葵さんのお説教

「茜! いい加減にしなさい!」


 葵さんは海野茜を叱るために教室に殴りこんだ。僕と正平も彼女の後ろに続く。


「ゲッ、お姉ちゃん…」


「我儘ばかり言って他の人を困らせるんじゃありません!」


「で、でもお姉ちゃん。私は病み上がりなんだよ。心臓が止まってたんだよ?」


「消しゴムぐらい病み上がりでも拾えるでしょ!」


 それまでの葵さんとは思えないぐらいもの凄い剣幕だった。彼女はどちらかというと落ち着いているクールなタイプのように思えたが、その葵さんも身内のあまりの恥さらしぶりに堪忍袋の緒が切れたらしい。


 葵さんの姿を見た海野茜はあからさまにイヤそうな顔をしながら言い訳を述べる。流石の彼女も長年一緒にいる姉のような存在には頭が上がらないみたいだ。


「そ、そうだぜ葵。茜は病み上がりなんだから、ちょっとぐらい我儘を言ったって…」


 2人のやり取りを見ていた木島が海野茜を擁護しようと話に割り込んで来る。葵さんは彼を睨みつけた。


「あれが『ちょっと』? 頼みごとをするのはまぁいいでしょう。しかし自分の要望が通らなかったからと言って相手を罵倒するのは『ちょっと』の我儘の域を超えています! 木島君、あなたも茜の友達ならあまりにも目に余る行いは止めるべきではないのですか? 適当に媚びを売っていれば女の子に好かれると思ったら大間違いです!」


「うっ…」


 スゲェ…あの木島が怯んだ。お調子者の木島が怯んでしまうほど今の葵さんの迫力は凄まじい。美人は怒ると怖いと聞くが、まさにその通りである。


 葵さんは海野茜に向き直ると再びお説教を始めた。


「茜、いつも言っているでしょう。自分を助けてくれる人には感謝をしなさいと。あなたは沢山の人の厚意によって生活できているのですよ? もしあなたを助けてくれる人がいなくなったらどうするんですか? あなた1人で生活できるんですか?」


「だ、大丈夫だよお姉ちゃん。だって私可愛いし。助けてくれる人は一杯いるよ!」


 うわぁ…大多数の女子を敵に回す発言だな。要するに「私は他の女子と違ってモテるから助けてくれる人がいなくる訳ないでしょ!」と。


 でもいくら見た目が可愛くても限度というものがある。実際に先ほどのまでのクラスの反応を見て、彼女の取り巻きである木島や清川などの一部のクラスメイトを除き、それ以外のクラスメイトは彼女に愛想をつかしているように思われた。


 と、そこで僕と海野茜の目が合った。葵さんに気を取られすぎていて、僕がいる事に今気づいたらしい。僕の姿を見つけた彼女は憎しみの表情に変わる。


「何で性犯罪者がここに居るのよ! さっさと出て行きなさい陰キャチー牛! 気持ち悪い!」


 彼女は相変わらず僕を罵倒する。だがそこで再び葵さんの雷が彼女に落ちた。


「自分の命を助けてくれた人に何て言い方をするの! 謝りなさい!」


「だ、だってお姉ちゃん。こいつ無理やり私の胸揉んだりキスしたりしたんだよ? 只の性犯罪者じゃない?」


「それはあなたの命を助けるためにやった事でしょ? 本山君が助けてくれなかったらあなたは今ここにはいないのよ?」


「こ、こいつはする必要もないのに、いやらしい事をしたいがためにやったのよ。私には心臓マッサージも人工呼吸も必要なかったのに…」


「お医者様からあなたの心臓が止まっていた事は確認済みです。それにあなたもさっき自分で『心臓が止まってた』って言ってたじゃないですか。心臓が止まっていたのなら心臓マッサージと人工呼吸をするのは適切な処置になるんじゃないかしら? どうしてそんな嘘をつくんですか?」


「ううっ…」


 つべこべと御託を並べる海野茜を葵さんは理詰めで論破していく。あの海野茜が涙目になっていた。


「えっ…本山君ってセクハラ目的じゃなくて正当な理由で救命行為をしてたの?」「お姉さんの葵さんが言うのなら間違いないんじゃない?」「俺は最初からそう思ってたんだ。あんな性悪女の言い分を信じるなよ」「すまん、本山…」


 2人の話を聞いたクラスメイトの間にどよめきが走る。


 …葵さんがみんなの前で海野茜の公開説教を申し出たのはクラスメイトたちへの誤解を解く目的もある。2人の問答により、クラスメイトたちの僕への誤解が解け始めているようだ。


 一昨日、僕を糾弾きゅうだんしたクラスメイトたちは今度はその悪意ある視線を海野茜に向けていた。葵さんの証言と海野茜の性悪な性格がクラスメイトたちに露呈ろていしたのが大きいのだろう。


「あなたの嘘のせいで本山君はとんでもない被害をうけたのですよ。恩を仇で返すような真似をしてどうするのですか! あなたは一族の恥です! 彼に謝りなさい! ここで、今すぐに!」


 葵さんは海野茜に詰め寄り、僕への謝罪を要求した。姉として身内の正すべき所は正さないといけない。そんな気迫を感じる。しかしそれでもまだ海野茜は言い訳をする。


「デモデモダッテ…いくら命を助けられたとはいっても、こんな陰キャにキスされるなんて気持ち悪いんだもん! 私のファーストキスだったんだよ? お姉ちゃんだってこんな陰キャチー牛にキスされるのとかイヤでしょ?」


 葵さんはそう言われてチラリと僕の方を見ると少し頬を赤らめた。


「わ、私は別に構いません。自分の命には代えられませんから。そんな事よりも早く本山君に謝りなさい!」


「イヤよ。それだけは絶対にイヤ! なんで私がこんな陰キャチー牛に頭を下げないといけない訳? 気持ち悪いものは気持ち悪いの!」


 海野茜は目に涙を溜めながら僕への謝罪を拒否した。


 甘やかされすぎて自分が特権階級とでも思っているのか、それとも一度言い出した手前引っ込みがつかないのか。彼女はどうしても僕に謝りたくないようだ。


「ま、まぁまぁ茜のお姉さん。嫌がっているのに無理やり謝らせるのもどうかと思うよ」


 後ろから声がしたので振り向くと、トイレに行っていた清川が戻ってきたようだった。彼はお説教の一部始終を聞いていたのか、海野茜の擁護に回る。葵さんは彼を一瞥いちべつすると言葉を放った。


「部外者はすっこんでいていただけますか? これは私たち一族の問題です」


「そういう訳にもいかないさ。泣いている女の子を放っておく訳にもいかないからね」


「斗真君…/// ありがとう♡」


 清川は葵さんから海野茜を庇うように彼女の前に立った。彼の騎士の如き行動に海野茜はときめいているようだ。


 …清川はどうしてあんな女を擁護するのかねぇ? 彼ぐらいイケメンならあいつに執着しなくても他の女の子と付き合えそうなのに。というかむしろ海野茜の擁護に回る方が他の女の子のヘイトを買いそうな気がするが…。


 彼をそこまでさせる何かが海野茜にはあるというのだろうか? 確かに顔だけはいいが…それ以外はゴミだぞ。


 キーンコーンカーンコーン!


「みんなー席に着きなさーい。出席をとるわよー」


 しかしそこでタイミング悪く朝のSHR開始を告げるチャイムが鳴り、担任の鎌田先生が教室の中に入って来た。残念ながらお説教はここで一旦おしまいのようだ。


 お説教の様子を見物していたクラスメイトたちもゾロゾロと自分の席へ戻っていく。


「ごめんなさい本山君…。絶対に茜には謝罪させますので、続きは次の休み時間に」


「葵さん、ありがとう。僕のためにここまでしてくれて」


「ううん、本山君は本来賞賛されるべき行動をしたのです。だから罵倒されたり迫害される方がおかしいのよ。あなたの名誉は回復されるべきだわ。それに…あなたには命を助けられた恩もあります。むしろまだ返し足りないぐらい。またこれとは別にお礼…させて下さい」


 葵さんはそう言うと隣のクラスに戻って行った。僕も自分の席に着席する。彼女のおかげでクラスメイトたちの誤解は解けた。なんとか高校生活は続けられそうだ。



◇◇◇


当然ですがざまぁはまだこれで終わりではありません。

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