第9話(高瀬side)
どうしたらいいものか?
勘違いかなと思ってました。
何がって?
梶谷のわたしに対する対応ですよ。
休日にドライブデートなんて、社交辞令の応酬で引っ込みつかなくなったから実行かと思ってたんだけど、普通に楽しんでるし、嬉しそうだ。
これは、もしかして、梶谷は本気でわたしと付き合いたいと思っているのかと。
いやいや、ないないと否定するのは簡単だし、わたし自身、気の持ちようもすごく楽になるので、そう思いたいんだけど。
いくら鈍感とか言われても、これは勘違いじゃないかもしれない……。
このイケメンが、いままでフリーで、っていうのも、にわかには信じられない話だけど、それはこの間、梶谷の同社の人が認めるところ。
もしも、梶谷が本気だったら、まじで、どーすりゃいいの?
アンタが自分で選択したことじゃんとセルフツッコミをいれる。
いや、ごめん、わかってる。そうですわたしが悪いんです。
やることやっといてアレだけど、そりゃ失恋直後で弱ってたし癒しが欲しかったのもあるから、あとくされなさそうな梶谷の誘いにホイホイのってしまったが、よく考えてから動こうよ自分。その場に流されないでさー。
「何? 気に入ったの? マグカップ」
キッチン商品を取り扱ってるショップの食器コーナーで考え込んでたら、梶谷に声をかけられた。
「……来月友達が結婚するんで、結婚祝いに何か買おうかと」
「そうなんだ」
「でも二つとか割れ物とか贈るの縁起が悪かったかなとか……」
スマホで調べてみる。
うん。最近はそんなことはないらしいね、定番なんだね。
マグは何個あってもいいと思うんだ。
他の人ともプレゼントが被ってもこれならそんなに問題ないでしょ。
「夫婦茶碗みたいな感じでオレはいいと思うけど」
「うん、大丈夫みたい……梶谷、何か見たいものある?」
「いま思いつかないな、そうやっていろいろ商品を選んでる美咲さんを見てるの、楽しいから」
おいおい、ちょっと待て、イケメン。
なんでそういうことをスルっと発言すのよ。
よかったよ、今、無駄に歳くってて。
そして、感情ダダ漏れするようなタイプじゃなくて。
これが若い時に言われたら、テレまくって恥ずかしくて死ねる。
だけどさー、わたしが男だったら、こう言われたらすぐに赤面して、「もう、へんなこといわないで」っとか、あからさまに照れてます的な反応する女子のほうが、絶対可愛いと思うんだよね。
それに……。
「梶谷」
「何? 美咲さん」
「なんで、敬称なの?」
「え?」
「呼び捨てじゃないの?」
わたしが、梶谷って呼び捨てて、なぜ梶谷はわたしに対して「美咲さん」なんだろう。 普通そこは「高瀬」とか「美咲」とかで呼び捨てのところじゃないの? 同い年だし。「さん」づけされてると、なんかわたしがとても偉そうにみえない?
しかも仕事では梶谷クライアント、わたし下請けなんですけど?
「無理!」
……なんだ……無理って。
よくわからない男だな、梶谷。
「名前呼びダメだった?」
「ダメじゃないけど……」
「ほんと? だって美咲『さん』って感じがするから、あー……でも……」
「でも?」
梶谷は周囲を見渡して耳打ちする。
子供が内緒話をするように、手をたてて。
――――ベッドの中では呼び捨てするから、美咲さんも名前で呼び捨てして。
無駄にいい声で、そんなことを言われた。
しかも、そんなこと言いながら人の耳たぶにチューとかするし!
イケメンにこういうことされて、心拍数あがらない女子はいないだろう。
それでもって、たててた右手を下ろすとわたしの手を握る。
指の間に指を絡める恋人つなぎ。
えええええー。
言っちゃってもいいかしら? 「やだもー、変なこと言わないでっ」って言っちゃう? 言っちゃう? いやいや、あのしぐさって、てこういうこと考えてる時点でタイミングずれてない? ダメだろ。
あれは打てば響くように、即座に反応しないと、可愛さ半減、わざとらしさ倍増のしぐさでしょ。ていうか、それタイミングよくやったとしても、アラサー女がやったらキモイだけじゃね? うん、キモイ……。
ほんと、どうしたらいいの?
なんなの? まるで、この好きな人と初めて付き合いました的な照れくささ。
……ちょっとまて。
わたし、コイツが好きなの?
いやいや、ヤッちゃっててナニを言ってんのとかいわれるかもだけど。
嫌いじゃないよ? 生理的に嫌悪感抱くタイプなら、そもそも、食事に誘われた時点でお断りですよ。
え、じゃあ、好きなの?
恋愛的な意味で好きなの?
うわ、何それ、振られたけど、最近結婚まで考えてた相手いたのに?
チョロ過ぎでは?
学生時代、出された課題とか、コンテストとかの作品とか、もう、こっちが必死で絞り出して、ようやく選考にひっかかってくれて、よっしゃこのままもしかしたらって思ったところで美味しいところを全部持っていったのコイツだよ?
いまはもうそんなに強い感情はないけど、当時どんだけ悔しい思いをしたことか。
学生時代の自分がいま、ここにいたら、後頭部にバシっと平手が飛んでもおかしくない状況だよね。
いつだって周囲には女子侍らせて。
女子だけじゃなくて男友達もたくさんいて。
教授や講師やOBの受けもよくてさ。
わたしとはまったく逆の人じゃない。
なのに、なんで10年たった今、この状態?
……いや……。
10年前にもどって、わたしは当時の自分の頭を平手ではたきたい……。
何でコイツとヤっちゃってんのと説教したい。
しかも、現在はともかく、当時コイツには彼女いたじゃん!
……そうか……当時の自分の行いが、10年たって、若いおねーちゃんに彼氏取られるという形で返されてたのか。
やっぱ人間悪い事できないってことですか。
梶谷のことを、女ったらしで人たらしなヤツだからダダ漏れの好意をそのまま受け取るのもどうなの? って警戒するところじゃなくて、わたし自身の行いを反省するところだってことじゃないの? そういうことなの?
「手……離して」
こういうスキンシップとかも、精神的によくないよ。
冷静になれないからダメだと思うのよ。
なのに、否定するかのように、指に力いれてくれてんの、勘弁して。
「離したら、逃げちゃうでしょ」
「……」
ばれてーら。
ナニそれ、何かのセンサーでもついてんの?
物理的に離れたらメンタルも通常に動くと思うのに、封じられた!?
「梶谷、手を離さないと商品手に取れない、奏多の服とか見たい」
奏多、おばちゃんを守ってちょーだい。お土産に可愛い服買うから! 今頃はパパとママと一緒でご機嫌だろう甥っ子に心の中で助けを呼ぶ。
「子供服?」
「そう」
梶谷の手の力が緩んだすきに、子供服ショップに入って、商品を手にする。
「……可愛いんだけど……サイズがもう入らない……」
セーラーのロンパースを見つけて手にした。広げてみるけどどう見ても、サイズが合いそうにない。
「ちょっと大きめのを買ってもワンシーズンでしか着れない……でも可愛い」
以前、赤ちゃん服をプレゼントしたら日向に「ブランドものはお出かけ用にしてね、お姉ちゃん」と釘をさされてしまったことを思い出す。
アウターならどうよ。視線をあげると。
梶谷は同じショップの別コーナーを見てた。
小さい靴下が吊るされてる。
「靴下、小さい……、子供服とかみたことないから、新鮮」
「手のひらサイズでしょ」
「うん」
梶谷の大きな手が小さな靴下を、愛おしそうに撫でる。
もしかして……梶谷は……。
意外と子煩悩なパパになりそうな人かもしれない。
「梶谷は……子供好き? ……なわけないか」
「え、なんで? 好きだよ」
「そうなの?」
「オレは子供欲しいよ、だってオレらの年齢だと、二人目とか早いヤツはいるだろ」
そうなんだよ、いるんだよ。
でもやたらと優しそうだったから、もしかしてこいつには、結婚してないけど元カノに子供の一人ぐらいはいて、父親と名乗れないのかもとか、そこまで想像してしまった。
ああ、でも、いたらいたで、多分元カノと今頃は結婚してるか。
子供好きなら離さないよね……、ああよかった、ここで「子供でもいるの?」なんて馬鹿な発言かまさないで。
さっき先入観で判断しないと反省してたのに、ダメだなわたしは。
「奏多君のどれにする?」
「候補がいくつかあって選べない、全部買ったら日向に怒られる」
「もしかして、以前にそういうことしたんだ? 日向ちゃんしっかり者だね、それならそうだな……」
梶谷は店員を呼び止めて、商品の撮影を許可してもらう、わたしが選んだ服をスマホの画像に収める。
「あとでまた来ます、食事しながら検討しますんで」
イケメンが笑顔でそういうと、ショップ店員もにこやかに「お待ちしてます」と答えてくれた。
すごいな、梶谷。
男と買い物にでかけてこういう対応するの初めてみたわ。
うん、過去男性と買い物にでかけたことは、あるっちゃあるけど、ほとんど食材とかスマホの買い替えとか家電とか、今必要なモノ、目的が明確なモノを買いに行くって感じだったし、ウィンドウショッピングとかって時間かかって疲れるだけのご意見があったから今までの彼氏とそういえばこういう買い物にでかけたことはなかったな……。
フードコート内に向かう道すがら、画像を日向に転送する。ついでにサイズも聞いておこう。
「梶谷は、何か買い物とかない? 見に行きたいところとか思いついた?」
「そうだね……美咲さんに選んでほしいものがあるかな」
「いいよ」
フードコート内の海鮮系の和食店舗に入って、食事を終えると、梶谷の選んでほしいものを買いに行こうということに。
このモールの作りもすごいなーと感心しながら歩いてみる。
こういう大型の箱モノは手掛けたことないからな……。
中に点在するショップのインテリアに集中してたけど、全体の作りも今後の参考になるかもしれない。
まあ、そういう仕事はあるとは思えませんが。
そんなことをツラツラと考えてると、梶谷に手を引かれて足を踏み入れたショップは……。
「本格的なのは近いうちに」
「へ?」
キラキラしたショーケース。
ショーケースの中の商品こそがキラッキラしてる貴金属系。
「とりあえず、ステディリングってことで」
「なっ」
妙齢の男女が手をつないでこういう店に入ったら、冷やかしの確率は低いと見た「絶対売り上げてやる」な意気込みを完璧な営業スマイルで隠した店員が近づいてくるに決まってるじゃないか!
「指輪をお探しですか?」
「うん、エンゲージリングって言いたいところだけど、この人、ツンデレさんだから、受け取ってもらうまで時間かかりそうなんです。とりあえずステディリングっぽいものを見せてください。美咲さん誕生日何月?」
か、梶谷いいいい――――。
「7月……って違うよ、選んで欲しいっていったのに……違う、意味が違う……」
「違わないでしょー、選んで欲しいよー美咲さんが身に着けてくれるものだから、あ、彼女7月でーす」
「ルビーですねー、こちらです」
店員に促されて梶谷はわたしの手をとって歩き出す。
「だっ……梶谷のモノだって思ったのにっ……」
足を止めてわたしの顔をのぞき込んで、にっこり笑う。
コイツの人当たりのいい笑顔が、実は黒いのを、はっきり見た瞬間だった。
「違わないよ、だって、オレのモノでしょ、美咲さん」
――――美咲さんは、オレのモノでしょ――――
そんな副音声ついてる気がする!
つないだ手を持ち上げて、わたしの指に唇をあてる。
欧米かっ! ってツッコミが即座に出てこないぐらいパニックになっていた。
そんなもん梶谷が買って、わたしが受け取ったりなんかしたら、日向のいうようにこの日は朝までコースじゃないのか?
己を反省して、ゆっくり今後を考えようとしていたのに、そんな暇も与えない梶谷は腹黒策士か!
その結果……やはり朝までコースでした……。
日向が気合いれて選んだインナーが、梶谷のなんかのスイッチを押したみたいということもお知らせしておきます……。
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