怒りを感じた事があっただろうか?
僕の感情をここまで高ぶらせているのは目の前の女の子の涙。
彼女は…葵さんは今まで必死に海野茜の世話を焼いてきた。
病弱な彼女が少しでも過ごしやすいように教師と相談してサポート体制を整え、何か粗相をやらかせば頭を下げに行き、相手をなだめた。間違った行動をとれば叱り、正しい道に導こうとした。
それは決してお節介などではなく、そうしなければ海野茜はまともに学校生活を送れていたかどうかすら怪しい。海野茜は葵さんの手厚いサポートの元に学校生活を享受できていたのだ。
普通の人間なら大きな恩を感じる相手。感謝しこそすれ、罵倒するならんてあり得ない。
…葵さんが海野茜のためにここまで行動できたのは彼女の事を「妹」として大事に思っていたからに他ならない。
彼女たちの本来の関係は「従妹」、葵さんがあそこまで海野茜にしてやる義理などない。
本当の家族にも近しい存在と思っていたからこそ、あそこまで行動できたのだ。赤の他人なら放っておいて終わりだろう。
しかし…海野茜はその葵さんの気持ちを、今までの尽力を全て踏みにじるような事を言った。
僕は自分の好きな人をここまで悲しませた海野茜を許せなかった。
「こういう時こそ冷静に対処しなければいけない」と頭では分かっているのだが、僕はそれ以上自分の感情を抑えられそうになかった。
「葵さん、来て」
「えっ? 本山君?」
僕は葵さんの手を引っ張り、強引に教室の中に連れて行った。海野茜に誠心誠意謝罪させる。そう決意を込めて。
○○〇
僕たちが再び教室に入ると海野茜はこちらを睨みつけた。
「何? 陰キャと偽姉。まだなんか言いたい事があるの?」
「…謝れ」
僕はドスの効いた声で海野茜にそう命令した。自分でもここまで低い声がでるとは思わなかった。
「はぁ? なんで私がアンタに謝らなきゃいけない訳?」
「僕にじゃない! 葵さんに謝れ!」
僕は大声で海野茜を怒鳴りつける。あまりにも大きな声だったので周りにいたクラスメイトたちがビクッと身体を震わせた。海野茜も僕がそんな大きな声を出せるとは思っていなかったのか、驚いた表情をしている。
僕はすでに自分の事などどうでも良くなっていた。でも葵さんへの罵倒は謝罪させないと気が済まない。
僕は彼女に詰め寄り、葵さんが彼女のために今までどれほどの苦心をしてきたのか話した。
「葵さんはなぁ! 今までお前のために散々苦労してきたんだぞ! お前が生活しやすいようにサポートして、お前が何かやらかしたらその人の所に謝罪しに行って! 自分にはそんな義務もないのにだ!」
「そ、それはそこの偽姉が勝手にやった事じゃない。余計なお節介だわ!」
「断言してやる! お前のそのゴミみたいな性格じゃ葵さんがいなけりゃまともに学校生活を送れてないよ。周りから嫌われて終わりだ。葵さんが必死に頭を下げてくれていたからこそ、お前は今までクラスメイトたちから相手にされてたんだよ」
「確かに。葵ちゃん小学校の時からずっとあの子のお世話焼いてたもんね。必死に『茜をお願いします』って周りの人にお願いしてた」「そこまでしてくれた人を罵倒したの? ひっど…人の心ないんじゃない?」「クズだな」「葵さんかわいそう…」
「ううっ…」
僕の言葉を聞いた周りのクラスメイトたちも援護射撃をくれる。流石の海野茜もクラスメイトたちによる多数の言葉の弾丸を浴びて怯んだ。
「家族でもない人に普通ここまでしてくれる人はいないぞ! 葵さんがお前の事を本当に妹だと思って大事にしていたからこそできた事だ。それをお前は…」
「も、本山君、私の事はいいですから…」
葵さんがヒートアップする僕を止めようとして来るが、僕はもう止まれなかった。
「葵さんに謝るんだ!」
「いや! 偽物の姉になんか絶対に謝ってやらない!」
「ふざけんな! 葵ちゃんに土下座して謝れ!」「そうだ! そうだ! 土下座しろ!」「「「どーげーざ! どーげーざ!」」」「このクソ女!」
他のクラスメイトたちも一向に謝らない海野茜にしびれを切らしたのか土下座コールを始めた。みんな彼女に腹が立っているのだろう。
「ううっ…なによ。なんなのよ…」
どんなに気の強い人間でも周りの人間全てからボコボコにされれば崩れる。あの負けん気の強い海野茜の目に涙がたまり始めた。
彼女は周りからここまで言われてやっと…自分のした事の愚かさを理解し始めたのかもしれない。
「この状況はお前が招いたんだ。お前の性格じゃいつ似たような状況になってもおかしくはなかった。それを葵さんは必死に抑えてくれてたんだぞ! お前はそんな人を罵倒したんだ!」
もはや彼女が土下座して謝らない限り、みんなは納得しないだろう。
「ちょ、何するのよ!? 触らないで変態!」
僕は彼女の頭を掴み、力ずくで地べたに下げさせた。彼女は必死に抵抗してくるが、所詮はか細い女。男の力には敵わない。
「痛い! 離して…このセクハラ男!」
「土下座の仕方が分からないのなら教えてやろうか? 頭を地面にこすり付けて『申し訳ありませんでした』って相手に許しを請うんだよ」
暴行罪? 強要罪? そんなの知った事か! 僕はこいつが葵さんに誠心誠意謝罪するまで絶対に許さない!
僕の頭には完全に血が上っていた。
「誠也、斗真君助けて!」
海野茜は木島と清川に助けを求めるが、彼らも彼女の酷すぎる言動には思う所があったのか、目を背けた。もうこの教室に彼女の味方は誰1人としていない。
「お前は言ってはいけない事を言って相手を傷つけた。相手を傷つけたならどうする? こんなのは幼稚園児でも分かる事だ。高校生のお前なら…分かるよな?」
「グスッ…分かった。分かりました。私が悪かったです! お姉ちゃんごめんなさい、言い過ぎました! 許してください! ひっぐひっぐ…」
そこまでやって初めて…彼女は涙ながらに謝罪の言葉を口にした。
◇◇◇
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