第10話(梶谷side)



 言っていいかな。

 もーっちょー可愛いんですけど、美咲さん!

 ショップに入る前に立ち止まってじーっと店舗レイアウトとかみてるんだよね。それでなんか納得したのか、ショップに入ってキッチンツールとか見てたのに、ふと思い立ったように、食器とか見始めて。

 絶対キッチンツール自分用で見てたよ、この人。

 友達の結婚祝いらしいけど、そこで割れ物とかいいのかペアだけど二つモノって縁起的にどうなのかとかスマホで検索して調べてる。


「夫婦茶碗みたいな感じでオレはいいと思うけど」

「うん、大丈夫みたい……梶谷、何か見たいものある?」


 付き合わせて悪いなとか思ってるのかな。そんなことないのに。


「いま思いつかないな、そうやっていろいろ商品を選んでる美咲さんを見てるの、楽しいから」


 絶対このデートで一気に距離を縮める。

 10年前あの日も先日の会食の後も、そういうことになっても、美咲さんは、オレ自身を見てくれてない感じがしたんだよね。

 ていうか見てないね。

 酒がはいったこの人の衝動的な自暴自棄のタイミングでかなったようなものだ。


「梶谷」

「何? 美咲さん」

「なんで、敬称なの?」

「え?」

「呼び捨てじゃないの?」


 それは美咲さんを呼び捨てってこと? していいの? ナニいきなりアンタから距離縮めてきてんの? 天然なの? 無意識というか無自覚だよね。


「無理!」


 オレに主導権握らせろ! 

 「さん」づけはね、距離感を縮める事とは別で、アナタがオレにとって大事な人って事をオレ自身に認識させる為なんですよ。

 ここで言われるがまま呼び捨てしたら、バカなオレは自分のことだけで相手を全く考えないようなことをしでかすかもしれないだろ?

 大切にしたいんですよ。本当に。


「名前呼びダメだった?」

「ダメじゃないけど……」

「ほんと? だって美咲『さん』って感じがするから、あー……でも……」

「でも?」


 うん、この要望には是非答えてもらいたい。


 ――――ベッドの中では呼び捨てするから、美咲さんも名前で呼び捨てして。


 誰が聞いてるかわからない場所で、こんなこといったら、この人逃げ出しちゃうかもしれないから、子供が内緒話するみたいに、彼女の耳を隠していってみた。

 あー耳も可愛い、ピアスつけてるー。

 至近距離でこんな無防備で柔らかそうな耳たぶ見たら、味見させてください是非って感じ? 手で隠してたから、傍目からは内緒話に見えるだろう。

 柔らかい小さな耳に、キスをする。素面でこんなことしたら、絶対逃げるね、引くね、なんとなくわかってます。でもごめん逃がすつもりはないから。耳を隠してた手を彼女の指に絡める。

 俯いてぐるぐる考えてるの、わかります。


「手……離して」

「離したら、逃げちゃうでしょ」

「……」


 手なんか離したら、全力で逃げるでしょ。多分。

 この人は表情にでてないけど照れ屋で恥ずかしがり屋さんだ。

 それがまた自分でみっともないって思ってる。だから必死でブレーキかけて表情に出さないようにしてる。 


「梶谷、手を離さないと商品手に取れない、奏多の服とか見たい」


 あんまり追い込んじゃうと、反発してしまうかな。ちょっとは逃げ道を残さないと慣れてくれないかも。仕方ないな。


「子供服?」

「そう」


 ほんの少し手を緩める。あからさまに手を離さないでくれるのが嬉しい。

 子供服ショップに入って、商品を手にするまではちゃんと手をつないでてくれた。

 そんな小さいことに期待するヘタレですが何か?

 だって、ぐいぐい押し切って逃げられたらオレは死ぬ。

 防御鉄壁な城砦は、小さな攻撃を重ねて隙を作るもの。

 それに、商品選んでる美咲さんが真剣で可愛いから、それを見てるだけでも満足

 ストーカーチックでキモいかもしれないが……。

 でも子供服って確かに可愛いなー。

 これ着ちゃうんだよ、人間が。

 このサイズに収まるって、どんだけ小さいんだろ。

 靴下がちいさっ。なにこれ、これが収まる足って手のひらにすっぽり入ってしまうだろ。

 あー子供欲しい。こんな靴下はかせてみたい。

 一際小さな靴下のサイズを指先で測ってると、美咲さんが傍にきてくれた。 


「靴下、小さい……、子供服とかみたことないから、新鮮」

「手のひらサイズでしょ」

「うん」

「梶谷は……子供好き? ……なわけないか」

「え、なんで? 好きだよ」

「そうなの?」

「オレは子供欲しいよ、だってオレらの年齢だと、二人目とか早いヤツはいるだろ」


 もし、オレが産めるものなら、オレが美咲さんの子を産みたいよ!

 出産大変っていうじゃん? オレが代わってやりたい。

 美咲さんに捨てられても、美咲さんの子だよ、大事にする!

 しかし現代医学ではそれは不可能なので、美咲さんにオレの子産んで欲しい。

 でもできれば、その前に、ウェディングドレスの美咲さんも見たい!

 そしてぶっちゃけるなら、製造過程も思い切り堪能したいよ!!

 あーもー絶対今日は、帰さない。


「奏多君のどれにする?」

「候補がいくつかあって選べない、全部買ったら日向に怒られる」

「もしかして、以前にそういうことしたんだ? 日向ちゃんしっかり者だね、それならそうだな……」 


 店員に、商品の撮影許可をもらって、美咲さんが購入したい商品をいくつか画像に収める。 


「あとでまた来ます、食事しながら検討しますんで」 


 店員もにこやかに「お待ちしてます」と答えてくれた。

 フードコート内に向かう道すがら、美咲さんはさっき撮った画像を日向ちゃんのスマホに転送してた。


「そろそろ、ごはん行こうか? 美咲さんナニ食べたい?」

「うーん……せっかくなので、和食。海鮮」

「うん。いいね」

「いいの?」


 せっかく海沿いなんだから、海鮮でしょ。

 食事は時間をずらしてみたからそれほど待ち時間はなかった。


「梶谷は、何か買い物とかない? 見に行きたいところとか思いついた?」


 美咲さんが、オレにそう尋ねる。

 食事の時に、シュシュで髪を束ねたとき、さっきキスした耳が露わになって、耳のピアスが光る。

 うん、美咲さんがその耳を見せてくれたので、今、思いついたよ。


「そうだね……美咲さんに選んでほしいものがあるかな」

「いいよ」


 美咲さんが身に着けてほしいものだから、美咲さんに選んでもらいたい。

 女性にモノを贈る時、こっちがセレクトしても本人が実は好みじゃなかったとかは、よくあることだったからね。

 でも、この人受け取ってくれるかな。

 いやいや、受け取ってもらう。

 食べ終わって店を出るとき、手をつなぐ。指を絡ませても最初みたいにあからさまな拒絶したい雰囲気はなくて、ほっとする。

 あーよかった、慣れてくれたのかなー。

 それらしいショップを探してると、美咲さんはいろいろ視線を飛ばして、店舗デザインとかみてるようだ。

 うん。そのままデザインの参考になるようなショップに注目してて。

 とか思ったんだけど、やっぱり気が付いたらしい。

 でも、店目の前だから。

 そのまま手を引いて、店に足を踏み入れる。


「本格的なのは近いうちに」

「へ?」


 男はサプライズしたいってこともあるので、うん、こういう不意打ちもサプライズだよね。


「とりあえず、ステディリングってことで」

「なっ」


 営業スマイル全開の店員がオレ達に歩み寄る。


「指輪をお探しですか?」


「うん、エンゲージリングって言いたいところだけど、この人、ツンデレさんだから、受け取ってもらうまで時間かかりそうなんです。とりあえずステディリングっぽいものを見せてください。美咲さん誕生日何月?」


 あ、引きそう。でも譲らないから。  

 ツンデレっていうより、クーデレ? そういった方がいいかな。

 でも本当に近い内に、きちんとしたの贈らせてほしいな。


「7月……って違うよ、選んで欲しいっていったのに……違う、意味が違う……」

「違わないでしょー、選んで欲しいよー美咲さんが身に着けてくれるものだから、あ、彼女7月でーす」

「ルビーですねー、こちらです」


 この店員さん、めっちゃ売る気だな。

 いいね、その気合でもってこの人の退路を断たせて。


「だっ……梶谷のモノだって思ったのにっ……」


 オレは立ち止まって彼女の顔をのぞき込む。

 動揺してるけど、拒絶じゃないなら、畳みかけてもいい。


「違わないよ、だって、オレのモノでしょ、美咲さん」


 にっこり笑ってそう言ってみた。

 オレが買って、美咲さんがつけてくれれば、オレのものでしょ。

 だから美咲さん丸ごとオレのものになって。

 つないだ手を持ち上げて薬指にキスをする。

 どうか、近い内にちゃんとエンゲージリングを贈るからそれまで代わりにつけててください。


 そして――――。


 躊躇う美咲さんに選んでもらったのは、小さいルビーがはめ込まれた爪なしタイプのシンプルなリングだった。

 店員はもっと高そうなのとかデザインが華やかのを推し進めていたが、彼女の「いつもつけていたいから、このぐらい軽いのがいい」という一言を聞いたオレが、めっちゃ舞い上がったため断念したようだ。

 買い上げた時、指輪は包まないで、そのまま彼女の指にはめてもらった。


「梶谷……ありがとう……」

「うん」

「指輪とか……もらったの……初めて……」


 ちょっと照れたように俯いて、オレが嵌めたリングを見てる。

 なんだよっ、もうっ、萌え殺す気だよな、コレ。

 店を出て、もう一度リング越しの指にキスする。


「本当に、本格的なのも、この指に嵌めて」

「……」


 なんで黙っちゃうんだ。

 美咲さんは顔を見せずに俯いてしまう。

 ……即答なんて、無理だよな、黙っちゃうしかないよな。

 ……そうだよなー……結婚しようと思ってた彼氏が他の女とデキ婚するって状態だもんな。そこにつけこんでくるのがオレみたいな男じゃ、ダメか?

 しかもこんな強引に……昨今流行りの草食系とは真逆を行く押せ押せな感じ。

 だけど、こっちも結構崖っぷち。

 ここで自信なくして引いたら、10年前と変わらないっ!!


「うん、って言ってくれるまで、今日は帰さないから」




 ――後悔とか、反省とか、そういうのは、この人に振られてから存分にすればいい。






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