再び学校に向かう僕
次の日、僕は葵さんの言葉を信じて学校に行く事にした。制服に着替え、鞄に教科書とノートを詰めると家を出る。そして駅に向かい電車に乗った。
僕の心臓は緊張でバクバクしていた。葵さんが最大限フォローしてくれるとは言ったが、僕はクラスメイトたちの視線が…僕に対するあの悪意に満ちた視線が恐ろしくて仕方がなかったからである。
海野茜が放った『陰キャに助けられるぐらいなら死んだ方がマシ!』という言葉と共に僕の中でそれはトラウマになっていた。
しかし、だからといって怖気づき、学校に行かないのであれば永遠に僕の濡れ衣は晴れない。恐怖に立ち向かわなくては手に入れられる物も手に入れられないのだ。まさに「活路は後ろに逃げる事ではなく、前に進む事である」という状況だ。
「おっ、生人いた!」
「…正平」
「学校、一緒に行こうぜ。大丈夫、俺が付いているから!」
「…ありがとう」
通勤・通学ラッシュ時の満員電車の人混みをかき分けて正平が僕の隣にやって来た。彼は満員電車を避けるために、いつもならもう1本遅い電車に乗っているはずである。だが今日は僕を元気づけるために一緒に学校に行ってくれるらしい。
なんとも心強い。…本当に彼はいい奴だ。
電車が隣町の駅に到着し、僕たちは駅のホームに降り立つ。そして共に学校へと向かった。
○○〇
「あっ、来てくれたんですね。では…教室に向かいましょうか?」
学校に着くと校門の前で葵さんが僕たちを待ってくれていた。
海野茜はもうすでに登校しているらしく、早速今から謝罪させに向かうらしい。僕たちは彼女の後に着いて自分たちの教室へ向かった。
数分後、僕たちは教室の前にやって来た。僕の背中には冷や汗が流れ、手は汗でベトベトだ。
正平と葵さんがいるとはいえ、やはり恐ろしいものは恐ろしい。ゲームで例えるなら、今からラスボスのいる部屋に突入するかのような気分だ。
僕はまず中の様子を確認してみようと、恐る恐る教室を覗き込んだ。
海野茜は自分の席に座っていた。
「ちょっと! そこの…陰キャ」
「えっ? 俺の事?」
「ええ、アンタの事よ。1限の数学、先生に当てられているのだけれど、分からないからアンタ代わりに解いておいてくれない? 問1のところね」
「それくらい自分で解けよ…」
「はぁ~~? 私、女なんですけど!? アンタ女の子が困っているのに力を貸さないって事? ハッ! だからアンタはモテないのよ。もういいわ陰キャチー牛、向こうへ行きなさい。シッシッ! 気色悪いわね!」
「…酷い言いようだな」
教室の中をチラリと覗き見ると、海野茜がクラスの男子を捕まえてこき下ろしていた。噂通りの我儘っぷりだ。その男子は呆れてその場から離れて行った。
「おいおい、茜。そういう事を言うのはかわいそうだよ。俺も手伝ってあげるから一緒に解こう?」
「えぇ~~。斗真君がそう言うならぁ…茜、頑張っちゃおうかなぁ♡」
だがクラス1のイケメンである清川に話しかけられた彼女は先ほどの辛辣な態度とは打って変わり、猫なで声をしながら彼に甘え始めた。どうやらクラスカースト上位とそれ以外とで露骨に対応を分けているようである。
清川の方もそれにまんざらでもないようだ。笑顔で彼女に数学の問題を教えている。…まぁ彼女は「顔だけ」は良いからな。
僕はもう少し彼女の様子を観察してみる事にした。
「解けた! さっすが斗真君、教え上手~♡」
「ハハッ、茜の呑み込みが早いからだよ。…ちょっとトイレに行ってくるね」
「いってらっしゃ~い♡ …はぁ、斗真君行っちゃった…」
数学の問題が無事解けた彼女は清川に雌の表情で甘えた。しかし清川がトイレに行くと言って教室から出ていくと、彼女はとろけた雌の表情から元の不機嫌な顔へと戻り、机に頬杖をつく。
その際に机の上に置いてあった彼女の消しゴムが肘で弾かれ床に転がった。彼女は近くにいた女子に声をかける。
「ねぇあなた。消しゴム拾って」
「…それくらい自分で取りなさいよ」
「はぁ~~? 私、病弱なんですけど!? あなたは病弱な私がこうやって頼んでいるのに消しゴムも拾ってくれないの? 顔も悪い上に性格も悪いのね。彼氏とかできなさそう」
「クッ…」
海野茜に煽られた女の子は渋々消しゴムを拾うと彼女の机にそれを叩きつけた。
…あんな事を言われたら怒って当然だろう。
「うわ、ひっど~い」
「おい、お前! 茜になんて事をするんだ! 茜は病弱なんだぞ! 謝れよ!」
「ヒッ、木島君…ごめんなさい」
ところがその様子を見ていたクラスのお調子者の木島に彼女は行動を咎められた。彼は身長が高いので睨まれるとそこそこ迫力がある。
…背の高い男子にああやって睨まれたら女子は怖いだろうな。
木島は葵さんたちと同じ中学出身で昔から海野茜に気があるらしく、よく一緒に行動しているようだ。一昨日、彼らが顔見知りみたいな反応をしていたのはそのためである。
海野茜は自分が病弱なのとクラスのトップカーストである清川・木島と仲が良いのをいい事にやりたい放題しているようだ。
…と、そこで僕はこれまで教室内で起こった一連の出来事を見ていて少し違和感を抱いた。
一昨日、クラスメイトの大部分は海野茜に同情するような視線を向けていた。それこそ病弱な悲劇のヒロインを見るかのような。
だが今日は一部の連中を除くとみんな彼女にうんざりしたような視線を向けている。この2日で一体何があったのだろうか?
「生人は昨日休んでいたから知らないだろうけど、凄かったんだぜ? もう我儘・理不尽のオンパレード。流石の俺も
正平がゲッソリとした顔でそう言った。
たった2日でそんな反応をされるなんてどれだけ我儘を言ったんだよ…。
同じくその光景を見ていた葵さんは身内の愚行に眩暈を覚えたらしく、その場で少しよろけた。僕は彼女がこけないように慌てて支える。
「…ありがとう本山君。はぁ、今日という今日は本当に叱らなくちゃ…。準備はいいですか?」
今から教室に突入するらしい。僕は彼女の問いに頷くと教室へと突入した。
◇◇◇
次回、お説教開始。
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