葵さんの涙
「みんなもう分かってるんだよ。お前が僕を貶めるために葵さんのブラを盗んで鞄の中に仕込んだのがな!」
「う、うるさい!うるさい!うるさい! 陰キャチー牛如きが私に口答えするんじゃないわよ! このゴミクズ!」
僕に論破された海野茜はその場で地団太を踏みながら喚き散らした。もはや僕を罵倒するだけで反論にすらなっていない。
自分たちの悪だくみを完膚なきまでに見破られたので、それくらいしか言える事が無いのだろう。
「人を陥れようとするなんて…ゴミなのはどっちだよ」「本山君がそんな事する訳ないよ」「本当にクズ。人の形をしたゴミ」「前から嫌いだったけど、もっと嫌いになった」「あの3人の言葉はもう信じない方が良いな」「お前らがクラスから出てけよ!」
事件の真相を聞いたであろうクラスメイトたちの冷たい視線が3バカへと降り注ぐ。もはやクラスの空気は圧倒的に僕の主張が正しいという風に傾いていた。
僕はこの時のために…海野茜がいつイチャモンをつけてきても、クラスのみんなで彼女に対抗できるように彼ら抱き込んで「根回し」を行っていたのだ。
今回は3バカの策略により、僕の鞄から下着が出てきた事で彼らの間にも動揺が走ったようだが…彼らはちゃんと僕の反論を聞き入れ、どちらの主張が正しいかを合理的に判断してくれた。
以前のセクハラ事件の時みたいに僕の主張を聞かずに一方的に追い出したりはしなかった。
…もし僕が「根回し」をしていなかったら今回もヤバかったかもしれない。事前に「根回し」していたからこそ、彼らは海野茜の主張をそのまま鵜呑みにせずに僕の反論を聞いてくれたのだ。
「ううっ…」
「くっ…」
「………」
クラスメイトたちが向ける憎悪の圧力に流石の3バカもたじろんだ。彼らは完全にクラスメイトたちからの信用を無くし、そのヘイトを買う事になった。これからの学校生活が地獄になる事は確定だろう。
「茜」
そして…事件の真相を聞いた葵さんもクラスメイトたちと同じく海野茜の行動が腹に据えかねたようだ。葵さんは静かに海野茜の目の前まで行くと彼女に雷を落とした。
「茜! あなたは何という事を…。本山君に下着を盗んだ罪を着せようとするなんて…。謝りなさい! 今日という今日は謝るまで許しません! その後で警察にも行きますよ。これはれっきとした犯罪です。許されざる事です!」
葵さんは海野茜をひっぱり僕に謝罪させようとする。だが海野茜は必死にそれに抵抗した。
まぁ…こうなる事は分かり切っていたけどね。
「い、いやよ! なんでこんな陰キャチー牛に頭を下げないといけない訳?」
海野茜がその言葉を放った瞬間、教室中に「パッチーン」という小気味のいい音が響いた。どうやら葵さんが海野茜の頬をビンタしたらしい。
海野茜は唖然とした顔をしながらビンタされた頬を撫でた。まさかビンタされるとは思わなかったのだろう。
「おねえ…ちゃん?」
「いい加減にしなさい!!! あなたは本当にどうしちゃったの? やって良い事と悪い事も分からなくなったのですか?」
葵さんは必死の思いで海野茜を叱る。大切に思っている妹分だからこそ…多少痛みを感じさせても自分の犯した罪の重さを分かって欲しかったのだろう。
だが海野茜は葵さんのそんな思いも知らずに彼女を睨みつけた。
「なによ…ちょっと健康に生まれたからっていい気になっちゃってさ」
「茜?」
彼女はそのまま葵さんに怒鳴り散らす。
「私はねぇ! ちっちゃい時からずっと病弱で! 一杯苦い薬飲んで! したくもない注射もして! 変な装置ハメられて! 他の人と同じ事もできなくて! 沢山沢山不幸な目にあって来たのよ! だからこそ私は幸福になりたいの! イケメンの王子様と幸せな生活がしたい、それだけだったのに! どうしてそんな些細な幸せすら許されないの? こんなクソ陰キャチー牛が私の初キスの相手だなんて! 私を不幸にした存在に恨みを晴らして何が悪いの? …健康に生まれたお姉ちゃんには私の気持ちなんて絶対に分からないでしょうね。はぁ…はぁ…」
一気に感情を爆発させたせいか、海野茜は胸を押さえてよろめく。身体が弱い彼女には感情を爆発させるだけでもキツイのだろう。
「茜…少し落ち着きなさい。また倒れますよ」
「うるさい! 本当の姉のような顔しちゃってさ! ただの従姉の癖に! 余計なお節介ばかり焼いて、いい加減うっとおしいのよ! もう2度と私の姉の様な顔をしないで! 目障りだわ!」
「ッ! あ…かね…」
葵さんの声は震えていた。
海野茜の罵倒を浴びた葵さんは心臓…といっても痛いのは「心」の方だろうけども。「心」を両手で押さえながらクラスから去ろうとする。
「す、すいません本山君、後で絶対謝罪させますから。ちょっと…失礼します」
彼女は僕の横を通りすぎ、教室の外に出て行った。その目に涙を浮かべながら。僕は葵さんが心配だったのでその後を追う。
彼女は廊下の隅で大粒の涙を流して泣いていた。
「葵さん…」
「本山君…ごめんなさい、ごめんなさい…。本当にあの子がとんでもない事を…本当にごめんなさい…。私の謝罪じゃ足りないでしょうけど…ごめんなさい…」
葵さんは泣きながら海野茜の悪行を僕に謝罪してくる。彼女は自分が苦しいにもかかわらず僕への謝罪を優先してきたのだ。
葵さんは今まで海野茜のために沢山世話を焼いてきた。彼女が過ごしやすいようにサポートしたり、彼女がやらかした事を謝罪して回ったり。彼女を本当の妹のように思っていたからこそ、そこまで行動できたのだろう。
だが海野茜はその葵さんの気持ちを踏みにじった。
葵さんの涙を見た僕の怒りは頂点に達した。
◇◇◇
次回、主人公キレる!
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