売られた喧嘩は買うべきだ

~another side 誠也~


「ああクソッ! 腹が立つぜ!」


 木島誠也は授業が終わるとムシャクシャしながら教室を出た。理由は言わずもがな、彼が見下している陰キャ…本山生人の事を自分の想い人である海野葵が好きかもしれないからである。


 「パァンパァン」と大げさに足音を立て、いかにも自分は不機嫌ですと周りにアピールしながら廊下を歩き、昇降口にて上履きを靴箱に戻すと中の運動靴を「バチコン」と思いっきり地べたに叩きつけて怒りをあらわにしながら取り出す。


 そんな彼の様子を見た周りの生徒たちは絡まれないようにそそくさと道を開けて避けた。

 

「誰でもいいからやつあたりがしてぇ。この不快な気分をすっきりさせてぇ…。ん!?」


 そんな苛立ちを抑えきれない彼が校門付近まで来た時、気になる人影を発見する。それは自分の想い人である海野葵と件の陰キャ、そしてその陰キャの友達の3人だった。


 彼らは仲よさそうに会話しながら、どこかへ向かっているようだった。


「どこへ行くんだクソッ…。葵も葵だ。なんであんなクソ陰キャなんかと仲良くしてるんだよ。あんなのより俺の方が魅力的だろうがよ!」


 3人がどこに行くのか気になった彼は後を尾行する事にした。


 歩く事10分、彼らがやってきたのは学校近くにあるゲーセンだった。どうやらここで遊ぶようだ。


 それを見た誠也は内心大笑いする。


「プッハッハッハ! 流石考える事が陰キャだなぁ。陰キャは所詮陰キャだから女と遊ぶ所がこんな場所しか思いつかなかったんだろうが…葵は普段ゲームなんてしねぇっての。心配して損した。ざまぁ! そのまま葵に嫌われろ!」


 彼らは自分たちが普段遊んでいる物を女と一緒にプレイしたかったのだろうが…大抵の女はゲームをあまり好きではないのだ。ゲームセンターに誘われて喜ぶ女はいない。おそらく葵は優しいので誘われた手前、仕方なく着いてきただけだろう。


 女慣れしていない陰キャはこれだから! だからお前らはモテないし、せっかく仲良くなった女からも愛想を尽かされるんだよと誠也は彼らをあざ笑う。


 …ところが事態は彼の想像とは違う方向に向かった。


 なんと葵はとても楽しそうにゲームをプレイしているのである。


「…嘘だろ? 葵はゲームなんてしないはずだし、興味もないんじゃなかったのかよ…」


 誠也は葵の情報はそこそこ調べ上げていた。彼女の家は親が厳しくゲームなどは娘に買い与えていない。そして葵自身もゲームにそれほど興味がある様子はなかった。


 実は葵はゲームをやった事が無い故に人一倍ゲームへの関心が強かったのであるが、彼はそれを知らなかったのだ。


 誠也は楽しそうにゲームをプレイする2人の様子を物陰に隠れながらうかがう。2人は息ピッタリのコンビネーションで次々にステージをクリアしていき、ついにエンディングまで到達した。


 葵はゲームをクリアできたのがよほど嬉しかったのか、生人に抱き着いた。それを見た誠也の苛立ちはマックスになる。


「何でだよ…どうして俺じゃなくてあんな陰キャなんだよ…。俺ならあんな陰キャよりも何倍もあいつを楽しませてやれるのに…」


 次の瞬間には身体が動いていた。怒りの感情に任せて生人に罵声を浴びせる。


「オイコラァ! クソ陰キャ! 葵から離れろ!」



○○〇



~side 本山生人~


 僕は突如として飛ばされた怒声に驚き、そちらの方を振り向いた。するとそこには木島誠也が激昂した様子で立っていた。彼は大股でこちらに近寄り、僕と葵さんの間に割り込む。


「葵はお前みたいな陰キャチー牛が近寄っていい女じゃねぇ!」


「はぁ?」


「ちょっと木島君、何ですかいきなり?」


 葵さんがいきなり現れて僕たちの間に割り込んだ木島に苦言を呈する。…せっかく葵さんとゲームをクリアした感動を分かち合っていたのに水を差された気分だ。


「葵、こんな奴と一緒に遊んでいると陰キャチー牛菌が移るぞ。だから俺と遊ぼうぜ。俺ならもっと面白い場所に連れて行ってやる!」


 『陰キャチー牛菌』って…小学生かよ。くだらない。


 僕は彼の幼稚な発言に心底呆れた。葵さんもうんざりしたような顔をして彼に言葉を放つ。


「別に私が誰と遊ぼうが木島君には関係ないでしょう? 邪魔しないで下さい」


「関係あるさ! 俺は中学からの同級生として心配して言ってやってるんだ。お前にこんなゴミクズみたいな男は相応しくない。もっといい男と一緒にいるべきだ。例えば俺みたいな!」


「さきほどからチー牛だのゴミだの…本山君に失礼だと思わないんですか? 本山君は素晴らしい人ですよ、彼に謝って下さい。それに私はあなたを特段いい男だとは思いません」


「ウグッ…」


 葵さんに心に突き刺さる言葉を言われた彼は一瞬怯む。…彼女結構エグイ事を言うな。


 僕はここまでの木島の言動を見て1つの仮説を立てた。


 察するに…もしかすると彼は葵さんの事が好きなのではないだろうか? 


 葵さんは以前木島は海野茜に気があって、それで自分にも近づいてくるのだと言っていたが…おそらく彼は海野茜ではなく葵さんの方が好きなのだ。だから僕と葵さんが仲良くしているのが気に入らないのだろう。


 しかし…当の葵さんは彼の事を何とも思っていないようだ。むしろ迷惑がっている風に見える。


 葵さんは僕の行動をちゃんと評価してくれた素晴らしい人だ。彼女のおかげで地に落ちた僕の名誉も回復できた。だから彼女が困っているのなら助けてあげたい。


 ならば僕のすべき行動はただ1つ、彼が葵さんに近づかないようにする事。


 僕には木島を葵さんから遠ざける1つの作戦があった。


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛! お前みたいな陰キャチー牛に女と仲良くする権利なんて無いんだよ。お前より俺の方が優れている、相応しいに決まってる! 葵にこれ以上近づくな!」


 木島は発狂し、更に僕を罵倒する。


 僕はそこで冷静にとある提案をした。


「そこまで言うのなら勝負しない? 葵さんを賭けて、僕とお前どちらが優れているのか?」


「勝負だぁ?」


「ちょ、本山君!?」


 唐突に賭け事の対象にされた葵さんがびっくりして声をあげるが、僕は彼女に「大丈夫」と目線を送った。僕には勝算があるのだ。


「もし僕が負けたら葵さんには今後一切近づかない。でも僕が勝ったら逆にお前は葵さんに近づくな。偶然にもここはゲームセンターだ。勝負できる物は沢山ある。どう? 乗らない?」


「陰キャチー牛の分際で大きく出たじゃないか。いいだろう。…だが1つ条件がある。勝負するゲームは俺が選ぶ」


「それでいいよ」


「ハッ! 乗った! 嘘はつくんじゃねぇぞ! お前が負けたら絶対葵には近づくなよクソ陰キャ!」


 もし木島が冷静な状態なら…この状況で自信満々に勝負を持ちかける僕に何か裏があるのではないかと考えついたかもしれない。だが彼は愚かにも僕の提案に乗って来た。それほど頭に血が上っていたのだろう。


 この提案自体が僕の仕掛けただと知らずに。



◇◇◇


次回、誠也に一泡吹かせる

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