僕は命を助けたはずの女の子に断罪される

「まさかこんなに早く出会えるとは思わなかったわ。このゴミクズ性犯罪者!!!」


「はぁ!?」


 彼女の大声にクラス中の視線が僕たちに集まる。僕は彼女に何故「性犯罪者」と罵倒されたのか理解が出来なくて混乱した。


 えっ…僕は何かやらかしてしまったのだろうか? でも僕は彼女に触れてもいない。それなのに性犯罪者? 意味が分からない…。


 頭の中で思考がグルグルと回転する。だが僕がいくら考えても自分が性犯罪者と呼ばれる理由には思い至らなかった。


「え、えっと…。どういう…事なのかな?」


 考えがまとまり切らない混乱した状態の僕はようやくその言葉だけを口から絞り出す事ができた。僕がそう尋ねると彼女はその不機嫌そうな顔を更にゆがめた。


「病院の先生からアンタの名前は聞いたわ。自分がした事を覚えてないとは言わせないわよ! アンタは私の胸をまさぐり、唇を無理やり奪ったまごう事なき性犯罪者でしょうが!」


「えぇ!?」


 僕が海野さんの胸を触って、無理やりキスをしただって!? 


 …もしかしてそれは彼女に施した救命行為の事を言っているんだろうか? 


 でも近くにAEDも無かったし、人気のない小道だったので周りに女性もいなかった。僕が心臓マッサージや人工呼吸をしなければ彼女はあの場で死んでいたのだ。


「サイテー」「おいおいマジかよ。まさか高校1年でそんな大それた性犯罪を犯すやつがいるとは…」「これニュースになるんじゃない?」「えっ、俺たちのクラスから逮捕者出るの?」「うわぁ…あんな陰キャにキスされるなんて私ならゲロ吐くわ」


 海野さんの言葉を聞いたクラスメイトたちはある事ない事憶測で吹聴し合う。


 高校が始まって2週間、僕はクラスに上手く馴染めたと思っていた。地味で人畜無害な陰キャ…それがクラスでの僕の評価だった。


 だが彼女の言葉によってクラスメイトたちの僕を見る目はそれまでとは逆にまるで犯罪者や汚物を見るかのようにキツくなっていた。高校になって新しくできた友達連中でさえも、僕の事を疑惑の目で見ている。


 彼らは入学式の出来事を知らない。なので彼女の言葉をそのまま信じてしまったのだろう。


 僕の人生で周りからこれほどまでに醜悪な感情を向けられたのは初めての事だった。「それは誤解だ!」と彼女や周りに説明しなくてはならないのに、周りの人間から大量の悪意を向けられたという恐怖に僕の心はすくんでしまった。


「おいおい海野さん、生人がそういう行為をしたのはあんたが道端で倒れて意識を失い…それで救命行為、心臓マッサージや人工呼吸の必要性があったからだろ? それを性犯罪というのは無茶苦茶じゃないか? なぁ生人?」


「う、うん」


 近くにいた正平が僕に代わって海野さんに説明してくれる。なんとか声を出せるようになった僕は正平の言葉に頷いた。


 彼には一連の出来事は説明してあった。なので海野さんが誤解をしている事に気が付いたのだろう。


 今やこのクラスで彼だけが僕の味方だった。


「はぁ? 救命行為? それって本当に心臓マッサージや人工呼吸の必要性があったの?」


「えっ?」


「こいつが私の身体をいじくる目的で嘘をついている可能性もある訳よね? いや、そうに違いないわ。そこの陰キャ、いかにもセクハラしそうな顔しているもの!」


 僕が彼女の身体を触るために嘘をついているだって!? 


 そんな…僕はただ純粋に彼女の命を救いたくて、だからオペレーターの指示に従ってがむしゃらに行動しただけなのに…。


「だ、だって海野さん心停止してたんだよ? それなのに心臓マッサージや人工呼吸をせずに放っておいたら海野さんは間違いなく死んでたよ?」


「アンタみたいな陰キャの言葉を信じる奴がどこにいるの? 私の身体を触りたいが為に嘘をついているに決まっているでしょうが!」


 彼女の言葉に周りのクラスメイトたちも同調する。


「陰キャと美少女の言う事なら美少女の言う事を信じるわ」「確かに陰キャってセクハラしそうだしね」「陰キャチー牛キモッ!」「女の子の身体を触るために嘘をつくなんて最低だな」


 …人間は「何を言ったのか」ではなく「誰が言ったのか」という事を重要視する。只の陰キャの僕と美少女の海野さん。クラスメイトたちがどちらの言葉を信じるのかは明白だった。


 僕はクラスメイトたちの反応に絶望した。高校に入学して2週間。少しずつだがクラスメイトたちと仲良くなり、順調な高校生活を送れていると思っていたのに…。


 その平穏は僕が命を助けた女の子の言葉によってもろくも崩れ去ったのだ。


「そんな…命を助けた人にかける言葉がそれかよ」


 絶望した僕はそうポツリと呟いた。


 僕はただ…彼女の命を助けたくて必死に行動しただけなのに。別にお礼や見返りが目的で行動した訳じゃない。彼女が元気ならそれでいいと思っていた。


 …でも、罵倒して性犯罪者とあげつらうのはいくらなんでも酷すぎる。


「うるさいこのゴミクズ性犯罪者!!! アンタみたいな陰キャに心臓マッサージや人工呼吸されるぐらいなら死んだ方がマシだったわ! これはもう尊厳の破壊よ! いい? 性犯罪ってのはね、女の子が不快に思ったらそれだけでもう犯罪なのよ! 救命行為だからって許されるはずがないでしょ! 陰キャの親切心なんてもはや加害よ。アンタみたいなのに親切にされても全く嬉しくないどころかむしろ気色悪いの!」


「僕は…本当に君を助け…たくて」


 僕は彼女の誤解を解きたくて、自分は本当に彼女の命を助けたいがためにやったのだと伝えたくて、ヨロヨロと足を前に踏み出した。


「茜に近寄んなこのゴミ!」


「本山君、残念だけど君を海野さんに近づけさせる訳にはいかない!」


 しかし僕の歩みは…そのわずかな希望は背の高い男と容姿の整った男の2名によって阻まれ打ち砕かれた。


 この2人は確か…背の高い男の方は木島誠也きじませいやと言って、このクラスのカースト上位にいるお調子者である。もう1人の顔の整っている男は清川斗真きよかわとうまと言い、同じくトップカーストに君臨するイケメンだ。


「あら誠也、あなたも同じクラスだったのね」


 どうやら木島と海野さんはすでに面識があるらしい。同じ中学出身とかだろうか?


「それともう1人の人もありがとう。私をこの犯罪者から守ってくれて。胸がキュンキュンしちゃう♡ あなたの様なイケメンに人工呼吸されたのなら私も嬉しかったわ♡」


 海野さんはイケメンの清川を見て頬を赤らめた。僕の時とはえらい対応の違いだ。


 …僕のような陰キャは女の子を助ける事すら許されないのか。


「それよりこのゴミどうする?」


「外に放り出しなさい。こんな陰キャチー牛と一緒に授業なんて受けたくないわ。気色悪い…」

 

 木島は海野さんの指示に従って僕の肩を掴むと教室の外へ放り投げた。その後に僕の荷物も教室の外に放り出される。


「じゃあな、ゴミ。お前の居場所はもうここにはねぇよ」


「アンタのした事、警察と弁護士に言って裁いて貰うから。震えて待つといいわ」


 2人はそう言い残すとピシャリと教室のドアを閉めた。教室の外に締め出された僕は自分がされた事にしばらく理解が追い付かず、呆然としていた。



◇◇◇


ここからどう「ざまぁ」に繋がるのか。続きをお楽しみに。


次回はようやくヒロインが登場します。

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