~Another side 3バカの思考~

~another side 海野茜~ 


 昼休み、海野茜は姉である海野葵に見つからないように、こそっと教室を抜け出すと近くにある空き教室で昼食を取る事にした。もちろん彼女の取り巻きである木島誠也・清川斗真の2名も一緒である。


(ああ、腹立つ腹立つ腹立つ腹立つ!!!!!)


 彼女は母親からもたされた弁当箱の蓋を開けると中身に思いっきりがっついた。ストレスによるヤケ食いである。彼女の精神は今朝の一連の出来事によるストレスで爆発寸前であった。


 …姉はあの陰キャチー牛に謝罪しろと言った。どうして自分があんなゴミに謝罪しなくてはならないのか。自分は全く悪い事はしていないのに。


 いくら命を助けられようが、あの陰キャのやった事は茜のキュートな胸を揉みしだき、プリティな唇を無理やり奪うという犯罪行為なのだ。


 自分の様な可憐な乙女の唇をあんな陰キャが奪う事などあってはならない。許されていいはずがない。


 茜は自分とあの陰キャがキスをするシーンを想像して吐き気を催した。


 (無理無理無理無理…。この最強に可愛い私があんな陰キャとキスだなんて…。私の初めては斗真君みたいなイケメンとするはずだったのにぃ~…。あんな陰キャとキスだなんて…)


 茜は少女漫画が好きであった。幼い頃より病弱であまり外に出れなかったため、親が買い与えてくれた少女漫画をベットの上で何度も読み返した。


 その結果…彼女は立派なメルヘン女子へと変貌を遂げたのである。


 彼女の容姿が人より優れていたのもそれを助長させてしまった。茜の中では彼女は病弱で可愛い悲劇のお姫様なのだ。


 可哀そうな自分はその分幸福にならなくてはならない。自分と結ばれる相手はカッコイイ美男子以外にはあり得ない。


 イケメンの王子様と結ばれてキスをして幸せに過ごす…それが彼女の思い描いた絶対の未来だった。


 しかし現実は…自分の初キッスはあんな冴えない顔をした陰キャに奪われてしまった。


 どうして自分がこんな不幸な目に合わないといけないのか? 


 ただでさえ病弱というハンデを背負っているのにあんまりである。あんな陰キャに唇を奪われるぐらいなら死んだ方がマシであった。


 茜は自分の思い通りにならなかった事に腹を立て、生人を犯罪者にしたてあげようとした。可愛い自分の唇を奪った陰キャには犯罪者として断罪される末路が相応しい。


 …だが事は彼女の思い通りには進まなかった。彼を犯罪者扱いした事で姉からお説教をくらい、追放したと思っていたあの陰キャもクラスにまた戻ってきてしまったのだ。


 その事は彼女の精神をささくれ立たせた。


「茜、そんなに急いで食べると身体に悪いよ」


 隣でパンをかじっていた斗真が彼女の行動をたしなめる。普段ならイケメンの斗真が自分を心配してくれている事に心ときめく彼女であるが、今の彼女の精神は腹の底から湧き上がる怒りに支配されていた。


(絶対に謝るもんですか。私は間違ってない。不幸な私は幸福にならなくちゃいけないの。見てなさい…あの陰キャを絶対に地獄に叩き落としてやるわ! 偉そうにお説教してきたお姉ちゃんも同罪よ!)


 茜は弁当を食べ終えるとそう誓いを立てた。



○○〇



~another side 木島誠也~


 茜の隣にいる木島誠也は先ほどから無口だった。その理由は茜と同じく煮えくり返るはらわたをなんとか抑えていたからだ。


 彼が怒りを感じているのは自分の想い人である海野があの冴えない陰キャの事を好きかもしれないからである。


 好きだからこそ…その人の変化には敏感になる。好きな人の事を注意深く観察しているが故に分かる事もあるのだ。


 茜が「陰キャとキスできるか?」と聞いた時、彼女はあの陰キャの方を見て…。


 誠也と海野姉妹は中学時代からの付き合いである。彼は海野葵に初めて出会った時、彼女に一目惚れをした。ではなくの方にである。


 彼はなんとか葵とお近づきになろうと手を尽くした。しかし葵のガードは硬く、中々仲を深めるには至らなかった。


 そこで彼が思いついたのが彼女の妹分である茜に近づく事である。「将を射んと欲すれば先ず馬を射よ」ということわざがあるように、まず妹の茜の方を篭絡してしまえば葵も自分になびいてくるかもしれない。


 なので彼は茜に気に入られようと手を尽くした。茜に気に入られようと彼女の言う事は何でも聞いてきた。


 正直な話を言うと…この我儘自己中女の事はあまり好きではない。顔こそいいが、それ以外はゴミと言っても良い。


 でも姉である葵は好きだ。性格も良いし、顔もスタイルも良い。絶対に自分のモノにしたい。


 一昨日、茜が同じクラスの陰キャからセクハラされたと聞いた時はチャンスだと思った。茜をその陰キャから守れば…葵は自分の事を評価してくれるかもしれない。彼は茜の言葉に従ってその陰キャを迫害した。


 陰キャを教室の外に追い出し、荷物も放り投げ、教室に入って来れないように扉を押さえつけた。


 これで葵は妹を守った自分を評価してくれるだろうと。


 ところが今日になって、陰キャがセクハラしたというのは茜の勘違いだという。しかもよりにもよって自分を評価してくれると思った葵が彼を擁護している。これでは彼女からの評価は上がるどころか下がってしまうではないか。


 彼の心は思い通りにならない現実にいら立った。


 そして同時に見てしまった。自分の想い人である葵があの陰キャの方を見て顔を赤らめていたのを。


 誠也は自分の想い人を奪った陰キャに怒りの矛先を向けた。


 彼はなんだかんだ中学まではずっとクラスカーストのトップにいたのだ。それがあんないかにもカースト下位の陰キャに自分の想い人をかっさらわれた。男としてのプライドが傷つけられた気がした。


(許さねぇ…あのクソ陰キャ。お前に葵は相応しくない。絶対に葵を取り返してやる!)


 誠也はそう意気込んだ。



○○〇



~another side 清川斗真~


 清川斗真は茜と誠也と一緒に昼食をとりながら、どうしたものかとため息をついた。


 クラスでは「イケメン」という評価を受けている斗真だが、彼は所謂「高校デビュー」という奴である。中学時代の斗真はどちらかというと陰キャであった。


 なんとか高校で彼女を作りたいと思った斗真は必死にオシャレを勉強した。幸運にも元々の顔は悪くなかった事もあり、無事高校デビューに成功した。


 中学時代の自分が陰キャだと知られないように、同じ中学出身者が誰もいない実家から少し離れた高校を選んだのも功を奏した。


 高校に入学した彼はクラス内でイケメンという評価を受け、見事クラスのトップカーストに君臨する事に成功する。


 入学からしばらく経ち、高校生活にも慣れが出てきた頃…彼は当初の目的である彼女作りのために動き始める事にした。


 ちょうどそこで起こったのが件の海野茜セクハラ事件である。


 斗真は茜の顔を見て「この娘はとんでもない美少女だな」と思った。顔がとても好みだったのだ。…是が非でも彼女にしたい。


 そしてその美少女が同じクラスの陰キャからセクハラを受けたという。


 これはチャンスだと斗真は確信した。ここで茜を守るムーブをすれば…彼女は自分に惚れるかもしれない。


 彼はそう思って茜を擁護し生人を迫害した。通常であれば迫害までするのは可哀そうだが、相手が犯罪者なら遠慮はいらない。


 生人をクラスから追放し、茜を守った斗真に彼女は好意を抱いているような顔をした。彼女はイケメンに弱いらしい。


 (…チョロい。こりゃ俺に惚れるのも時間の問題だな)


 斗真は茜を本格的に落とすために彼女に甘い顔をし続けた。彼女が困っているなら助け、彼女の我儘もできるだけ叶えてあげた。


 顔の可愛さだけで言えば…このクラスで茜に敵う女子は誰もいない。茜の性格は少し横暴だが、それでもこれほどの美少女を彼女にできるのなら安いものだ。彼はそう思っていた。


 ところが本日、葵のお説教により例の事件は茜の勘違いである事が発覚した。


 斗真は勘違いで生人を迫害してしまった事を申し訳なく思った。


 彼に謝るべきか? …かといってここで茜を責めるような発言をすれば、せっかく自分に惚れかけている彼女に愛想を尽かされるかもしれない。


 斗真は迷った。そして迷った末に…彼は茜を擁護する選択をした。


 彼は元々モテない陰キャ。このチャンスを逃せば自分には一生彼女が出来ない。そう思ってしまったのである。


 だが生人には申し訳なく思っている。彼はこの複雑な感情をどうすればいいのか頭を悩ませていた。



◇◇◇


以上、3バカの思考回路でした。

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