僕は性懲りもなくまた女の子を助ける
教室から締め出された僕は再び中に入ろうと扉に手をかけた。しかし扉を開けようとしても誰かが中から押さえつけているらしく、扉は動かなかった。
どうしようもないので僕は荷物をもってそのまま帰る事にした。唯一、僕の味方であった正平にスマホのメッセージアプリで「今日は休むと先生に伝えておいて」とだけメッセージを送って。
正平からは「大丈夫か?」とか「なんとか他の奴らを説得してみせる」という内容のメッセージが届いたが、彼まで僕の仲間だとみなされクラスメイトたちからハブられる事を危惧した僕は「何もしなくていい」と彼にメッセージを返した。
本来ならちゃんと抗議した方がいいのだろう。だがその時の僕にはその気力すら湧かなかった。
命を助けたはずの女の子に罵倒され、クラスメイトたちから侮蔑の目で見られ、クラスから放りだされ…僕の精神力は削りに削られゼロ近くまで下がっていたのである。何もする気も湧かなかった。これがゲームなら瀕死の状態だ。
学校を出た僕は通学路をトボトボ歩き、電車に乗って自分の家がある町まで戻ってきた。
そのまま家に帰っても良かったのだが、なんとなくそんな気分にはなれなかった。しかたがないので家に帰る途中にある公園のベンチに腰掛けると荷物を横に置き、そこで気が済むまでボーっとする事にした。
この公園は住宅地からは離れており、人通りも少ない。なので1人になりたい時にはうってつけの場所だ。
ベンチに腰掛けながら空を見上げ、物思いにふける。
僕はどうするのが正解だったのだろうか?
僕は入学式の日、良かれと思って心肺停止した海野さんに心臓マッサージと人工呼吸を施して彼女の命を助けた。
だがその結果…僕は彼女から「性犯罪者」と罵られ、クラスメイトからの信頼も失い、教室から放り出された。
明日登校して教室に入ろうとしても彼らは僕を入れてくれるのだろうか? 正直入れてくれない気がする。
仮に先生を通して抗議したとしても…だ。教室に入れこそすれ、他のクラスメイトたちの信頼は回復しないだろう。僕は性犯罪者の烙印を押されたままだ。
それに加えて僕が性犯罪を犯したという噂はクラスメイトたちによってあっという間に学校中に広まり、他のクラスはおろか別の学年の生徒たちからも白い目で見られるようになるのは想像に難くない。
…当然、嫌がらせもされると思われる。僕は高校に在学する3年間、ずっと嫌がらせを受けながら生活するという地獄のような日々を送らなくてはならないのだ。
聞いた話だと人命救助を行う過程で女性の裸を見たり、身体に触ったりする行為は裁判で罪に問われる事はないらしい。しかし「性犯罪者として訴えられただけで終わり」というのが今回の件で良く分かる。
たとえ裁判で無実を勝ち取ったとしても、周りはそう見てはくれない。僕の周りからの評価は変わらず性犯罪者のまま…。裁判所はそこまで面倒をみてはくれない。
つまり…訴えられた時点で人として終わりなのだ。ある意味合法的な殺人と言っても良い。
僕の平穏な高校生活は彼女の一言によって無茶苦茶になってしまった。
あぁ…本当に。あの時彼女を助けないのが正解だったのかな?
海野さん曰く、僕のような陰キャに助けられても感謝するどころかむしろ迷惑なのだと言う。そして彼女のその意見に他の女の子たちも賛同していた。
『陰キャに助けられるぐらいなら死んだ方がマシ!』
世はまさに大ルッキズム時代。女の子を助けるのはイケメンに任せて、僕の様な陰キャはすっこんでいるのが正解だったのか。
「はぁ…」
僕はその場で大きくため息を吐きながら空を見上げる。僕の陰鬱な心の中とは違い、空は雲一つない青空だった。春らしく小鳥のさえずる声も聞こえる。
…のどかだ。
のどかな気候が少しだけだが…傷ついた僕の心を癒した。僕はベンチの背もたれに体重をかけるとそのまま目を閉じた。
○○〇
「ん?」
目を開けると辺りは夕焼け色に染まっていた。僕はいつの間にか眠ってしまっていたらしい。
ポケットからスマホを出して時間を確認する。時刻はもう少しで17時になろうとしていた。学校ももう終わっている時間だ。
スマホのメッセージアプリには正平からメッセージが大量に届いていた。僕を心配して送ってくれたのだろう。
…ありがとう正平。君だけは本当の友達だ。
僕は彼に「大丈夫、心配しないで」とだけ返すと家に帰るべく荷物を持って立ち上がった。
「イヤァーーーー!!! 誰か助けてー!」
とその時、僕の耳に絹を裂くような女の子の悲鳴が聞こえてきた。
僕はその悲鳴が聞こえた方へ視線を向ける。すると公園の入り口付近で女の子が怯えた表情をしながら後ずさりをしているのが見えた。
彼女の視線の先には明らかに様子のおかしい中年の男が手に包丁を持ち、彼女の方にゆっくりと近づいている。
「誰でもいい…誰でもいいから殺させろ…。俺の人生はもう終わりなんだよ。死ぬんなら誰かを道連れにしてやる!!!」
「いやぁ…助けて…」
その女の子は恐怖のあまりその場にペタリと尻もちをついた。
これは…かなり不味い状況なのではないだろうか?
ここら辺は民家が少なく、人通りもあまりない。他の人の助けは期待できない。
あの男は凶器を持っている。凶器を持っている人間に対し丸腰の人間は圧倒的に不利だ。ここは逃げるのが最も賢い選択だろう。
しかし僕がここで逃げると間違いなくあの女の子は無惨にも殺されてしまう。
なら助けるべきか?
でも…僕の頭に今朝の出来事がフラッシュバックした。
『陰キャに助けられるぐらいなら死んだ方がマシ!』
僕の様な陰キャに助けられるくらいなら…あの女の子も死んだ方がマシだと考えているかもしれない。
僕はそう思い、公園のもう一方の出口から逃げだそうとした。
だが途中で足がピタリと止まる。
…本当にここで彼女を見捨ててもいいのか?
ここで僕が逃げたら彼女はあの気狂いに殺されてしまう。僕は彼女を見殺しにする事になるのだ。なんとも後味が悪い話ではないか。
…これは彼女を助けるためではない。自分の気分をスッキリさせるため…そう、いわば自己満足のためにやるのだ。そう思えば罵倒されたとしてもダメージは少ない。僕は自分にそう言い聞かせた。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
「なんだ? うわっ!?」
僕は方向転換するとその男に向かって走り、全身全霊でタックルをかました。男はまさか後ろに人がいると思わなかったのか、不意を突かれて僕のタックルで吹き飛ばされる。
「早く!」
「えっ…と」
男が怯んだ隙に僕はその女の子に手を差し出し、彼女の手を引っ張り立たせる。そしてその場から全速力で逃げ出した。
○○〇
「はぁはぁ…。ここまでくればもう大丈夫」
僕は人通りの多い町のメインストリートまで彼女と一緒に走った。近くに交番もある。流石にこんなところで凶行に及ぶ人間はいないだろう。仮に襲われても他の人が助けてくれるはずだ。
「あ、あの…」
僕はそこで改めて女の子の方を見た。僕と同じ高校の制服を着ているかなり可愛い子だった。でもこのあたりに住んでいる娘ではない。何故こんなところにいるのだろう?
「ッ!」
『陰キャに助けられるぐらいなら死んだ方がマシ!』
彼女の顔を見た瞬間、僕の中で再び今朝の記憶がフラッシュバックした。あの出来事は僕の心に決して治らない傷をつけた。…こういうのをトラウマというのかな?
…あまり彼女と一緒にいるとまた罵倒されるかもしれない。そう思った僕はそこから立ち去る事にした。これ以上彼女と関わり合いになりたくはない。
彼女を見殺しにせずに済んだ。これで僕の気分が悪くなる事も無いだろう。この件はこれで終わりだ。
「じゃあ僕はこれで、警察はあっちね」
「えっ? あの…」
女の子は何か言いたげな表情をしていたが、どうせまた罵倒されると判断した僕はそこから足早に立ち去った。
◇◇◇
主人公はまた女の子を助けました。この女の子が今後どうかかわって来るのか?
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