僕は女の子から謝罪される

 正平が連れてきた女の子はまさかの昨日僕が暴漢から助けた女の子だった。


 背は160センチぐらい、肩下まで伸ばした黒髪を後ろでまとめて2つ結びにしている。顔は可愛かった。うちの学校でも上位に入るぐらいの可愛さだ。だが表情が少し強張っているせいか生真面目そうな印象を受けた。


 正平が彼女の事を紹介してくれる。


「紹介するよ。彼女は海野葵うんのあおいさん。俺たちと同じ高校の1年。クラスは別だけどな」


「海野…?」


 「海野」という名字を聞いた瞬間、僕は身構えた。昨日の出来事を思い出して心が暗黒に染まる。


 「海野」…という名字から推測するに、彼女は僕を地獄に叩き落したあの海野茜の関係者だろうか? 


 彼女の顔をもう1度よく観察してみると、確かにどことなく海野茜に似ているように思われた。


 正平はどうしてそんな人間を僕の家に連れて来たんだ? 


 僕は正平の意図が分からずに彼を睨んだ。


「おっと、勘違いするなよ。葵さんはお前の敵じゃない。味方だ」


「味方?」


 僕が正平に不信感を募らせていると、その女の子は僕の家の玄関先で土下座した。


「本山君、この度は妹が本当にご迷惑をおかけしました…」


 いきなりの彼女の行動に僕は呆気にとられた。


「えっと…葵さんでしたっけ? 頭を上げて下さい。こんなところで土下座なんてしたら汚いですよ」


「いいえ、うちの妹が本当にとんでもない事を…。命を助けて貰った相手にしていい事ではありません。本当に何と謝罪したらいいか…」


 僕がそう言ったにも関わらず、彼女は玄関の床に自分の頭を擦り付けて謝罪した。


 「妹」…という事は彼女は海野茜の姉なのだろうか? 


 確かに海野茜がやった事はとんでもない事だ。僕の高校生活を無茶苦茶にした。


 だが当人が土下座するならともかく、あの出来事に関係のない人間にここまでしてもらう道理はない。彼女は海野茜の親族ではあるが、あの出来事には何の関係もないのだ。


 僕は彼女に頭をあげて貰おうと家に上がって貰う事にした。


「と、とりあえず中に上がって下さい。話は中で聞きますので…」



○○〇



 僕は葵さんと正平を客間に通すと、あらかじめ用意してあった紅茶とお茶菓子をテーブルに出した。僕がソファに座った事を確認した葵さんは再び僕に頭を下げ、どうして海野茜があのような事をしたのか事情を話し始めた。


 葵さん曰く…葵さんと海野茜は正確に言うとの関係にあたり、親同士が兄弟で偶然にも同じ年に生まれたため、小さい頃から彼女と付き合いがあるのだと言う。お互いに本当の姉妹のように接していたようだ。


 海野茜は生まれつき身体が弱く、同年代の子たちが当たり前にやっていた事ができなかった。


 また、それを憐れんだ両親からかなり甘やかされて育てられたので、彼女はあのように高慢で我儘に歪んでしまった、自分の思い通りにならないと癇癪をおこすらしい。


 海野茜は自分の唯一の長所である顔が可愛い事を誇りに思っており、それ故に自分がキスをする相手はイケメンが良いと普段から豪語していたようである。


 ところが救命行為上仕方がなかったとはいえ、彼女の初キッスの相手は冴えない容姿をした僕。彼女はそれに癇癪を起した。それ故に僕を性犯罪者と罵り、憂さ晴らしのためにあのような行動をした…という事だ。


 本来は葵さんが彼女の行動を止めなくてはならなかったのだが、あの時葵さんは職員室で教師と海野茜の学校生活をサポートするための相談を行っており、彼女の暴走を止める事が出来なかった。


 妹の愚行と親族として力及ばず申し訳ないと謝罪された。


 涙ながらに謝罪する彼女に謝罪されている僕の方がなんだか申し訳ない気持ちになった。彼女も苦労しているんだなぁという気持ちで一杯である。


 悪いのは葵さんではなく海野茜の方なのだ。


「本当にごめんなさい。だから…せめてもの罪滅ぼしにあなたの名誉回復を手伝わせてくれないかしら?」


「えっ?」


「明日妹にお説教してあなたに謝罪させます。妹が自分の非を認めれば、あなたの周りからの評判も回復すると思います」


 そこまで上手くいくだろうか? しかしこのまま何もしないのでは、僕はまともに高校生活を送れない。


 彼女が言うように海野茜が自分の非を認めたならば…全員とは言わないが、僕を「性犯罪者」という目で見る人間は減るはずだ。そうなれば僕は高校に通いやすくはなる。


 この最悪な状況が少しでも好転するのなら…やった方が良い事は確かだろう。


 僕は考えた末に彼女の提案を受け入れる事にした。


「ありがとう。大丈夫、あなたは私が守ります。だから明日安心して学校に来てください。それと…」


 彼女は改まった口調で次の話題に移った。


「昨日、暴漢から私を助けてくれたのも本山君ですよね?」


 彼女がその言葉を発した瞬間、またもや僕の脳裏に『陰キャに助けられるぐらいなら死んだ方がマシ!』というあの時の記憶がフラッシュバックした。


 もはやあの言葉は僕のトラウマになっていた。


 …やはり彼女も僕なんかに助けられるのは嫌だったのだろうか? 


 そんな言葉が僕の頭に流れる。


 冷静になって考えてみれば…これまでの葵さんの言動から察するに、彼女はまともな感性の持ち主で、僕の行動を否定するような女性ではないと予想できただろう。


 だが僕の心はあの時のトラウマによりそんな簡単な予想すらできないほど疑心暗鬼になっていたのだ。


 僕は心の防衛のために「アレは彼女のためではなく自分の自己満足のためにやったのだ」と強く暗示をかけた。いつ彼女に咎められてもいいように。そう思っていれば彼女に僕の行動を否定されもまだ耐えられる。


 しかし、彼女の口から出たのは僕の予想とは違う言葉だった。


「昨日、暴漢から助けてくれてありがとう。あの時あなたが助けてくれなければ、私は多分殺されていたでしょう。あと、遅くなったけど妹の命を助けてくれてありがとう。…あんな妹だけど一応親族だもの。あなたは私たちの命の恩人よ。本当に…あなたにはいくらお礼を言っても足りません」


 葵さんは昨日助けた事に対するお礼と入学式の日に海野茜の命を助けた事に対するお礼を僕に述べてきた。


 僕は予想していたものとは違う彼女の言葉に少し拍子抜けする。


 彼女は僕にお礼を言ったのか…? 罵倒ではなく…?

 

「…僕なんかが助けて良かったのかな?」


 それでもまだ彼女の言葉を信じられない僕はボソリとそう呟いた。


「当然です。私はあなたに感謝してる。命を助けられたのに文句を言う方がおかしいのです。だから…本当にありがとう、本山君」


 彼女はそう返答すると僕に向かってほほ笑んだ。今日初めて見る彼女の笑顔だった。


 美少女の笑顔というのはなんとも破壊力が高い。僕の頬は赤く染まり、恥ずかしくなって彼女から目線を反らした。


 同時に葵さんの言葉で暗黒に染まっていた僕の心が少しだけ…晴れた気がした。助けて貰ったのならお礼を言う。そんな当たり前の事をされただけなのに僕の心は感動していた。僕の行動が正統に評価されたのだ。


「た、大した事はしてないよ」


「ううん、自分も殺されるかもしれない状況の中で他人を助けられる人なんて中々いないわ。あの時の本山君、カッコよかったよ♡」


 彼女は少し赤面しながらそう言った。彼女の言葉と表情に僕の心臓がドキリと高鳴る。僕たちは図らずも頬を紅潮させながら見つめ合う形になった。


「あのー…お2人さん、俺がいる事忘れてない?」


「ハッ!?」


 そうだった。この場には正平もいるんだった。先ほどから一言もしゃべっていないのですっかりその存在を忘れていた。


 僕たちは慌てて表情を正した。



◇◇◇



自分の行動を評価されて少し暗黒面から立ち直った主人公。そしてその彼女の協力も得て、自身の名誉回復のために行動に移ります

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