葵さんとお昼を食べる

 4限目が終わり昼休みになった。僕は正平と一緒に学校の購買へ昼食を買いに向かう。


 …たった1日休んでいただけなのに彼と歩く校内は酷く懐かしく感じられた。あぁ、僕はまたこの高校に通えるんだ。


「ねぇあれ…例の」「あぁ…セクハラしたって言う。よく学校に来れるよね」


 僕が感傷に浸っていると、どこからか陰口が聞こえた。まだ僕の事を性犯罪者だと思っている生徒は多いらしい。


 しかしクラスのみんなの誤解は解けたし、放っておけばそのうち噂も無くなるだろうと僕はそれを聞き流す事にした。


 あまり気にしすぎるとストレスで胃がやられる。メンタルを強く保つのも人生をたくましく生き抜くために必要だ。


 購買でパンとジュースを買った僕たちが教室まで戻って来ると、教室の入り口の横に葵さんが立っているのが見えた。手にはお弁当の包みを持っている。


 …誰かを待っているのかな?


 彼女は僕たちに気が付くと顔を上げ、ほほ笑みながらこちらに近寄って来る。


「も、本山君…と藤堂君。もしよかったらなんですけど…一緒にお昼を食べませんか?」


「えっ?」



○○〇



 僕たちは学校の中庭まで移動し、そこにある休憩所の椅子に腰掛けた。


 この学校の中庭には木製の屋根の下に椅子とテーブルがある簡易な休憩所の様な物がいくつか設置してあり、今日みたいな天気のいい日はこの休憩所で昼食をとっている生徒も多く見られた。


 3人で昼食をとるなら教室よりもこちらの方が良いだろうと思い、移動したのだ。


「えっと…俺はこの場に居てもいいのかな? その…邪魔じゃない?」


 休憩所に着き、いざ昼食を取ろうと思ったら正平がよく分からない事を言いだした。


 邪魔だなんてとんでもない。自分の親友を邪魔者扱いする奴がどこの世界にいると言うのだ。


「と、藤堂君にもいて貰わなくては困ります! そ、その…いきなり2人になるのは恥ずかしいので…///」


「…了解。じゃあ俺もここで昼食をとるとしますか」


「???」


 僕は2人のやり取りを不思議に思いながら聞いていた。


 …どういう事なんだろうか? まぁいいか、もうお腹がペコペコだ。


 僕は早速購買で買ったパンの包みを開けるとそれにかぶりつく。今日買ったのはクリームパンだ。甘いカスタードクリームに含まれている糖分が疲れた脳に染み渡る。これに牛乳を合わせて飲むのが僕は好きだった。


「ふぅ…ご馳走様」


 かなりお腹が空いていたせいか、僕は一瞬でパンを食べ終えてしまった。正直少し物足りないが、あまり無駄使いをするとお小遣いが無くなってしまうのでこれで我慢だ。


 手持ち無沙汰になった僕は葵さんの方を見た。彼女は弁当箱を包んでいるランチクロスをほどき、弁当箱の蓋を開けている所だった。中には見事なお弁当が入っていた。


 卵焼き、タコさんウィンナー、ポテトサラダ、ふりかけをかけた白い御飯、そして色合いを良く見せるためのプチトマトと、どれもお弁当の定番と言った感じのメニューだ。


「うわぁ…美味しそうだね」


 僕はその見事なお弁当を見て、思わず率直な感想を述べてしまう。


「ふふっ、ありがとうございます。高校は中学と違って給食が無いので、母に教えてもらいながらなんとか作れるようになりました」


「えっ、お弁当自分で作ってるの?」


「はい。毎日登校する2時間前に起きて作っています。まだまだ母には敵いませんけど」


「凄いなぁ」


 僕と同い年なのにこんなに見事な料理を作れるのは尊敬に値する。一見簡単そうに見える卵焼きですら、綺麗な長方形に作るのは意外と難しい。しかも毎日早起きして自作しているときた。


 とてもじゃないが僕にはマネできそうにない。…早起き苦手だからな。


「その、食べて…みますか? 男の子がパン1個だけでは物足りないでしょう?」


 葵さんは少しモジモジしながら僕に提案してくる。


「いやいや、別にいいよ。僕が弁当を貰うと葵さんの分が少なくなるでしょ?」


「実はちょっと食欲が無くて…。なので本山君が食べてくれるとありがたいです」


「でも…」


 先ほど僕が「美味しそう」と言ったから物欲しそうにしてると思われたのかな? しかしあのお弁当は葵さんの昼食だ。僕が貰う訳にはいかない。


「生人、女の子が困っているんだからちょっと食べてやれよ」


 僕が遠慮していると横から正平がそんな事を言ってきた。…本当にいいのかな?


 僕はもう1度葵さんの方を見た。


「どうか遠慮なさらず」


「じゃあ…少し貰おうかな?」


「!!! はい! どれでもどうぞ!」


 僕が申し出を承諾すると彼女は顔をほころばせた。そこまで喜ぶなんて…よっぽど食欲が無かったんだな。


「卵焼きを1つ貰ってもいい?」


「どうぞどうぞ!」


 僕は手のひらを差し出すとその上に卵焼きを乗せてもらう。そしてそれを口の中に放り込んだ。


 う~ん…絶妙な焼き加減だ。それに口の中に入れた卵焼きからほのかに爽やかな香りが漂ってくる。どうやら中に紫蘇が挟んであるようだ。


 …美味しい。まるで料亭で出てくるような上品な味だ。


「うん、美味しいよ葵さん!」


「!!! そ、そうですか/// ありがとうございます///」


 僕が彼女の料理を褒めると彼女はニコニコの笑顔になった。凄く嬉しそうだ。


 …まぁ自分の作った料理を褒められたら誰でも嬉しいか。


「正平も1つ貰ってみなよ。葵さんの料理凄く美味しいよ」


「ん? あー…俺は遠慮しとくわ。実は腹の調子が悪くてさ」


「そうなの? 残念だな」


 僕は正平にも葵さんの料理を勧めてみた。しかし彼は腹痛を理由にそれを断った。


 …どうも中庭に来てから正平の様子がおかしい。なんというか…遠慮しすぎているというか、葵さんの前だからだろうか?


「もっとどうぞ♪」


「えっ?」


 その後、僕はやたらお弁当を勧めて来る葵さんからいくつかお弁当を分けて貰った。彼女から貰ったお弁当は全部美味しかった。葵さんは料理上手なんだな。



○○〇



「そういえば…葵さんは今日どうして僕たちを昼食に誘ったの?」


 昼食を食べた後、僕は葵さんに気になっていた事を聞いてみた。


「そ、それは…そのぉ。も、本山君たちともっと仲良くなりたかったからです。ほ、ほら、せっかく同じ高校になったんですし…」


「そうなんだ」


 僕たちと仲良くしたかったから…か。葵さんみたいな美少女が僕たちのような陰キャと仲良くしたいだなんて珍しい。


 でも彼女の申し出は正直嬉しい。僕も友達が増えるのは大歓迎だ。


「だからそのぉ~…えーっと」


 葵さんはそのあとに何かを言いたそうにして恥ずかしそうに言いよどんだ。どうしたのだろうか?


「はぁ、見かけによらず結構奥手なのな。仕方がない、手助けしてやるか。生人も気づいていないようだしな」


 隣に座っていた正平がなにやらボソッと呟いたが、僕には声が小さくてよく聞こえなかった。


「なぁ、今日の放課後この3人で遊びに行かね?」


「僕はいいけど…また突然だね?」


「急に遊びたくなったんだよ。せっかく仲良くなったんだし、親睦も兼ねてな。葵さんは予定空いてる?」


「はい! もちろん大丈夫です!」


 彼女は物凄い勢いで正平の意見に同意した。…そんなに遊びに行きたかったのか。


 こうして僕たち3人は放課後遊びに行く事になった。



◇◇◇


※少し補足。正平君は葵さんの主人公への好意に気づいているので、少し遠慮した立場を取ったり、それとなく手助けしたりしています。

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