~Another side 3バカの悪だくみ~

 ある日の昼休み…海野茜、木島誠也、清川斗真の3人はいつもの如く空き教室で昼食を取っていた。


 ここの所、海野茜の機嫌はずっと悪かった。姉である葵に説教されてからずっとである。


 本来であれば…茜は気持ちの悪い陰キャにセクハラされた被害者であるはずなのに、逆に謝罪しろと言われたのが未だに腹に据えかねているらしい。


 彼女の今日の昼食はパンなのであるが、そのパンをガブリガブリと鮫のように嚙み千切りながら食べていた。まるでパンにやつあたりでもしているかのようだ。


 そして木島誠也の機嫌も前にも増して悪くなっていた。彼は先日、自分の想い人である葵をめぐって賭けをし、無様にも負けを晒したのである。


 現在の彼は自分の好きな人に近づく事さえ許されず、見下していたはずの陰キャにダンス勝負で完敗した屈辱による怒りをその腹の中にため込んでいた。


 その機嫌の悪い2人の隣で清川斗真は「この気まずい空気をどうしたのか?」と1人、頭を悩ませていた。


 そんな中、昼食を食べ終えスマホで面白いトピックでもないかと画面をスクロールさせていた茜がポツリと口を開く。


「…下着ドロ?」


 斗真はそう呟いた茜のスマホをチラリと覗き見る。彼女のスマホの画面には最近この辺りを騒がせている下着泥棒のニュースが映っていた。


 なんでも女子中学生や女子高生といった若い女性の下着ばかりを狙う下着泥棒で、もう5人程被害に遭っているらしい。警察は何をやっているんだと斗真は思った。


 そのニュースを読み終えた茜がニヤリと意地の悪そうな笑みを浮かべる。


「…閃いたわ。これよ!」


「なにがだ?」


 突然ウキウキとした声をあげた茜に誠也が尋ねる。


「あのゴミクズ陰キャを犯罪者に仕立て上げる作戦」


「何、本当か? 俺は乗るぜその作戦に!」


 茜のその発言に誠也は身を乗り出して反応した。誠也にとっても本山生人は排除したい相手であった。


 あいつさえいなくなれば…葵は自分に振り向いてくれるかもしれない。彼はそう信じて疑わなかった。


「あの時…私の主張が通らなかったのはお姉ちゃんがあのゴミクズ陰キャのセクハラ行為に正統性があったとかいう意味の分からない事を言ったから。でも…あのゴミクズ陰キャが犯罪を犯したという確たる証拠があったとしたらどうかしら?」


「もったいぶらずにとっとと作戦を話せよ」


「せっかちねぇ…まぁいいわ。作戦は簡単よ。私がお姉ちゃんの下着を盗んであのゴミクズ陰キャの鞄に入れる。次にアンタがみんなの前であのゴミクズ陰キャの鞄に入っている下着を見つけて糾弾するのよ。『こいつは女の子の下着を盗んだ犯罪者だ!』って。あいつがどんな言い訳をしようと証拠が鞄の中に入っているんですもの。周りの人間は私たちの言葉を信じるわ。そうなれば…あいつは犯罪者としてクラスにはいられなくなるでしょうね」


 茜はゲス顔をしながら誠也に作戦を説明した。


「なるほど…悪くねぇ作戦だな。でも何で葵の下着なんだ? お前の下着でよくねぇか?」


「バカね。あんな陰キャチー牛に私の神聖なる下着を触らせる訳ないでしょ! あのね、私はお姉ちゃんにも陰キャチー牛に触られるという気持ち悪さを味わって欲しいの。…お姉ちゃんはあの時、あの陰キャにキスされてもいいと言ったわ。でもあれは絶対に嘘! お姉ちゃんも私と同じ立場になれば私の意見に同意してくれるはずよ。流石に自分の下着を触られれば…お姉ちゃんも理解できるでしょう、私があの時感じた気持ち悪さを!」


 茜の作戦は生人への復讐と共に、姉である葵への憂さ晴らしも兼ねていた。


 姉にも陰キャチー牛に触られるという嫌悪感溢れるあの不快な気持ちを味わって欲しい。できれば自分と同じくあの陰キャのキスを味わってほしかったが、キスをする状況など早々ない。


 なので茜は姉の下着をあの陰キャに触らせる事で、自分が感じた嫌悪感を姉にも味合わせようとしたのである。


 それにもし姉があの陰キャチー牛に触られる嫌悪感を理解してくれたとすれば…姉はあの陰キャの救命行為という名のセクハラ行為に「正統性があった」と言った主張を取り下げてくれるかもしれない。


 そうなれば姉も自分の味方だ。


 加えて本山生人が「下着を盗んで罪を犯した」という証拠をクラスメイトたちに提示させれば…あの時姉の言葉で生人側に傾いたクラスメイトたちも「彼はやっぱりあの時セクハラをしたんだ。茜の言葉は正しかった」とまたこちら側に意見を変えてくれるだろう。


 そうなれば彼の味方はいなくなり、今度こそ終わりだ。彼は犯罪者としてクラスから追放…もっと言うと警察に捕まるかもしれない。


 茜はその時を想像してほくそ笑んだ。自分をコケにしたあの気持ちの悪い陰キャをようやく排除できるのだ。


 だがそこで茜の作戦を聞いた斗真から「待った!」がかかる。


「茜、流石に罪をでっちあげるのは不味いよ。茜の気持ちは分かる。でも本山君は何も悪い事をしていないじゃないか」

 

 斗真はこの3人の中では比較的まともな倫理観を持っていた。彼は以前から生人に申し訳ない事をしたと思っていたが、茜の気を引きたいがために彼女の言葉に同調していただけなのだ。


 だが今回の作戦はいくらなんでも酷すぎる。


 前回は茜の思い違いもあった。しかし今回は完全に無実の罪を彼に着せ、犯罪者として晒上げようと言うのだ。まともな倫理観ではありえない。


「なに斗真君、私の意見に反対だって言うの? 私がこんなに酷い目にあってるっていうのに協力もしてくれないの? まさか斗真君もチー牛じゃないでしょうねぇ…」


 「チー牛」という言葉は便利な言葉である。元は特定の容姿をした人物を指す言葉だったのだが、昨今では「自分の気に入らない人物に対してレッテルを張り、精神的に優位に立つ」ための言葉として使われる。


 茜は自分の意見に反対した斗真を「チー牛」扱いする事で「自分の意見に従わない奴は全員キモイ陰キャ不細工アホバカゴミ!」とレッテルを張り、取るに足りないカスみたいな奴だと主張したのだ。


 そしてそれは斗真の心に突き刺さった。


 中学時代の斗真はクラスカーストで下から数えた方が早い陰キャであった。イジメこそされていなかったが、クラスでの扱いは良いものではなかった。


 …もうあの陰キャチー牛時代には戻りたくない。自分は高校生になってカースト上位に生まれ変わったんだと斗真は陰キャチー牛扱いされるのを嫌がった。


 その結果、彼は自分の意見を反転させ茜に「賛」を唱えたのである。


「まさか、俺も茜の意見に賛成だよ。あの陰キャチー牛を成敗しよう!」


「さっすが斗真君♡ 話が分かる!」


 茜は斗真も自分の考えた作戦に同意した事に上機嫌になった。


「明日にでも実行したいところだけど…残念ながら今日は金曜日、明日は学校が休みよ。だから決行は月曜日ね。明日、お姉ちゃんの下着を盗んでおくから月曜日は頼んだわよ!」


「おうよ!」「………」


 こうして3バカは本山生人征伐に動き始めた。



◇◇◇


動き始める3バカ、どうなる主人公?

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